表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きな人と幸せになるまでの物語  作者: 朋佑
第一章
7/11

夢の終わり

 俺の日常は劇的に変化した。

 一週間学校を休まされ、登校する時には全てが終わっていた。いじめっ子は俺に近付いて来なくなり、健全な学校生活が帰ってきた。

 どういう解決がなされたのかは分からないが、休み明けの登校時に担任に呼び出され、学年主任が見守る中、いじめっ子達が俺に謝罪する。担任の先生も俺に謝っていた。気付いてて上げられなくてごめんなさいとか、これからはこんな事がない様にとか、色々言っていたが、余り覚えていない。


 放課後は兄弟の誰かが学校まで来て、一緒に下校する事になった。一応、ないとは思うが念のための護衛。さながら不審者を見回る町内会の様なものだ。兄弟を待つ間は図書館で時間を潰していた。

 日毎に友春や春花、椿だったりと下校する。その時はいつも兄弟と会話をしている。

 俺は余り積極的に話さない。大体は彼彼女らの話を俺が聞いている。今までだったら環境音の様に聞き流していたが、心境の変化も相まって、多少は真剣に聞いている。

 色々な話をしてくれるので、今まで知らなかった兄弟の一面も垣間見ることになった。


「俺さ。好きな人がいるんだけど、告白するか悩んでて……」

「……何で?」

「何でってお前。……恥ずかしいだろ」


 中学生みたいな事をいう友春。俺の中の兄のイメージとは少し違う。


「それにさ。振られたら、その……嫌だろ」


 友春が振られる? 文武両道のイケメンが振られる事なんてあるのか?


「大丈夫だと思うよ。友春格好いいし、頭もいいし」

「……サンキューな。でもよ。それだけじゃ振り向いてくれないのが、女の難しい所なんよ」


 唸る友春。自身に対する評価を否定しない所は、イメージ通りの友春だ。


 友春の彼女。未来では結婚までしているのだ。振られる事なんてないだろう。


「振られたら、新しい恋を探せばいいよ。言わないで後悔するなら、言って後悔した方がいい」

「結局後悔するのか。でも、まぁ、四葉の言うとおりだと俺も思う。案外、お前の方が、俺より大人な見方してるんだな」

「……どうも」


 こんなやり取りをしながらの下校は悪い気分ではなかった。兄弟のエピソードトークなんて、煩わしいとさえ思っていたのに。


 何だか少しだけ、まともになれた気がした。




 二ヵ月が経過した。兄弟との下校は頻度が減り、一人で帰る事が増えた。戻ったといった方が正しいか。もうちょっかいを掛けてくる奴もいないという判断なのだろう。

 俺は久しぶりに河川敷に足を運んだ。兄弟と帰っていた時は行かなかったが、一人になった途端に行きたくなった。もう河川敷に行く必要も、意味もなくなってしまったのに。


 二ヵ月ぶりの河川敷は、何も変わっていなかった。それはそうだ。二ヵ月何か変わるはずもない。景色はいつだってそこにある。不変であるかの様に。

 いつも座っていた位置で腰を下ろし、川と橋を眺めていると、不意に後ろから声が掛かる。


「君、一人?」


 振り向くとそこには、黒髪に眺めのボブヘアで細身の女性が立っていた。見覚えのあるその人は、柔和な笑みを浮かべながら、隣に腰を下ろす。


「だったらさ。お姉さんとお話ししない?」

「……遠慮しておきます」

「えー、どうしてそんな釣れない事を言うんだい?」


 オーバーリアクションでガッカリする暁夜月。俺はその様子に懐かしさを感じてしまった。


「お久しぶりですね」

「そうかい? たった二ヵ月程じゃないか」


 そんなに長くないと続ける。確かにそうなのだが、俺にとってこの二ヵ月は、経験した事無い二ヵ月間だった。


「まぁ、人は成長する程体感時間が短くなっていくし、小学生の君にとって二ヵ月は長いか」

「……そうかも知れませんね」


 成長が時間を短くさせるのなら、退化は時間を遅らせるのかも知れない。今の俺は人として退化しているのだろう。でも。


「楽しい時って時間を短く感じるよね。何かに夢中になってると時が過ぎるのを忘れるんだよ。だから何もしてないと時間を長く感じる。―――私は少しだけ、違うと思っていてね」

