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好きな人と幸せになるまでの物語  作者: 朋佑
第一章
6/11

人形の心

 親から見限られ、学校ではいじめられ、誰も俺とまともに取り合ってくれる人はいなかった。―――兄弟を除いて。


 俺がどんなに不出来でも、兄弟だけは変わらず俺に接してくれた。兄も、姉達も、変わらず愛情を掛けてくれた。


 でも、心の何処かで叫んでいる。こいつらがいなければ、俺は母に見限られる事は無かったと。俺だけが子供だったなら、俺を相手し続けるしかないのだから。

 どうして俺には才能がないのか。どうして兄弟だけが恵まれているのか。日に日に募っていく嫉妬心を、俺は制御できなくなっていった。


 だから心を閉ざした。兄弟なんていない。家族なんていない。嫉妬も憎悪も強欲も、対象がいなくなれば関係ない。無かった事にして、生きていくと。

 でも、そんな日々は長くは続かなくて、兄弟の活躍が耳に入る度に、真っ黒な液体が心臓から流れ出してくるのを感じだ。俺が、俺じゃなくなっていく。制御できずに暴走しそうだった。


 何か、取り返しのつかない事をしてしまう前に、兄弟を嫌いになってしまう前に、全てを終わらせようと誓って、あの日、屋上から飛び降りた。自分を保つのが限界だった。だから―――。


「―――君は、優しいんだね」

「身勝手なんですよ。優しくなんてありません」


 母に愛されたかった。だから優秀な兄弟に嫉妬した。実に空しくて、愚かで―――。


「人間らしいと思うけどね」

「―――」

「大好きな人を、自分の都合で嫌いになる。そんなのはよくある事さ。珍しくない。なのに、そんな自分が許せなかったんだろ? これ以上嫌いにならない様に……なんて、確かに君は馬鹿だよ」


 何度も言われた言葉のはずなのに、どうしてか、その言葉は心に刺さった。初めて、まともに俺という存在に言われた気がした。


「どちらにせよ判断が早すぎると思うよ。人生はこれからだ。もう少し自分の心見守ってみてもいいんじゃないかい?」

「―――それは、どうですかね」


 人生はこれから。口で言うのは簡単だが、その道程はとても過酷だ。その事を俺はよく知っている。


「もっとも、君が死んだら困るんだけどね。私との約束が残っているし」

「今のところはどうですか? 俺の人生に価値はありますか?」

「うーん、難しいけど、今回は、私じゃなくてこっちが決める問題かもね」


 そう言うと、ポケットからスマホを取り出し、何か操作した後に再びポケットにしまう。


「―――?」

「まぁ、少しは家族を信じてみなって話さ」




 暁夜月に連れられて自宅に到着する。


「家、知ってたんですね」

「住所聞いてたからね。それより―――」


 暁夜月をより自宅から距離を取って立つ俺を扉の前まで促す。


「入ったらどうだい?」

「―――」


 扉に手を掛けるが、直ぐに開けることが出来ない。


「怖いのかい? 兄弟の顔を見るのが」

「―――何でもお見通しですか」

「震えている手を見れば、誰でも分かるよ」


 見ると、確かに手が震えている。自分では気づかなかった。これなら暁夜月じゃなくて丸わかりだ。


「大丈夫。信じてみて」


 そう言いながら、震える俺の手に暁夜月の手が重なる。優しく包み込んでくれた手からは、人肌以上の温もりを感じられた。


「君が思っている以上に、世界ってのは優しかったりするんだよ」

「―――それなら、良かったんですけどね」


 そんな風に思えたらどれだけ楽か。でも、俺は知っている。世界の残酷さを。彼女以上に。


 だけど、暁夜月とのやり取りで多少だが決心がついた。これからの日々を生きていく決心が。

 何も変わらない……という事もない。暁夜月が何を話したかは分からないが、俺の傷と、帰りが遅くなった現状から、何かしらの事実確認が行われるはずだ。そうなれば、いじめはなくなるだろう。一度、大人が介入したら、少なくとも、小学生の内は手を出してくる奴はいなくなる。

