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好きな人と幸せになるまでの物語  作者: 朋佑
第二章
11/11

妹達

 放課後は委員会への顔出しと、部活動の顧問としての仕事がある。部活はバスケ部だが、兼任なので頻繁に参加する訳ではない。どちらかと言えば、委員会の方を優先している。


 委員会活動の教室に入る。中には生徒が三人。俺が入ってくると、一番奥に座っている生徒が挨拶してくれる。


「お疲れ様です。上原先生」

「おう、お疲れ。調子はどうだ?」

「どうもこうもないです。生徒会の仕事は基本、書類作成とか予算の見積もりとか、地味だけど簡単な仕事ばかりですから」


 そう言いながら手元の資料をまとめているのは、生徒会会長の桐原。掛けている眼鏡を光らせながら、書類の束に目を通していく。


「それを簡単と言えるのは、お前だけだよ」

「そうですかね? でも、案外そうでもないですよ。ほら」


 言いながら手を促す先には、同じように書類の束に目を通している人物。見慣れたその顔は、俺の視線に気が付くと微笑みならが挨拶してくれる。


「あぁ、先生。来てたんですね。すみません。集中してて」

「たった今だけどな。それと……何だ。やっぱり敬語は慣れないな」


 気恥ずかしさに頭を掻くと、くすりと笑いながら作業に戻る。生徒会副会長の上原四葉。弟だ。


「上原先生、学校なんですから。実の兄でも目上の人に対して敬語なのは仕方ないですよ」

「分かってるんだけどなぁ。それと、桐原も俺の事名前で呼んでくれって言っただろ? 同じ教室に上原が二人だとややこしいし」

「私は友春先生と呼んでますよ」


 話に入ってきたのは、もう一人の人物。パソコンで書類を作成している書記の女生徒。


「……そうだな。ありがとう」


 一瞬躊躇ってしまう。女生徒は気付いていない様で、そのまま作業に戻った。

 いけない。どうしても態度に出てしまう。これは間違っている事だ。彼女には関係ないはずなのに、どうしても身体が、心が反応してしまう。


 生徒会書記の女生徒。一年生の彼女の名前は浅間瑞希。姉、浅間ありさの妹だ。




 生徒会の仕事もひと段落し、今日は解散にするようだ。生徒会付きの教師と言っても、生徒会は基本、会長を中心に生徒達が予定を決めて行動する。俺は居なくても支障はない。だからこそ兼任が成り立つ訳だ。


「皆、お疲れ。僕は少し作業してから帰るよ」

「手伝いますよ。会長」

「それじゃあ解散の意味ないだろ? 大丈夫。直ぐ終わるから。先に帰ってくれ」


 帰宅を促す桐原。四葉と瑞希と共に教室を出る。


「お言葉に甘えて帰りますか」

「そうですね。先輩」


 二人が立ち去ろうとする。しかし、俺はそれに待ったを掛ける。


「……すまん。ちょっと浅間に話があるんだ」

「え? 私、ですか?」

「あぁ、そうだ。済まないが上原。外してくれるか?」

「……よく分かりませんけど、先生がそう言うなら」


 四葉だけを先に帰らせ、瑞希と二人になる。瑞希は不安そうな顔をしている。


「別に大した話じゃないんだよ。ただ、その」


 言い淀む俺を訝しむ瑞希。ここに来て尻込みしてしまう。本当にこれでいいのか。

 彼女には関係ない。でも、手段を選べるほど、選択肢が多い訳じゃない。

 自分に言い訳をし、意を決して切り出す。


「……お姉さん、今何してるんだ?」

「……姉ですか? どうして……」


 怪訝そうな顔をする。彼女にとって、姉の話題は禁句だった。


「―――すまない。場所を変えるか」


 廊下でする話でもない。一旦瑞希と教務室まで行き、空き教室の鍵を入手し、現地に向かう。その間、瑞希は表情には影が落ちていた。


「本当にすまない。突然聞いてしまって」


 空き教室で二人。ここなら誰かに聞かれる心配はない。用心深いかも知れないが、瑞希への配慮としては妥当だろう。


「……どうして、姉の事を」


 さっきと同じ質問だ。無理もない。瑞希からすれば、聞かれたくない質問だろう。


「……当時、暁夜月という女生徒が死んだ。警察は自殺と判断した事件だ。その報道が世に出てから、暁夜月はいじめられていたんじゃないかって噂が、この学校で流れ出した。君のお姉さん、浅間ありさがその首謀者だって」


 俺が暁夜月がいじめられていたという話を耳にしたのも、この噂が初めてだった。根も葉もない噂……でもなく、浅間やその友達、長瀬や林と一緒にいる暁夜月を目撃している生徒が、噂に便乗して名乗りだした。その時の絡み方が、普通ではなかった事が、噂に信憑性を持たせたのだ。


