意外な話
同窓会は恙なく終わった。しかし、俺は途中から記憶がない。
同級生と久しぶりに再会し、色々話をした気がするんだが、何を聞いて、何を喋っていたか、覚えていない。心ここにあらずとはこのことだろう。
「へぇ、吉井って今、塾講師してるの? 勉強苦手だったアイツがねぇ」
「自分の経験を学生に伝えたいって言ってたな。勉強が苦手な子の力になりたいって」
「とても立派ですよね。流石は吉井君って感じです」
帰り道、駅までの短い距離で会話に盛り上がっている三人を尻目に、俺は一人違うを考えていた。
今日の目的は、暁夜月の死の真相を聞き出す事だった。彼女は自殺したとなっているが、俺にはどうしても彼女が自殺するとは思えなかった。
生前の彼女を知っていそうな人物。親しくはないにしろ、俺以上に関わりを持っていたと思われる人物が、学生時代、暁夜月をいじめていた浅間と、その取り巻きである長瀬、林。彼女達なら何か知っていると踏み、問いただした訳だが、真相は分からなかった。収穫が無かった訳ではないが、何も進展していないのと変わらない。
浅間には肝心な事柄は聞けずに終わった。長瀬は色々と話してくれたが、噂を事実にする後付け作業にしかならなかった。林は口数は少なかったが、浅間がいじめていたと証言してくれた。もしかしたら他にも何か知っているのかも知れない。
「―――なぁ、友春はどう思う?」
「……え?」
突然声を掛けられ、間の抜けた声が出る。気が付くと、皆が俺を見ていた。
「友春は教師だし、吉井とは通じるものがあるんじゃないかって」
「……何が通じるんだ?」
「お前、話聞いてたか?」
溜息を吐く忍。話の内容で俺に質問が来ていたみたいだ。ただ、俺は話を全く聞いていなかった。
「ごめん。何の話だ?」
「……お前、何かあったのか? さっきから上の空って感じだが」
忍に指摘される。他の二人も心配そうに俺を見ている。
「別に何もないよ。ただちょっと……疲れたのかも」
「新米教師は大変って聞くしな。ちゃんと寝てるのか?」
「寝てなかったら彩芽に怒られるって。大丈夫だよ」
「……友春がそう言うなら、そういう事にしておいてやる。ただし」
言葉を区切って、俺をまじまじと見つめる。
「何かあるならいつでも相談に乗る。何でも言ってくれ」
「……ありがとよ」
忍の真っ直ぐな言葉に、少し肩の力が抜ける。何かあっても一人で抱え込むのは、俺の悪く癖だと言っていたのは、忍だったか。
目的も大事だが、せっかく同級生で集まったのに、俺が雰囲気をぶち壊していたらな申し訳ない。
「なら、今から二次会でもやらないか? 俺が奢るぜ」
「……すまん。明日は仕事だから遠慮する」
「おい」
今、いつでもと言った矢先に断るなよ。まぁ、仕事なら仕方ない。今日、同窓会に参加する為に、他の参加者に合わせてスケジュールを調整しているのだ。唐突に言われも困るだろう。
「また今度な」
「次はもっと早く言うよ」
二人で不敵な笑みを浮かべながら友情を育んていると、天海と夢城の二人が呆れた様子で見守っている。
「相変わらず、恥ずかしくなるくらい仲いいわね」
「とっても素晴らしいです。お二人の絡みは見ていて癒されます」
一人だけニュアンスがおかしいが、誰も反応していないので無視する。これが平常運転だった事を思い出す。
「二人はどうだ? 奢るぜ」
「是非って言いたいとこだけど、私も仕事なんだよね~。それに、結婚してる人と二次会はね。怒られそうだし」
「寧ろ、誘う上原くんがどうなんですか?」
「おい待て。他意はないって」
あらぬ方向に話が進んでしまう。こういう所から疑惑に繋がっていくのだろうか。
「分かったよ。悪かったな」
「嘘嘘。嬉しかったよ。また今度ね」
俺の肩を叩く天海。昔からよく揶揄われていたが、大人になってやられると、本気で言っている様に聞こえてしまう。
そんなこんなで駅に着く。辺りを見ると、さっきまで同じ空間にいた同級生がちらほらいる。
