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好きな人と幸せになるまでの物語  作者: 朋佑
第二章
8/11

日常の一幕

 俺は上原友春。弁護士の両親と、姉、双子の妹、弟がいる二十五歳。

 仕事は教師。姉が弁護士になって、両親への体裁を保てたので、俺は自分がなりたかった進路を進むことが出来た。

 高校からの彼女と二十四歳の頃に結婚し、割と充実した人生を歩んできた。


 でも、後悔もある。過ち……ではないが、叶うのなら変えたい過去もある。


 兄弟……一番下の弟。四葉が小学生の時にいじめにあっていた。その原因は、母や俺達兄弟が関係していた。

 母への愛情や、俺達への嫉妬など、一言では言い表せない深い理由なのだが、それが行き過ぎて、四葉は自殺未遂までしてしまった。

 ―――過去を変えたい。そうは思うが、あの事件を俺の力で変えられるなんてのはおこがましい。これは四葉のプライドも問題であって、俺に介入できる余地はない。

 でも、もし同じ時間をやり直せるなら。少しでもいい。違った形になる様に、最善を尽くしたい。


 ―――そしてもう一つ。こっちはもっと深刻だ。もし変えるチャンスがあるのだとしたら。彼女の運命を変える事が出来るのなら、俺は―――。




「よーし、授業始めるぞー。日直、号令」


 挨拶が終わり、いつも通り授業が始まる。この学校で教鞭をとるのは二年目だ。


「―――と、ここの計算を……暁。解いてみてくれ」

「―――はい」


 名指しした生徒は前に出てきて、答えを黒板に書く。


「正解だ。よく復習してるな」


 問題を解き終わった生徒を席に戻し、授業を続ける。俺も大分慣れてきたものだ。

 終了のチャイムが鳴る。授業を締め、課題を言い渡し、号令で終わる。


「ふう、次の授業は三組か」

「せんせ、疲れてますね」


 そう言いながら、数名の女生徒が集まってくる。


「まだ一限目だぞ。疲れてないって」

「えー、うそー。疲れてますよー」


 女生徒達が楽し気に笑っている。そういえば俺が高校生の頃も、こんな感じで教師に絡んでたっけ。


「まだまだ、お前たちも次の授業の準備をしろよ」

「「はーい」」


 返事をして散っていく。解放された俺も次の教室に向かわないとな。


「……っと、その前に」


 教室を出る前に、一人の女生徒の机に向かう。


「よ、友達は出来たか?」

「……デリカシーのない台詞って、分かってます?」


 俺の挨拶に不愉快そうに答える女生徒。まぁ、彼女の言い分は全くもって正しいんだよな。


「そうは言うけどな。暁が言ったんだろ? 遠回しなのは嫌いだって」

「それにしたってフランクすぎです。そういう距離感だから勘違いする生徒がいるんじゃないですか?」


 冷たくあしらわれる。中々痛い所を突くのが、彼女のいい所でもあり、悪い所でもある。


「そんなんじゃ、いつまで経っても友達出来ないぞ」

「今友達がいない事を前提として発言しないでください。それに―――」


 少し躊躇い、そっぽを向く。


「友達とか、そういうのはもういいでんすよ」

「―――やっぱりいないんじゃないか」


 彼女のお決まりの台詞だ。いつもそうやって、友達いらないとか、一人でいいとか、まるで何かに言い訳をする様に呟く。

 俺にはその姿が、在りし日の彼女と重なってしまう。


 女子生徒の名前は暁あかり。高校二年生の時に亡くなった、暁夜月の妹だ。




「はぁ、今日も一日疲れたなぁ」

「もう、おじさんみたいな事言わないの」


 家に帰ると妻が迎えてくれた。妻も働いているが、いつも俺より早く帰ってくる。


「いつもお疲れさん」

「それは私の台詞です」


 妻は台所で料理をしていた。俺は手洗いうがいを済ませ、スーツを脱ぎ、部屋着に着替えて、洗濯機を回す。毎日のルーティーンだ。

 共働きなので家事は分担している。料理は妻。洗濯は俺。掃除は交互か、手が空いている方。きっちりと決めている訳ではないが、それが俺達には合っているし、同棲を始めてから今までこのスタイルだ。