「……え?」

「真剣に向け合えてるから、時間が長く感じる事もあると思うんだ。過ぎ去る時間を眺めるだけになったら、一日一日を気に留めないだろ? 社会人はそんな感じで忙殺される日々を過ごしているんじゃないかな?」

「何が言いたいんですか?」

「つまり、君は今、真剣に毎日に向きあえているよ。生きてるって証さ」


 笑顔でそう言い切る暁夜月は、何処までも眩しかった。俺の手の届かない所から、俺に手を指し伸ばしている女神の様だった。


「……ありがとうございます」

「うん。どういたしまして」


 もう彼女に焦がれる事は無い。俺は諦める事で現実を受け入れている事にしたのだから。それは兄弟達の問題だけではない。彼女に対する思いもそうだ。


 もう高望みはしない。ただ、ほんの少しだけ長く、彼女の近くにいたい。それだけだ。


「素直な君には、ご褒美をあげないとな」

「……俺は犬ですか?」

「まぁまぁ、そう煙たがらないでくれ」


 そう言うと、暁夜月は俺の耳元まで顔を近付て、囁く様に。


「明日、デートしよ」




 電車で二駅の所にある水族館に来た。昨日、暁夜月が出来たばかりの水族館に行きたいと言い出したので、はるばるやってきた。建前としては、暁夜月が俺の保護者役になっているのだが。