 いじめは中学校卒業まで続いたが、それも違う中学を受験すればなくなるかもしれない。幸い、俺の知能は高校生級だ。中学受験なら何とかなるかも知れない。


 そっちの問題は解決できる。でも、一番の問題が何も解決できていない。

 兄弟に対する劣等感。そこからくる嫉妬や妬み。そのせいで彼彼女らを嫌ってしまう未来。これだけはどうしても変える方法はない。

 どこまでいっても俺の忍耐との勝負になる。結局は前と同じ。家族の関係を抹消し、他人として振る舞う。これしかないんだ。


 ゆっくりと扉を開ける。これから始まる日々に覚悟を決める。

 俺がどれだけ耐えられるか分からない。でも今回は前よりも、少しだけど、希望はある。


 暁夜月との約束。それだけあればきっと―――。


「―――え?」


 扉を開けるとそこには、友春、春花、椿の三人が立っていた。姉妹二人の目には涙が溜まっていて、友春は俺の顔を見るや否や、表情が崩れていく。


「こんな所で、何して―――」


 言い終わるより早く、友春が俺に抱きついてくる。その後に続いて、春花が、椿が身体にしがみ付く。

 俺は一瞬、何が起こっているのか分からなかった。支えを失いゆっくりと閉まっていく扉の向こうから聞こえる暁夜月の言葉だけが、俺の脳裏に鮮明に残る。


「家族は心、だからね」




 抱きしめている腕は力強く、それでいて包み込むような按排だった。

 どうして抱きしめられているのだろうか。直ぐには理解できなかった。


「……ごめん。ごめんな」


 掠れるような友春の声が耳元で聞こえる。椿や春花に至っては、鼻をすすって泣いている。

 俺に対して涙を流している? 昨日から考えれば、行方不明だった弟が無事に帰ってきた。それは確かに涙を流すのに値するかもしれない。特に兄弟達は俺に愛情を掛けてくれている。なら俺の帰還を喜んで当たり前か。


 気になるのは、どうして謝っているのかと言う事だ。その台詞は寧ろ―――。


「―――ごめんなさい」


 心配を掛けてしまった俺が言うべき言葉だ。本当なら昨日のうちに帰ってくるはずだったのに、俺の我儘で余計に気苦労を掛けた。


「……何で、四葉が謝るんだよ……!」


 抱きしめる腕に力が入る。俺は友春がどうしてそんな事を言うのか分からなかった。


「何でって……心配、掛けたから……」

「そんなのどうだっていい。幾らで掛けろ。こんなことで謝んじゃねぇよ……!」


 ―――よく分からないが、友春が怒っている気がする。その怒りが何処から来るものなのか分からない。言い分からすれば、俺の行動が原因のようだが、友春が俺の何処に憤慨しているのか分からない。

 素直に受け取るなら、誤っている事に怒っている? ますます意味が分からない。


「俺、何か悪い事したかな?」

「してない」

「……なら、どうして怒ってる……の?」

「……自分にだ」


 絞り出すような声だった。今まで聞いた事がない程、感情が籠った言葉だった。


「自分に怒ってるんだ。何も出来なかった自分に。何も分かってなかった自分に……ッ!!」


 友春の身体が震えている。横目で見ると、彼も涙を流していた。友春が泣いてる姿を、俺は始めて見た。

 兄はいつも格好良くてヒーローだった。そんな存在の流す涙は、俺の心をざわつかせた。


「わかんない。どうして泣いてるのか。……わかんないよ」


 思わず口に出してしまった。それだけ、俺にとって不可思議だった。


「俺のせいで泣いてるんじゃないの? だったらごめんなさい。泣かせるような事して。……ごめんなさい」


 ただただ、謝ることしかできなかった。こんな時、どうするのが正しいかなんて、俺には分からない。


「謝るな。……謝るんじゃねぇよ……」


 友春は友春で、それの一点張りだった。もしかしたら、友春にもどうしていいのか分からないのかも知れない。

 友春にも分からない事がある。その事実が、俺には少し嬉しかった。お互い初めての経験なのだから、仕方ないという所か。


 友春達は暫く、俺を抱いたまま玄関先で泣いていた。俺はどうしていいのか分からず、その場で身を預けていた。




 リビングに入ると、母が椅子に座ってうな垂れていた。

 母は俺の見るや否や立ち上がり、ゆっくりと俺を抱きしめる。


「四葉、ごめんね……」


 またこのパターンだ。そろそろ疲れてきたが、ここまでくれば同じだろう。それに、どうして皆が誤ってくるのか何となく想像が付いてきた。


 俺の状況と家族を繋げるのは暁夜月だけ。彼女が友春に電話する事で、一日遅れの帰還となった。多分友春達は暁夜月から何かしら情報を聞いて、その結果がこの歓迎なのだろう。