「お風呂も出来てるよ」

「先にいいのか?」

「偶には一緒に入る?」

「……それは、週末にしよう」


 冗談よと笑う妻。俺は乗り気なのだが、妻がそういうのなら仕方ない。洗濯と乾燥が終わるまで、風呂に入ろうじゃないか。


「それにしても、新米教師ってのは大変だなぁ」


 妻の作った手料理を食べながらぼやく。授業するだけでも一苦労なのに、準備や課題の作成、テストの採点と、気の抜ける暇が殆ど無い。


「私達が学生の頃なんて、先生の苦労なんて考えなかったよね」

「だよなー。数学の黒岩、飄々としてたけど、裏ではこんな激務をこなしてたのか」


 学生時代の教員の苦労を、同じ立場になって思い知らされる。こも教師になった故だろうか。それとも、子供には大人の苦労が想像できない故なのだろうか。


「でも、やりがいあるんでしょ?」

「……まぁ、夢だったし」


 子供の頃からの夢。口にすると笑ってしまうが、思い描いていた自分に、少しでも近づく事が出来ているなら、もう夢じゃなく、目標で、乗り越えるハードルだ。


「姉貴が弁護士になったから、好き勝手やらせて貰ってるみたいなもんだけどな。……アイツなんて、俺以上に無法者だぞ」

「あいつって……春花の事?」


 春花。俺の双子の妹で、スカウトされたのがきっかけでモデルをしている。動画サイトに自身のチャンネルもあり、界隈では有名人らしい。


「春花、近々こっちに来るってさ」

「何で?」

「弟さんに会いに」

「あぁ……相変わらずのブラコンね」


 妻の彩芽は春花の高校の時のクラスメイトで親友だ。春花の情報は大体妻から入手できる。


「ブラコンなのは友春もでしょ。幾ら弟が好きだからって、弟が通ってる間に、同じ学校の教師になるななんてね」

「それは……あれだ。心配だろ?」


 呆れている様子の妻。確かに自分でもどうかと思うが仕方ない。これは俺の戒めの様なものだから。


「四葉くん。また家に連れてきてよ。私も会いたくなっちゃった」

「おう、四葉に伝えとく。でも、あんまし期待すんなよ。あいつ今、受験もあるし忙しそうでさ」


 偶に実家に帰ると、四葉は部屋で勉強している。昔ほどではないが、熱心に勉強している四葉の邪魔はしたくない。


「たまの息抜きって事で。よろしく伝えてね」


 こうして、日常の団らんは続いていく。毎日の細やかな幸せが、ここにあった。




「……何?」


 電話の相手は不機嫌そうだった。俺もしたくて掛けている訳じゃないから、お互い様だろう。


「実家に来るらしいな」

「誰から聞いたの?」

「彩芽」

「……全くあの子は。直ぐに人の情報を漏洩して……」


 溜息を吐く。確かに俺に対する情報提供においては口が軽い。少し注意した方がいいか。


「で? 何でわざわざ電話? 緊急なの?」

「そうだな……春花。俺、同窓会に行く事にした」

「……」


 俺が切り出すと、春花は暫く無言になった。俺は我慢できずに話を続ける。


「同窓会の手紙が来たんだ。三年のクラスの。もうグループも出来てて、皆の予定を決めてる」

「……何で、わざわざ私に言うの?」


 訝しむ春花。と言っても、春花は俺が言いたい事をある程度予期しているはずだ。


「……同窓会には、浅間達も参加する。俺はそこで聞いてみようと思う」

「―――そう。気を付けてね」


 珍しく春花が俺を気に掛ける言葉をくれる。普段からいがみ合い、罵りあっている関係の春花が。


「念のため、四葉には言わないでくれ」

「分かってるって。言うはずないでしょ」


 万が一の事がない様に釘を刺す。こんな事言わなくても、春花が話題にするとは思っていないが、念には念を。


「―――暁さんの事なんて、四葉に話せないよ」

「―――」


 分かっている。これが自己満足な事も。今更どうにかなる話でもないし、真相を暴けるとも思っていない。でも、俺の中でけじめを付けないと、この先一生後悔する。


「―――俺は、同窓会で聞く。暁夜月さんの死が、本当に自殺だったのか」




 高校二年生のある日、一人の生徒が死んだ。


 名前は暁夜月。同じクラスの女子生徒だった。


 活発な子というよりは、物静かでミステリアスな生徒で、休み時間に読書をしているのを何度か見た。


 二年になって初めて同じクラスになって、話すきっかけも無かったから、関わりがなかったのだが、ある事件をきっかけに話す様になった。


 俺の弟、上原四葉がいじめられ、自殺未遂をした事件。この事件の解決には、彼女の尽力があった。


 一人孤独だった四葉に手を差し伸べたのが彼女だった。いじめの事実も明るみになり、弟の本心も知ることが出来た。全て彼女のお陰だ。


 最初は弟を助けてくれた恩が強かったが、話している内に、彼女の独特な魅力に惹きつけられていった。とてもよい友人になる……はずだったのに。


 暁夜月が死んだ。最初は信じられなかったが、自殺だと聞いた時、更に信用できなかった。


 俺は彼女の事に詳しくない。付き合いは長くなかったし、学校で話す程度の関係だった。でも、彼女が自殺するとは到底思えなかった。大人になった今でも、彼女の死に疑問を抱いている。


