11 推しを探すぞ!
清廉なまでの白き閃光が、一帯に満ちる。
宵闇の迫る道を、真昼よりもまだ明るく照らして、全ての物の輪郭を消し去って行く。
その光の前では、目で物を捉える者の全てが、己の身の在処さえ見失い、僅かに感じる地面の感触に辛うじて立っていることを認識するのみだった。
(行こう! 優しいあの人たちに会いに!! 自由に、わたしらしく生きられる場所に!)
ミリオンの弾む気持ちに呼応し、力強い輝きをまとう魔導書。大切に抱えたその本の異変に、気付くものはいない。けれど広範囲を覆う光の魔法は、その場に居合わせた者だけでなく、付近に住む者達にも容易に視認することができるほど鮮烈だった。
「何だ!? この強い光は!」
「こんな強い光の魔法は見たことが無いぞ!」
ミリオンを捕らえるはずの兵士らは、狼狽えるばかりで何もできない。
反対に、周囲に住む者たちは窓から射し込む強い光に、オレリアン邸の異変を察して注視した。尊い者への憧憬と羨望を込めて。
――何も見えはしなかったが、とてつもなく強い魔法が使われたことは誰の目にも明らかだったから。
ただひとつ、現場と認識が違っていたのは、その光を作り出したのが、ミリオンではなく、天使の呼び声の高いビアンカだと判断されたことだった――――
(あの翠の男の子に会いたい。また裏通りへ行けば会えるかしら)
日が傾き始めた夕刻の路地裏は濃い影をつくり、以前少年に出会った時より陰鬱な景色を作り出している。けれど少年に会いたい一心が勝り、彼女はちょろちょろと古書店を探して路地裏を小走りに駆けに駆けていた。
ちょっとだけ不用心な気がするけど、そんなもの暗がりを怖がる気のせいだ――と自分に言い聞かせていたミリオンだったが、秒で後悔することになった。
「へっへっへ、おじょうちゃ~ん? こんなところに一人で危ないんじゃないかなぁ」
彼女の前を塞ぐように現れた人相の悪い男が、こちらを覗き込むようにして「おほっ! 上玉じゃねーか」などと言っている。
そんなわけ無いのに、目が悪いのかしらと首を捻っているうちに更に仲間が暗がりから現れて、気付けばミリオンを囲んで5人の男が現れていた。
4人はお仲間らしく、だらしなく着崩した服装に、無精髭、不似合いな装飾品を身に付けた、いかにも真っ当でない類いの人間。残る一人は全身傷だらけ、汚れだらけで縄を打たれ、絶望に満ちた表情で破落戸に拘引されている。
(まあ! 他人の自由を奪う人なんて許せないんだから)
縛められた男を、オレリアン邸での自分に重ねたミリオンは、知らず古書を握る手に力を込めて強く希う。
(この人を自由に安らげる場所へ!)
その瞬間、またしてもオレリアン邸を包んだのと同じ光が激しく炸裂した。
自覚は乏しいものの、ミリオンは、破落戸たちに捕らえられていた男――薫香店の主人であるコゼルトを救うことに成功していた。
閃光に気付いた街の守備兵が狭い路地裏に雪崩れ込んできて、破落戸たちを一網打尽にしたのだ。
「助かりました。あいつらは最近裕福な平民を拐っては身代金を要求する事件を繰り返している指名手配犯なんです。金を払っても無事に返されないのがほとんどで、私の命もこれでお仕舞いかと絶望していました」
「いえいえ、偶然上手く行っただけですわ! わたしは何もしておりませんもの」
本当に「魔導書」頼りで、何かをした覚えの無いミリオンは焦ってブンブンと大きく頭を振る。
「それよりも、わたしこそ……こちらの事情を何も話していないのに、お助けくださり感謝しております」
路地裏から4人仲良く縄で連ねられた破落戸たちが、守備兵の詰め所へ連行されて行くのを見送りながら、ミリオンは、先刻の遣り取りを思い出していた。
『この子は私の遠縁の親戚で、うちの奉公人です。店主の私がこの男らに拐われたので、助けに来てくれていたのです。そしたら、あの男たちから強い光が出て……。あいつらの持ち物に危険なものでもあったのかもしれません。良く調べてください!』
ミリオンが手にした本が光を発したことに気付いているだろうに、そう誤魔化してくれたのだ。
深々とお辞儀をされた男は、ぱちくりと大きく目を瞬いて、そのまま破顔した。
「お礼を言うなら私の方こそだよ。やっぱり君は世間擦れしていなくて危なっかしいな。旅人にしては旅装はない。庶民上がりの低級小間使いみたいな格好だけれど、ちぐはぐな気品が所々に現れていて、その可能性も低い。相当なワケアリなんだよね?」
問う視線を向けられて「連れ戻される!?」と全身を強張らせたミリオンに、男はフワリと柔らかな笑顔を浮かべる。
「これでも私は商人だよ? 信頼関係こそすべての世界の人間だからね。恩義には恩義を返させて欲しい」
まさかの人助けで、ミリオンは、街での居住先と仕事を得ることになったのだった。