「実際、いじめていたかどうかは分からない。本人達は当時否定していたし、確証のある話でもない。でも、俺は黒じゃないかと思っている」

「……どうしてですか?」


 先程と同じ。でも意味合いは変わっている問いかけ。


「先日、同窓会があった。その時に浅間に聞いたんだ。結局はぐらかされたけど、浅間と友達だった奴から聞いた。浅間は暁夜月をいじめてたって」


 言い切ってはいない。客観的に見てそうだったという風な言い方だった。でも、いじめの証明に重要なのは客観的目線だ。あながち間違いではないはずだ。


「姉が……いじめを……本当に……」


 動揺する様子の瑞希。瑞希にとって、その事実は酷なものだ。どれだけ疑われいても、家族を信じるのが当たり前だ。でも、多分、瑞希が信じた事実とは異なっているのだから。


「噂は、浅間が卒業してから七年経ってる今でも、この学校に残ってる。そのせいでお前が苦労しているのも分かってる」


 浅間ありさの妹。同級生をいじめて死に追いやった奴の妹。真実はどうあれ、それをネタに揶揄ってくる人間は存在する。そのせいで身に覚えのない誹謗中傷を受けた事も想像に難くない。


「……浅間瑞希。聞きたい事がある」


 改めて向き直る。俺はこれから彼女を更に傷つけるかも知れない。それでも―――。


「浅間ありさは今、何処で何をしてるんだ」

「……」


 返答はない。静寂が教室を包む。永遠とも思える時間が流れる。こんな質問をして返答が帰ってくる訳がない。分かってはいたが、聞かずにはいられなかった。


「……どうして、ですか?」


 瑞希の言葉。返答はずっと同じ。瑞希には、俺の言動が理解できない様子だった。


「いじめていた事が分かったなら、もういいんじゃないですか? どうして姉の現在を知りたがってるんですか?」

「……もう一度、話をする為だ」

「どうして話がしたいんですか? これ以上何を話すんですか?」


 疑問はもっともだ。俺がいじめの事実があると確信しているなら、もう浅間から聞く事なんてない。彼女の口から認めさせたいなんて、自白を望んでいる訳じゃない。


「……本当に、自殺だったのか、聞きたいんだ」

「……何を、言っているんですか?」


 理解できない様子の瑞希。いや、もしかしたら、理解したくないのかも知れない。


「暁夜月を知る人物と話して出た結論。暁さんは自殺なんてする人じゃない。彼女は死ぬことを嫌っていた。死ぬことは逃げる事だと言っていた。そんな暁さんが自殺なんて考えられない」


 人の自殺を身体を張って止めた彼女が、自分は自殺する道を進むとは思えない。暁夜月の事を詳しく知っている訳じゃなくても、これだけははっきり言える。


「じゃあ、何ですか? 先生はこう言いたいんですか?」


 震える声で、絞り出すように瑞希は続ける。


「姉が、暁さんを殺したって、そう言いたいんですか?」

「……分からない。だから、真実を知りたい」


 肩を震わせる瑞希。そんな彼女に、俺はクソみたいな曖昧な回答をする。


「分からなくないですよ。だってそうでしょ? 暁さんは自殺する様な人じゃなくて、姉はいじめを認めてなくて、先生は真実があるなんて言い出してる。だったらそれ以外、何があるんですか……ッ!」


 感情が伝わってくる。きっと怒っているだろう。無理もない。自分の家族を殺人犯だと疑われている。誰だって感情的になる。


「俺はただ、真実が知りたいんだ」

「真実って何ですか? あるかないかも分からないものを、まるで本当かの様に言い張って。詐欺師か何かですか? 間違ってたらどうするんですか? 先生の言う真実なんてなくて、本当に自殺だった時、先生は責任取れるんですか? 今更過去の話を引っ張り出してきて、勝手に掘り進めて。それって正しいんですか?」