 だからはっきりさせたいのだ。本当に彼女が自殺だったのか。それとも―――。


 真実を知る可能性のある者。俺には心当たりがあった。




「ただいまー」


 偶に帰ってくる実家は、やはり何も変わっていない。それがいい所なのだろう。この安心感が心の拠り所になったりする。


「あら、お帰りなさい」


 出迎えてくれたのは母だ。俺が帰ってくることは伝えていたし、玄関で待っていてくれたのだろうか。


「出迎えなくてもいいのに」

「たまたまよ。もうすぐ春花も着くって」


 嬉しそうな母。俺が帰ってくるといつもこんな感じだ。息子が帰ってくるのは親だったら誰でも嬉しい。そんな風に以前言っていた。俺にはまだ分からない感覚だが、想像すると確かに嬉しいかもしれない。


「四葉、リビングにいるわよ」


 母の言葉を聞き、リビングに向かう。入るとそこには、椅子に座って本を読む四葉がいた。


「ただいま。四葉」

「―――あぁ、兄さん。お帰り」


 そう言いながら微笑むのは、弟の四葉。俺が勤務している高校の三年生だ。


「今日はどうしたの? 突然帰ってきて」

「―――ちょっとな。春花に用があってさ」

「それなら、自分のマンションに呼べばいいのに」

「自宅でアイツのいちゃもん聞きたくねぇよ。それに―――」


 言葉を区切って、四葉の頭に手を乗せる。


「四葉に会いたかったしな」

「―――同じ学校にいるでしょ?」


 朗らかに笑う四葉。全くもってその通りだ。少しわざとらしかっただろうか。


「相変わらずキモいわね」


 気が付くと、リビングの入り口に腕を組んで立っている春花がいた。いつの間に帰ってきたのだろうか。音もしなかった。


「実家に忍び込んでくるお前の方が気持ち悪いわ」

「あら、ちゃんとただいまって言ったんだけど、もう耳が遠くなったのね。歳を取ると大変ね」

「お前、同い年だろ」


 双子なんだから歳に差異はない。しかし、春花は鼻を鳴らす。


「私、妹だから年下ですけど?」

「昔は自分が姉だって言い張ってただろうが」

「覚えてないわー」

「それはそれは、お前こそ老化が進んでんじゃねーの?」


 春花と睨み合う。相変わらずこいつと会うと憎まれ口を叩いてしまう。


「ふふ」


 そんな俺達を四葉が笑う。こうなると俺達の争いは終わりだ。


「ごめんね、四葉。見苦しかったよね? 貴方の兄は大人げないのよ」

「もう終わりなんだよ。蒸し返すな」


 被害者面をして四葉に春花が抱きつく所までセットだ。まぁ、俺は兄貴だから、この辺で引いてやるよ。


「相変わらず、仲がいいわね」


 リビングに戻ってきた母。何処をどう見たら仲がいい様に見えるのか。親からすれば、こんなのはじゃれ合ってる程度のものなのだろうか。


「ぜんっぜん仲良くないし。寒気がするわ」

「そこまで言うか!?」


 身震いする春花に、流石に言いすぎだと抗議したくなる。四葉も母も笑っているし、冗談なのだろう。それくらいは分かっている。


「はぁ、まぁいいや。母さん、今日は飯食ってくから」

「分かってるわよ。夕飯直ぐに作るから待っててね」


 言い残し台所を向かう母。俺は椅子に腰を下ろし、四葉が読んでいる本に注目する。


「何読んでるんだ?」

「小説だよ。友達に進められたね」

「……友達か」


 四葉から友達というワードを聞くたびに、俺は嬉しさを感じる。

 小学生の時、いじめられていた時からは考えられないくらい、四葉は変わった。内気な性格だったが今は社交的で、クラスでも優等生らしい。友達も多くて、教員からも頼りにされている。後は彼女でもいると安泰なのだが。


「―――何? 兄さん」


 気が付くと、俺は四葉を見つめていた。俺もはっと我に返り、困惑してしまった。


「……キモ」

「今回は否定できん……」


 春花から鋭い指摘に、俺は反論できなかった。

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