「それじゃ、また今度ね」
「気つけて帰れよ」
天海と別れる。それに習う様に、忍とも別れる。
「今度時間を作る」
「あぁ、また連絡するよ」
俺と夢城が残った。俺の乗る電車はまだ先だ。何処かで時間を潰すか。
「夢城さんは何で来たの? 電車? それとも迎えとかくるの?」
「……上原くん」
神妙な面持ちの夢城。俺はどうかしたのと尋ねる。
「行きませんか? 二次会」
「え……?」
突然の誘いに困惑する。さっきの件があってからの流れだと、どうしても男女の方向に思考が寄ってしまう。
「それって……」
「暁さんの事。少し話しませんか?」
名前を聞いて、背筋が伸びる。成程、そういえば、彼女とだけは、情報を共有しているのだった。
今日の俺の目的が、ただ単に同級生と会うだけではない事。もしかしたら、さっきまでの俺の態度を気にしていたのかも知れない。
「―――分かった。適当な居酒屋でいいか? それとも個室の方が?」
「結婚してるんだから、女性を個室に誘っちゃダメなんですよ?」
「……それはそうなんだけど。何だろう。この裏切られた気持ちは」
一人、心に傷を負いながら、俺と夢城は二人、夜の繁華街に繰り出した。
今から飛び入りで入れる居酒屋に個室がなかったので、駅近くにあるカラオケに来た。
「カラオケか。久しぶりに来たな」
高校の時以来か。大学は飲みが多かったから基本居酒屋だし、俺がそんなに歌が得意じゃないというのも、カラオケに積極的に来なかった理由ではある。
既婚者が個室で女性と二人っきりというのは、確かに傍から見れば不貞行為を疑われてもおかしくはない。この状況は自分で作りだしておいて何だが、非常にまずいと思う。
「安心してください。朝香さんには黙ってますから」
「……それはそれで、本気度が上がってしまってる気がする」
やましい事がないなら、隠さず堂々とすればいい。俺の信条だが、今回に限ってはだんまりを決め込みたい。もしかして俺の中にやましい心がある証拠なのだろうか。
いや、ある。ずっとあった。俺は暁夜月の事を、彼女を救えなかった事を、ずっと後ろ暗く思っていた。
「……私、一年生の頃、暁さんと同じクラスだったんです」
夢城が語りだす。俺と忍、吉井は三年間同じクラスだったが、天海と夢城は二年生からだった。
「私、引っ込み思案で、中々クラスに溶け込めなくて、最初は南ちゃんしか友達もいなかったんです」
情けなく笑いながら話す夢城。確かに初めて会った時も、天海の後ろに隠れるようにしていた。仲良くなっていく内に、天海と揃って俺を揶揄うまでになっていった。
「今じゃ、男と二人でカラオケに来る程なんてな」
「そうですね。あの頃からは考えられない」
クスクスと笑う。挑発に笑って返してくる辺り、本当に成長したのだろう。俺は夢城の事を詳しくは知らないから偉そうな事を言える立場ではないが、きっと俺には想像も出来ない影の努力があったはずだ。
「でも、一人でここまで来れた訳じゃない。南ちゃんや、それこそ上原くん達がいたから、私は変われたんです。とても感謝しています」
夢城の言葉にむず痒くなる。昔から誰かに感謝を言う夢城の姿を何度も見てきたが、改まって言われると気恥ずかしくなる。
「感謝してます。本当に……。私が変わるきっかけをくれた暁さんにも」
名前が出てきて、背筋が伸びる。暁夜月の存在が、夢城にも影響していたのか。
「……少し疑問だったんだ。今日あった時、俺が浅間を探してるって聞いて、直ぐに暁さんの名前を出した。俺と浅間で、そこから暁さんに繋げるのが余りに早かった。意識してないと出てこない答えだ」
あの時は急いでいたから、夢城が関わっていない事だけで納得していたが、改めて考えると、この三人の直接的な関係がない以上、その結論を導き出すのは不自然だ。
「ですよね。私は名探偵ではありません。だからずっと考えていたんです。暁さんの事。どうして彼女が自殺したのか。本当に自殺だったのか」