 目に涙を溜めている。俺は瑞希を真っ直ぐに見つめる。せめて、目だけは逸らしてはいけない。


「正しいか……どうかは分からない。でも、知らなきゃいけないんだ」

「知ってどうするんですか? 遺族に伝える? それとも自己満足? 警察にでも行くんですか?」


 妹の春花からもされた質問。今、暁夜月の死の真相を知って、俺はどうするのか。

 具体的に何をしたいかなんてない。ただ、俺は知りたいのだ。知らずに後悔だけはしたくないから。


「……後悔、したくないんだ」

「そんな言葉一つで納得するとでも?」

「……すまない」


 深々と頭を下げる。複雑な自分の気持ちを言語化出来たのなら、どれほどいいだろう。俺のは出来ない。だから、こんな卑怯な事しか出来ない。


「……頭を上げてください。先生」


 暫くして、瑞希から許しの声が掛かる。顔を上げると、目元が赤くなっているが、涙は無かった。


「姉は今、知り合いの家にいるらしいです。最後に会った時そう言ってました。暫く実家に居たんですけど、ちょっと前に出ていったきり、帰ってきてないです」

「……瑞希」


 顔を背けながら答える。俺は再び頭を下げる。


「ありがとう。感謝する」

「……だから頭を上げてください。それに、感謝してるのは私の方です」


 そう言うと、瑞希は春先の事を語りだす。


「入学して以来、クラスで浮いていた私に声を掛けてくれましたよね。何かと私を気にかけてくれてたの。知ってます」


 入学当初、瑞希の周りには誰もいなかった。噂、だけのせいでない。瑞希自身も、人と関わらない様にしている雰囲気があった。あえてそうしているのなら、教師として見過ごす事は出来ない。


「先生が話しかけてくれたお陰で、クラスの子とも話す様になりました。まだ、噂している人はいるけど、昔より気にならなくなったし、それに―――」


 言葉を区切って、少し頬を赤らめる。


「先輩。四葉先輩が、生徒会に誘ってくれたんです。生徒会の人は皆優しくて、先生も居て。やっと居場所が出来たって感じがしました」


 嬉しそうに語る。瑞希が今までどんな人生を送ってきたかは分からない。姉の事で苦労が多かったのは確かだろう。始めて見た彼女は、こんな風に笑う子じゃなかった。


「だから先生には……ううん。上原さん兄弟には感謝してるんです。ありがとうございます」


 恥ずかしそうに頭を下げる。その様子に俺も気恥ずかしくなり頭を掻く。


「姉さんが帰ってきたら伝えます」

「……いいのか?」

「恩人の頼みですから。……それに」


 力強い眼差しと目が合う。これが本来の、いつも見ている彼女の姿だ。


「私も、真実を知りたくなりました」

「―――本当に、強いな君は」


 誹謗中傷にも負けず、生徒会で活躍する彼女が弱い訳ない。人は試練があってこそ成長する。だから辛い事があった方がいいなんて思わないが、瑞希はきっと、素晴らしい大人になる。その途中、生徒として見守る立場である俺も、彼女の進化を手助け出来れば。


「これなら、弟も安心して預けられるな」

「……え?」

「好きなんだろ? 四葉の事」


 四葉の名前を出すと、瑞希の頬が真っ赤に染まる。


「な、な、何言ってるんですか!? そんな、そんな事は……」

「そんな事は?」

「……デリカシーなさすぎですよ。先生」


 睨まれてしまう。何だか最近、同じ事を言われた気がする。俺ってそんなに空気読めないのか?