「絶好のデート日和だね」

「デートに日和関係あるんですか?」


 背伸びをしている暁夜月。余り人の多い所に来ない俺には、休日の水族館は少し酔ってしまう。


「大いにあるさ。雨が降っていては、可愛い服も台無しだろ?」

「……それは……そうかも知れません」


 初めて見る暁夜月の私服。普段の黒いカーディガンと違い、城を基調にした装いと、制服では見られないロングスカートが、彼女の美しさを加速させている。


「見惚れるなよ。少年」

「……綺麗です」

「ふふん、合格。女性の服装は絶対に褒めろよ。これ、デートの鉄則だから」


 そういうと、俺の手を躊躇なく握る。戸惑う俺を余所に、強引に引っ張って水族館の中へ。

 水族館は始めてきたのだが、色々な魚が泳いでいて綺麗だった。自分の背丈の何倍もある壁一面がガラス張りで、そこから見える魚はとても神秘的だ。


「知ってるかい? 鮫って四百種ほどいるんだけど、殆どは深海に生息しているらしいよ」

「俺、魚はあんまり詳しくないです」

「私も。これは昔聞いた事があっただけだよ」


 楽しそうに水槽を見る暁夜月。その姿はとても魅力的で、水槽の魚以上に惹きつけられる。


「ペンギンショーもあるらしいね。行ってみよう」

「……ふふ、それは午後からですよ」


 はしゃぐ様子を眺めているだけで、こんなにも心が弾むものなのか。


 十八年生きてきても、知らない事ばかりが続く日々。もしかしたら、俺はこんな生活を望んでいたのだろうか。


「そうか。ならもう少し見て回るか」


 俺に手を差し伸べてくる。俺が躊躇していると、暁夜月から俺の手を握る。


「不合格。こういうのは、男の子からの方が、女の子は嬉しいんだぞ」

「……善処します」

「それ、始めからやる気ない奴の台詞だぞ」


 不満そうな態度に、俺は思わず笑ってしまう。やっぱり彼女にはバレバレだな。


 こうして俺達は、閉演ギリギリまで水族館を楽しんだ。デートという口実で遊びに来たのだが、中々に楽しい一日だった。


 まぁ、傍から見ていた人からすれば、これがデートに見えていた人はいないだろうけど。




 日が沈み、夕闇が迫る時間。俺と暁夜月は河川敷にいた。

 水族館デートを終え、家まで送ってくれるというので、お言葉に甘えて二人、並んで歩く。


「今日は楽しかったね。……また行けたらいいねぇ」

「僕はいつでも大丈夫ですよ」

「―――ほぉ、それは従順な事で」


 関心関心と言いながら頷く。実際俺は彼女の所有物の様なものだ。彼女の許可がないと死ぬことが出来ない。生殺与奪の権利を握られいるのだから。


「もし、次があるなら、今度は君が行きたい所でいいよ」

「俺の行きたい所……直ぐには思いつきませんね」


 いきなり問われても思いつかない。何処かに行きたいとか、何がしたいとか、無縁の人生だった弊害だ。


「今決める必要はないさ。焦らず、ゆっくりと考えるんだね」

「……俺は、その、暁さんとなら何処でも……」


 途中で自分が言おうとしている事の恥ずかしさに気が付いて、語気が小さくなる。でも、暁夜月の地獄耳は聞き逃さない。


「うんうん。最後まで見せてくれるねぇ。あの兄にこの弟か。これは将来の女たらしかな? でも、及第点だね」

「……え?」


 べた褒めしているのかと思ったらそうでもないらしい。採点の基準は俺には分からないが、何か不快になる事でも言ったのだろうか。


「名前。苗字じゃなく、名前で呼んで」

「……でも」

「でももヘチマもない。君は私の妹と面識あるだろ? どっちも暁なんだから、個別の名称じゃないとややこしいだろ?」


 その意見はもっともだった。俺にも兄弟がいるので、納得せざるを得ない。


「夜月……さん」

「―――うん。今日はこれくらいで勘弁してやるよ」


 にししと笑う。その悪戯っ子みたいな笑みは、俺の心を捉えて離さない。


「―――どうして、助けてくれたんですか?」


 不意に、口にしてしまった。本当は聞く気はなかった。でも、気になっていた。

 彼女はどうして俺を助けてくれたのだろうか。彼女の様な魅力的な女性が、どうして俺なんかの為に色々してくれるのだろう。


 出会いは偶然だった。河川敷で出会った孤独な二人。でも、時を遡る前の俺と違って、今の俺は何度か夜月を避けるような行動や言動をしていた。でも彼女は俺に向き合ってくれて、命まで救ってくれた。物理的にも精神的にも、彼女に救われた。


 何か打算があったのだろうか。俺には想像もつかないが、彼女なりにメリットのある事だったのだろうか。もしそうなら、納得できる。寧ろ、何もない方が困る。


 彼女の善意に返せるものなんて、俺は一つも持ち合わせていない。


「助けたなんておこがましい事をしたつもりはないよ。ただ、少しだけ、君の人生に干渉しただけさ。それが結果的に、運命を大きく変えたのなら、私は嬉しいよ」


 何とも彼女らしい物言いに、俺は圧倒された。夜月からすれば、俺の人生を変える事なんて造作もない。そういう事なのだろうか。


「ただまぁ、そうだね。しいて理由をつけるなら……うん。私は君が好きだからだよ」

「……からかわないでください」

「嘘じゃないよ?」


 真顔で言いのける。人の気も知らないで、よくそんな冗談が言えたものだ。

 ただ、夜月は嘘を言わない。多少なりとも、俺に好意があるのは間違いではないのだろう。


「ありがとうございます」

「はは、そこはもっと初心な反応を見せて、私を悶えさせる所だろ?」

「……僕に何を期待してるんですか?」


 楽しそうに笑う夜月を見て、俺も笑ってしまう。彼女の前では、自然に笑える。

 その事が少し、嬉しかった。これも夜月が俺を救ってくれた結果だ。


「なら、恩返ししなくちゃな」

「うん?」


 俺は夜月の片腕にしがみ付く。まるで、親の手を放さない子供の様に。


「僕も……好き……ですよ」

「ふん、そこはもっと堂々と言うべきだよ。少年?」


 揶揄う様に笑う。仕方ないだろう。こんな事、生まれて初めてしたのだから。正直、したことを後悔している。

 恥ずかしさに煙が出そうな俺の頭を、夜月が優しく撫でてくれる。


「君こそ、高校生を揶揄うもんじゃないぞ」

「……嘘じゃ、ないです」

「お、これは一本取られたね」


 夜月と二人。並んで歩く帰り道は、いつもと何処か違う幸福感に包まれていた。


 これが何なのか、俺が理解するには少し時間が掛かりそうだ。


 ただ、叶うなら、こんな時間がいつまでも続きますように―――。















「次のニュースです。今日、午前六時頃。○○市○○町の川の下流で、遺体が発見されました。遺体は付近に住む高校生『暁夜月』さん、十七歳で、今朝、散歩をしていた近所の住人が発見し、警察に通報しました。遺体には争った形跡はなく、事故と自殺の両面で捜査する模様です―――」