 どういう風に説明したのかは分からない。俺が川に飛び込んで死のうとしていた事をそのまま伝えたのだろうか。彼女の事だから何かしらオブラートに包んでいるとは思う。だが、少なくとも、俺がいじめを受けている事は知らせているだろう。明確に公言はしていないが、彼女なら気が付いているだろし。それなら、この反応も頷ける。

 自分の子供がいじめを受けているなんて、俺が知っている母なら悲しむはずだ。特に友春や姉妹達なら、いじめっ子に制裁を加えるとか言い出しかねない。友春の謝罪の意味も理解できる。

 自分を許せないはずだ。自分の弟がいじめを受けていて、その事を知らずにいたなんて。


「―――」


 そこまでは理解できる。だが、これからの対応が思いつかない。

 皆が謝っている。それはいいのだが、俺はどう振る舞えばいいのだろうか。

 いじめの事実を聞こうか? しかし、どういう風に聞けばいいのか分からない。直接なのか、遠回しなのか。できれば明確にいじめられている事を知っているか確認したいのだが、俺から切り出すのは中々に勇気がいる。

 それくらい何でもない事だと思っていたのだが、いざやろうと思うとすくんでしまう。

 今までの俺なら、距離を取る事で問題から遠ざかっていたが、もうそうとは言っていられないらしい。

 生きる約束と、暁夜月の言葉。信じる、か……。


「―――あの」


 自分でも驚く程か細い声だった。聞き取れるかどうか微妙な程。


「何処まで……知ってるの?」


 絞り出した言葉。何とも要領を得ない問いかけ。それでも今の俺にはこれが精一杯だった。


「それは―――」

「俺から話すよ」


 母の言葉を受け継いだのは友春。もう俺が知っている友春に戻っている。

 強くて優しくて、格好いい兄の顔だ。


「暁さんから聞いた話。全部話す。だから―――四葉も、俺達に全部教えてほしい」




「あーもしもし、上原くん。暁です」


「無事に弟くんを確保したよ。……ちょっと御幣があるかな。無事ではないかもだけど」


「そこまで大した事じゃないよ。ただ、君の想像してる事は大体当たってるかな。本人に確認した訳じゃないから、もしかしてはあるかもだけど」


「最後は本人の口から聞いてよ。何事も、直接聞くのが大切だからね」




「違和感を感じたのは最近だ」


 一通りの詳細を聞いた。いじめの話。自殺願望の話。あの日の俺の行動を、暁夜月の知る範囲で。


「四葉、ちょっと疲れてる感じがしててさ」

「……それ、私も思ってた」


 友春と春花の二人は、最近の俺に違和感を覚えていたらしい。確かに寝不足で日に日にやつれていた自覚はある。それが二人の目にはどう映っていたのだろうか。


「四葉いつも勉強頑張ってるし、それなのかなとか、思ってて。私もテストの前とか追い込んでる時はそんな感じだし、同じなのかなって、勝手に……」


 徐々に言葉尻が弱くなっていく。その様子を見て、友春も険しい表情になる。


「俺も、四葉には四葉の事情があるよなって、見て見ぬフリしてた。部活とか委員会で忙しいのを言い訳にして、真剣に考えてなかった」


 友春は悔しそうに、春花は目に涙を溜めている。そんな中、椿だけは落ち着いた様子だった。


「私も違和感はあった。でもそれは四葉が解決する事だと思ってたから。私が介入するのは過保護だと思って何もしなかった。でも……」


 言葉を区切る。椿は俺の顔を見て、目尻に涙を湛えさせる。


「一人じゃどうにもできない事ってあるんだって。そんな当たり前の事も気付けないなんて、お姉ちゃん、馬鹿だよね?」


 椿が泣いている所を始めて見た。常に冷静で、兄弟の中でもずば抜けて大人びていた椿。弱ってる所なんて見た事がない。あの椿が。


 皆が、俺の事で悲しんでいる。そして、皆が自分自身を責めている。誰も悪い事をしていないはずなのに。

 身内が自分の知らない所で苦しんでいた。そんなの幾らでもある話だ。何処まで行っても他人なのだから、動きの全てを把握している訳がない。身近な人であっても隠している一面は必ずある。