夢城も俺と同じく、暁夜月の死に疑問を抱いていた。これは彼女を知っていないと出てこない。夢城と暁夜月。今まで考えた事のない組み合わせだった。
「暁さんとの話、聞いても?」
「勿論です。全てお話しします。ただ、大した話ではないんです。ちょっとだけ……背中を押してもらっただけの」
昔を懐かしむ様に語りだす。雰囲気だけで、この話が夢城にとって大切な思い出であると伝わってくる。
「高校時代、クラスに馴染めなかった私は孤立してました。南ちゃんはいつも傍にいてくれましたが、頼ってばかりもいられない。そう思って自分から声を掛けてみたりとか、友達を作ろうとしたんですが、中々上手くいきませんでした。そんなある日、図書館で落ち込んでいる私に声を掛けてくれたのが暁さんでした」
「暁さんが……」
暁夜月が落ち込んでいる誰かに声を掛ける。その情景が鮮明に描写できる。自分の知っている話に似ているからかもしれない。
「最初は好きな本の話とかしてたんですけど、段々私が暁さんに相談する様になって。暁さんも毎回真剣に聞いてくれて、アドバイスとかくれて、そのおかげで、クラスにも何人か友達が出来て」
話している夢城は楽しそうだった。暁夜月の存在が、夢城の高校生活を激変させていたのだ。
「とても感謝しているんです。二年生になってからは少し距離が出来ちゃって、寂しかったです。本当はもっとお話ししたかったのに、私、自分の事で手一杯で。そんな矢先に、暁さん、居なくなって……」
夢城の頬を涙が伝う。俺はポケットティッシュを取り出して渡す。
「……大丈夫か?」
「……大丈夫です。思い出したら、ちょっと涙が出てしまって……」
「そういえば、暁さんが亡くなって一週間、夢城さん休んでたよな。最初は身近な人が亡くなってショックだったのかと思ってたけど、そういう事情もあったんだ……」
当時は深く追求しなかったし、天海も何も言っていなかったから、あえて触れないようにしていたが、そんな裏事情があったとは。
「南ちゃんは知ってたんですけど、気を遣ってくれてたんですよね……」
天海は知っていたのか。天海は夢城が休んでいる時「気落ちしてるみたい」としか言っていなかった。そうか。実にアイツらしいな。
「―――暁さんが自殺だって聞いた時、そんな訳ないって思ったんです」
「根拠は……あるのか?」
涙を拭き、真剣な眼差しになる。暁夜月が自殺だと言われていたのは、死亡から五日後のニュースだった。俺も見た時は目を疑った。だから今、こうして真相を探っている訳だ。
「暁さんが言ってた言葉があるんです」
「言葉……」
暁夜月の口から、何かヒントの様なものでも語られていたのだろうか。
「死んだらダメだ。逃げちゃダメだ」
「……」
「彼女にとって、死ぬことは逃げる事と同義だそうなんです。彼女は逃げる事を嫌っていました。例え自殺したくなる程辛い事があっても、暁さんは逃げない。そう思うんです」
「死ぬことは……逃げる事」
その言葉は、俺の中の暁夜月にはピッタリの言葉だった。彼女ならそう言うだろう。そう思えてならない。だって、彼女は―――。
「―――自殺しようとした四葉を助けた……」
「え? 今、何て」
考えてたことがそのまま口に出てしまう。夢城にも少し聞こえてしまった。
「―――夢城さん。俺も彼女は自殺じゃないと思う。その根拠……とまではいかないけど、そう思う理由があるんだ」
「私も疑問がありました。どうして上原くんが暁さんの話をするのか。確かに話している所を見た事はありますけど、とても親密な関係とは思えません。私が知らなかっただけなのか、それとも別に理由があるのか。上原くんと暁さんを紐づける理由が、あるんですね?」
夢城さんの推理は大体当たっている。俺と暁夜月はそこまで仲がいい訳ではない。話した機会も多い訳ではないし、俺は彼女の事を多く知っている訳でもない。