「……ん? あふ。何だ、もう朝か」


 スマホアラームで目が覚める。ベッドからムクリと起き上がり、背伸びをする。朝が弱いのは昔から変わらない。

 眠い目を擦り台所を見ると、俺より早く起きて朝食の準備している人物がいる。


「おはよう。友春」

「んー、あぁ、おはよ、彩芽」


 朝の挨拶をしてくれるのは、朝香彩芽。高校時代の彼女であり、もう籍を入れてから一年がたった。まだまだラブラブなのだが、周りに揶揄われるので、外では控えている。


「ご飯、もう出来てるよ。顔洗ってきて」

「うん。そうする」


 顔を洗い、リビングへ。テーブルにはトーストと目玉焼き。俺の大好きなメニューが並んでいる。


「いつもありがと」

「ふふん、どういたしまして」


 二人で顔を付き合させて朝食を取る。この時間にたまらなく幸せを感じている。


「今日は遅いの?」

「そうだな。バスケ部の練習に顔出さないといけないんだ」

「兼任顧問も大変ね」

「まぁ、バスケ部だった経験を、生徒達に伝えたいしな。俺で力になれるならさ」


 優しく微笑む妻。出来ればいつまでもこうしていたい所だが、現実は常に時間に追われている。


「ご馳走様。美味しかったよ」

「それは良かった。お弁当も楽しみにしててね」


 手を合わせて食事を終える。歯を磨いて、着替えて、朝の支度を済ませたら、後は家を出るだけだ。


「あ、そうだ、友春」


 不意に妻から声が掛かる。家を出ようと靴を履いた所で、後ろから手紙を差し出してくる。


「何これ?」

「昨日、渡し忘れてたの。―――同窓会の手紙みたいよ」

「同窓会……」


 宛名を見る。そこには友達の名前があり、確かにこれが高校生の同級生の集いだと分かる。


「……」

「どうしたの?」

「いや、何でも……」


 手紙を鞄にしまい、普段通りに家を出る。行ってきますを言い忘れていた事は、後になって気が付いた。


「同窓会……高校三年の……」


 出勤中のバスの中で、手紙を見る。内容は数ヶ月後に集まれるメンバーだけで集まろうと言った、当たり障りのない内容。

 しかし、俺はこの手紙に、背筋を触られる様な不快感を覚えた。


「もう、そんなに経つのか……」


 高校生の頃を思い出す。毎日楽しく、友達と馬鹿やったり、兄弟と下らない事を言い争ったり、彼女とデートしたり、充実した学園生活だった。

 ただ、忘れられない出来事。忘れてはいけない出来事が二つあった。


 一つは、弟の四葉。当時小学五年生だった弟が、同級生からいじめられ、自殺しようとしていた事。

 自殺の理由はいじめだけではなく、俺達兄弟への劣等感もあった様だ。当時の俺はいじめの事実を知らなかったことに悲しみ、いじめていた連中に怒り、弟の苦しみの原因が自分だった事を嘆いていた。あのまま四葉が死んでいたら、俺はどうなっていたか分からない。掛け替えのない、大切な弟なのだ。

 もし彼女がいなかったら、彼女のお陰で弟を救えた。それ以来、今日に至るまで、弟とは良好な関係を築いている。今では昔と同じ、仲のいい兄弟だ。


 そして二つ目。弟を救うきっかけをくれた女性。二年生の時、同じクラスだった女子生徒。


 暁夜月。彼女がある日、死んだ。自殺だったらしい。そんな事をする人ではないと思っていた俺には、その事実はショックだった。


 でも、俺なんかは大したことはない。仲が良かった四葉はもっと―――。


「……そろそろ降りないと」


 目的のバス停で降り、徒歩で移動する。あの頃から通い慣れた道を。


 上原友春、二十五歳。俺は母校で教師をしている。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。投稿が一日遅れてしまい、大変申し訳ありません。言い訳は活動報告でしておりますので、参考までにどうぞ。

初投稿で不慣れな部分があり、つけるのを忘れていたのですが、ここで一章が終わりです。次回から二章になります。その為、二章の準備として月曜日は更新がありません。読んで頂いている方には大変申し訳ないのですが、気長に待っていただけると助かります。

次回更新は明後日、火曜日の夜七時を予定しておりますので、宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