 兄弟達の性格上、俺がいじめなんて受けている事を知れば、怒り悲しむのは分かっていた。でも、だからといって自分を責める必要はあるのか? 俺の一挙手一投足を把握している訳じゃなのだから、例え気付けなかったとしても仕方がない。当の本人である俺が誰にも言わなかったのだから。


 俺を守る事が当たり前。庇護対象であるという考えが根底にあるのだとしたら、それは傲慢な話だ。


「―――別にいいじゃないか。放って置けば」


 普段なら言わない。俺は兄弟に主張しない。でも、全てを教えてほしいというのなら、俺の意見も聞いてもらう。


「兄弟なんてそんなもんでしょ? いじめられてるのは俺に問題があるからで、三人には関係ない。俺の問題」

「四葉……」


 友春が俺を見ている。だが目を合わせられない。俺は俯きながら言葉を続ける。


「俺が悪いんだよ。学校にいる時でもずっと勉強してたから。休み時間も全部。そんな奴、いじめのターゲットになっても不思議じゃない。孤立している奴ほど狙われやすいのは、小学生でも分かる」


 いじめられる側にも問題がある。そんなのは第三者が安全圏から評論家ぶっているだけの戯言だ。どうしたって、いじめる側が悪いに決まっている。でも、被害者である俺が、客観的に見るのは話が違う。

 俺の行動は、いじめっ子に付け入る隙を与えた。これは紛れもない事実だ。俺がもっと社交的で、歳相応に友達と遊んでいれば起こらなかった。

 過去の自分にそんな事を言うのは酷だが、今被害に合っているのは、判断力が養われた未来の俺だ。もう自分は悪くないなんて言い訳は出来ない。自分の行動には、自分で責任を持つ。


 でも、その事実は俺しか知らない。だからこの場で彼彼女らを説得する材料にはならない。


「……私が悪いのよね。全部」


 そう切り出したのは母だった。母も目に涙を溜めていた。

 母が悪い? 確かに子供の言動を一番見るのは母親かも知れないが、いじめは親が認知していないケースが多い。寧ろ兄弟の方が子供同士で情報を共有している分、親より詳しかったりする。その兄弟でも知らなかったのだ。母が悪い事なんて―――。


「私が、四葉に厳しくしてから。だから学校でもずっと勉強したのよね」

「……それは―――」

「四葉には大人になって苦労してほしくなくて。上の子達を同じようにしてきた。でも、人には得意不得意があるもんね。私のやり方が四葉を追い詰めた、だから―――」

「違う!」


 俺の声に母の肩がビクリと震える。兄弟達も、俺の聞いた事のない声に驚いていた。

 自分でも驚いている。母に対して、怒声の様な勢いで。でも、これだけは否定しなければいけなかった。


「母さんのせいじゃない。勉強するのだって嫌いじゃない。寧ろ好きだった。厳しくても、怒られても、熱心に勉強を教えてくれるのが嬉しくて。だからもっと賢くなろうって頑張ってただけで。母さんが悪いなんて、そんな事……」


 言葉が続かなくなった。自分の言葉に自信が無くなった。

 母さんは悪くない。そう言いながら、心の何処かで思っていた。母さんが俺を見限らなければ、俺は自分の価値を見失わずに済んだのでないかと。

 きっと、それはそれで違った形で兄弟に嫉妬心を抱いていただろう。結果論に意味はない。だからこれは言い訳だ。でも、どうしても捨てきれない可能性だった。


「……だから、見放されたって思ったの? 私が勉強を教えなくなったから?」

「……それは……え? 何で……?」


 ―――見放された? どうしてそんな風に母が言うのだろうか。


「何を言ってるのか、分からない。見放したとかどうとか……」


 咄嗟に誤魔化してしまう。どうしてそんな言い回しを?