人間的な繋がりの他に、理由がある。間接的だが、俺と暁夜月を結び付ける理由。
「やっぱり、名探偵なんじゃないか?」
「そうだったら、気苦労はしませんよ」
軽く笑い合った後に、息を整え、俺はゆっくりと話す。
俺と暁夜月の関係。俺の後悔と、弟、四葉の話を。
「ただいま」
声は押さえて、静かに入る。そっと扉を閉めてリビングへ。
「遅かったわね」
出迎えたのは、妹の春花。ここは実家。今日は実家に泊まると妻の彩芽に伝えてある。
「ちょっと話し込んでな」
「ふーん」
訝しむ様子の春花。もしかして不貞行為を疑われているのだろうか。それは心外である。
「まさか、浮気とか疑ってんのか。ないない。在り得ない」
「犯人は皆、そう言うのよ」
全然信用していない。春花は妻の親友だ。ある事無い事吹き込まれるかも知れない。
「マジで違うって、確かに女性と一緒にいたけど、やましい事をしてたんじゃなくて、その……」
「自分で女と居たって白状するのかよ。まぁ、アンタ昔から嘘吐けないしね。それで? その、何?」
「―――暁さんの話をしてたんだ」
「……ま、そんなとこだろうとは思ってたけど」
つまらなそうにコーヒーを飲んでいる。分かっているなら最初から言ってほしい。無駄に言い訳したみたいじゃないか。
「……で、どうだったの?」
「どうって……?」
「暁夜月の事よ。……何か分かったの?」
「……それが―――」
俺は正直に答えた。容疑者の浅間や、関係者の長瀬や林から何も聞けなかった事。そして、夢城とのやり取りを。
「―――で、二人で真相を突き止めようとしてる訳?」
「……そんな所だ」
説明し終えた所で、コーヒーを一気に飲み干し、まじまじと俺の顔を見つめる。
「……? 何だよ」
「別に、ただ……一個言っとく」
躊躇いながら視線を逸らし、俺に背中を向ける。
「……あんま深入りしない方がいいよ」
「それは……どういう事だ?」
予想もしていなかった意見に、俺は困惑した。何故そんな事を言うのだろうか。
「言葉通りの意味よ。今更詮索したって、意味ないんじゃない?」
「意味ないって、どういう事だ?」
その言葉に怒りを覚える。意味がないとはどういうことだ?
「確かに真相があるなら、知りたくなるのは分かる。でも、それが明るみになって、今更何か変わるの? アンタはそれを知ってどうするの?」
「知って、どうする……」
「仮に自殺じゃなかったとして、それを誰かに伝えるの? 世間? 暁さんの家族? それとも四葉? どれにしろ、どの立場でどんな正当性があって言えるの?」
春花の言葉に直ぐに反論できなかった。俺の中で、明確に答えがない証拠だった。
俺は自分のけじめとして真相を追っている。―――本当にそれだけか? もし、本当に自殺じゃなくて、事件事故だったとして、それを知った俺は何をどうする気なのだろうか。
真実を知ればけじめになる? 具体的にはどういう風に? 結局の所、俺の中で解決するだけの話。そこに事実がいるかどうかは、俺の心次第だ。俺が納得すれば、真実なんてどうでもいいんじゃないのか。
「……でも、それは」
「まぁ、アンタのやる事に口出しする気なんてないし、どうでもいいんだけどね」
冷たく突き放される。いつもと同じはずなのに、どうしてか今日は心に刺さった。
「周りをひっかき回すのは止めてよね。迷惑だから」
そう言い残しリビングを去る。残されたのは俺だけ。つくづく今日は、女性に置いてけぼりにされる日だ。
「―――全く、素直じゃないな」
俺は春花が嫌いだ。五月蠅いし生意気だし、兄の言う事を全然聞かない。四葉の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
だけど、春花の事はよく知っている。アイツがわざわざ夜遅くまで起きて、俺に忠告するなんて、普段なら在り得ない。それこそ、余程の事がない限り―――。
春花の優しさを胸に刻み込む。それなりに、可愛い妹ではあるという事か。