「悪い。ついな」

「……先生って、四葉先輩の事好きすぎですよね」

「―――いや? そんな事、ない、だろ」


 直ぐに否定できない。それが雄弁に語っていると言ってもいいが、一応否定はしておく。


「バレバレですよ。皆噂してますからね」

「え? そうなのか?」


 それは初耳だ。学校では意識していたんだが、今後は気を付けないと。


「―――時間を取って悪かった。行っていいぞ」

「……本当ですよ。せっかく先輩と一緒に帰ろうと思ってたのに」


 堂々と言い切る。もう隠す気が無くなったのだろうか。それなら丁度いい。


「なら、図書館に行ってみろ」

「図書館?」

「いるかも知れないぜ。四葉」


 教えると、少し考える様子を見せてから、慌てて教室を出ていく。廊下から「失礼しましたー」と聞こえてきた。出来れば出ていく時に行ってほしかったものだ。


「四葉も隅に置けないなぁ。……いい事だけどさ」


 もし、四葉に彼女が出来たら、姉妹はどんな反応をするだろう。春花辺りは相当怒りそうだが、案外椿の方が恐ろしいかも知れない。


 まぁ、何にせよ。瑞希には頑張ってほしい。姉の事、四葉の事。どっちも暁夜月の呪縛から解き放つ為に。



「ただいまーっと、ん?」


 家に帰ると、妻の靴の他に見慣れない靴が並べてあった。厳密には見た事はあるが、普段は見ない靴。つい数日前に見たヒールが我が物顔で玄関にある。


「おかえり。ご飯できてるよ」

「んー」


 リビングに入ると、いつもの妻と、いつもいない女。妻が作った夕食を夫である俺より先に食べている春花が口をモグモグさせながら手を挙げている。


「何許可なく家に入ってきてんだ」

「友人の家に来るのにアンタの許可なんかいらないでしょ? 寧ろ、アンタこそ、彩芽の家に不法侵入すんな」

「マンションの部屋を借りてるのは俺だからね?」


 妹との睨み合いをしていると、妻がふふと笑う。


「何だか、高校の時思い出すなぁ。あの時も、私達のクラスに来た友春に春花が威嚇してて、面白かったなぁ」

「とんだ番犬だよ」

「親友に羽虫が集ってたから、駆除しようとしたのよ」


 ふんと鼻を鳴らす春花。兄を羽虫扱いとは、当時も今も不躾なもの言いは変わらない。

 いつも通りの春花に呆れながら、妻が用意してくれた夕食を食べる。妻も俺が帰ってくるまで食事を待っていた様で、食卓に二人分の料理が並んでいる。


「お前も待ってろよ」

「嫌よ。冷めちゃうじゃない」

「冷めても美味いんだよ。彩芽の飯は」

「それは知ってるわ。アンタよりもね」


 謎のマウント合戦。妻が呆れた様に苦笑いをしている。

 夕食を食べ終わり、洗い物を手伝う。その間も春花は座り込んでスマホを弄っている。


「お前、何しに来たんだよ」

「親友の家に来るのに理由がいる?」

「大人になったら多少はいるだろ。何の意味もなく家に居座ってたら不信だろが」


 学生の頃は用が無くても友達の家に行って漫画読んでるだけとかあったけど、時間の余裕がない社会人が、何となく遊びに来たとか、にわかには信じがたい。


「……四葉がいなかったからよ」

「え?」

「四葉、友達の家にお泊りなんだって。せっかく実家に居ても、四葉居ないんじゃ意味ないし」


 不満そうに事情を漏らす春花。そういえば、春花が実家に帰ってくるときは大抵、四葉に会いに来る時だったな。


「最近はよく友達の家に泊まったりしてるんだって。お母さんも先に言っといてよね。ほんと」

「……そうか、友達の家に泊まりか」

「友春、嬉しそうだね」


 ニヤニヤと妻が俺の顔を覗き込む。確かに嬉しい気持ちはあったが、顔に出ていたか。恥ずかしい。


「……キモ」

「そういうお前だって、まんざらでもないんだろ?

「私は四葉に会えなくて不満だし」


 ぷいとそっぽを向く春花。何だかんだ言って、四葉が友達と楽しそうにしているのが喜ばしいのだろう。俺も同じ気持ちだ。


「先生としては、夜間の外出は注意するべきだが、今回は見逃すか」

「ブラコン」

「……違う」

「直ぐに否定できないね。やっぱり」


 春花の汚らわしいものを見る目が大変不服だ。お前も同じ穴の狢だろ。


「まー、もしかしたら、友達の家じゃないかもね?」


 人差し指を立てながらとぼけた様子の妻。その言葉に春花が敏感に反応する。


「どういう事!?」

「よくあるじゃん? 友達の家に行くって言ってさ、彼氏彼女の家に行くの」


 妻の言葉を聞いて、春花がわなわなと震えだす。確かにその可能性も捨てきれない。何故なら―――。


「四葉も隅に置けないしなぁ」

「冗談でも止めて!! 絶対に許さないから!!」


 春花の怒号。一体何を許さないのか定かではないが、聞かないでおこう。


「友達に口裏合わせてもらうのは、確かにやってたよな」

「そーそー、今日、私が泊ってる事にしといてってね」


 その手法で、学生時代妻の家に泊まった事があった。若気の至りと許して欲しいが、教師という立場になった今では、注意喚起はした方がいいかも知れない。


「彩もしてたの!?」

「え? えーと……ね?」


 急接近してきた春花に肩を掴まれ、目を泳がせながら俺に視線を向ける。止めろ。俺に話を振るな。


「まさか……そんな」


 愕然とする春花。それを慰める彩芽。確かにこの光景を見ていると、学生時代を思い出す。

 微笑ましい光景を眺めていると、スマホにメッセージが来る。確認すると、同窓会に参加していた一人から、トークを持ち掛けられている。


「……」


 内容を確認し、返信する。日時は追って連絡しよう。


「誰からだったの?」


 スマホを机に置くと、妻が訪ねてくる。俺は正直に答える。


「同級生」

「―――そいつ、女と深夜まで飲んでました」

「おい、嘘吐くな。飲んでねぇよ」

「つまり、会ってたのは本当なんだ?」


 妻の鋭い指摘。今の文脈から読み取るには情報少ないだろ。まさか鎌を掛けてきているのか? 俺の反応で判断する気か?


「……会ってないよ」

「アンタって本当に、嘘吐けないわね」


 呆れる春花。悔しいがこればっかりは何も言い返せなかった。


 俺は星座にさせられ、小一時間程事情聴取をされた。あの日の出来事は包み隠さず話したが、更に一時間、二人からの説教が続いた。何故だろうか。


 嘘を吐かないのに、罪悪感が拭えなかった。

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