 余りにも確信を突く言葉を言えるのだろうか。


「四葉が言ったんじゃない。私に見放されたって……」

「俺が……言った……?」


 理解が追い付かない。俺がそんな事を言った? 家族に? 母に? そんな記憶はない。どういう事だ?

 必死で記憶を探る。最近の寝不足でポロリとそんな言葉を口にしてしまったのか? それならもっと早く事態が進んでいるはず。何処で、俺はそんな事を―――。


「―――あ」


 思い出した。といっても、思い出と呼ぶには浅すぎる。つい最近、いや、数十分前に発言している。でもそれは、家族にじゃない。あの河川敷で、あの人に―――。


「四葉、聞いてくれ」


 混乱する俺に友春が声を掛ける。友春はスマホを取り出すと、通話記録を見せてくる。


「実は、暁さんとの会話、聞いてたんだ」

「……え?」

「盗み聞きするつもりはなかったんだ。彼女の提案だったし……いや、これもいい訳か」


 友春はスマホをテーブルに置き、俺に深々と頭を下げる。


「ごめん。暁さんとのやり取り、全部聞いてた」

「―――」


 河川敷での会話。ここの来る前に、暁夜月が俺を気遣って提案してくれた。俺の胸の内をさらけ出した会話をすべて聞いていたのか。

 俺の兄弟に対する思いとか、自分の劣等感とか、全て。

 しかも、全て暁夜月の采配だと。


「―――はは」


 乾いた笑いが出た。成程。全部彼女の掌の上か。

 家族を信じろとか、心だとか、全部計算通りだったのか。


 ―――この感情をどう表現したらいいのか分からない。怒りか、悲しみか、はたまた呆れているのか。どれをとっても正しいくはないと思えた。


 どれだけ成長しても、俺は彼女には敵わない。なんだ。簡単な話か。


 凡人は、どれだけ努力しても才ある人に敵わない。やっぱり、人生をやり直せても、それは変わらないんだな。


「何か、どうでもよくなっちゃった」


 途端に身体から力が抜ける。どうして今までこんな人たちと張り合っていたのだろう。分かっていたはずなのに、心の何処かで諦められない気持ちが残っていたんだろう。

 比較する事すらおこがましい。分不相応とはまさにこのことだ。それなのに兄弟に嫉妬して、自分を貶めて、馬鹿みたいだ。

 変わらない時事だけが残った。俺は馬鹿だ。底なしの馬鹿だ。もう認めざるを得ない。心も身体も、完全に屈服した気分だ。


 何もかもお見通しだった暁夜月。全てを知っていて俺を気にかけてくれた家族。なら、もう俺は何をしたらいいのだろうか。

 俺が何もしなくても、問題は勝手に解決されて、周りの優しさで上手く回っていく。守られている。俺みたいな価値のない人間が、価値のある人間にフォローされて生きていく。


 それが世界のルールなのだとしたら、もう、それに身を任せようじゃないか。


 自分で考えるのは疲れた。なるようになればいいさ。幸い、俺の価値は俺が決める必要もない。


 俺には約束がある。だから複雑に考える必要はない。彼女が俺の価値を決めるまで生きる。それでいい。それが何年、何十年先になるか分からないが、縋る物がない人生だった時より、はるかにマシだ。


 誰かに頼る人生なんて、考えた事も無かった。俺にはその誰かがいなかったから。でも今はいる。期間限定かも知れないが、この繋がりを大切にしよう。


 俺はもう、彼女の許可なく死ぬことは許されないのだから。


「―――友春」

「え……?」


 初めからこう出来れば良かったのだろう。これだけでも、時間を遡った意味があったと言えよう。


「俺はこれから、どうすればいい?」




「そうか。上手くいったのか。あの子が素直にねぇ。これは私の助言が良かったからかな?」


「いや、感謝なんて。……大丈夫。十分に見返りは貰ってるよ。いや、これから貰える予定が正しいかな?」


「それはそうさ。何の意味もなく人助けなんて出来ないよ。私はそんなに善人じゃない」


「まぁ、これで何かが変わればいいんだけどね。どうしようもない事ってあるから」


「秘密、だよ。ただ、まぁ、私は我儘だからね。全てを手に入れないと、気が済まないんだよ」

 

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