小噺48 2030
久しぶりに投稿しました。思い付きで勢いで文章にしました。大目に見てください。
K氏が異変に気付いたのは、テレビのチャンネルを点けて朝のニュース番組を見たときだった。
リポーターがいつもの若い女性アナウンサーから外国人の男性アナウンサーに代わっていた。それだけでなく、画面の上には様々な言語の字幕が、次から次に流れてくる。
慌てて、机のスマートフォンに触り、時刻を確認する。6:01。時刻におかしなことはない。しかし、画面をよく見ていると、K氏は「あっ」と声を上げた。
2030年 6:02
「そんな、今年は2023年のはずだ」
慌てるK氏は、新聞が届いていたことを思い出した。心臓の音が早まり、大きくなっていることを感じて玄関へ走っていく。
「2030年11月7日」K氏はゆっくりと、間違いがないように、大きな声でその場で読み上げた。読み上げた直後に力なく座り込んだ。K氏は2023年から2030年へとタイムスリップしたのだった。
呆然としているK氏の目に、床に落とした新聞の見出しが目に入る。
『日本人出稼ぎに各国が制限、設置』
日本人が出稼ぎ?と思ったK氏はさらに記事を目で追う。
『2023年に端を発した記録的円安によりドル使用国に出稼ぎへ行く日本人が年々増加し、今年は800万人を突破した。増加の一歩を辿る日本人労働者に対して、各国は自国労働者の権益を守るため、特別協定を締結した。これによって日本からの出稼ぎ労働者数を大幅に制限した。』
K氏は、繰り返して記事を読んだ。そして、自分の暮らしていた2023年から日本が衰退したことを悟った。
力ない足取りで部屋に戻ると外国人ニュースキャスターが全国のニュースを紹介していた。
『本日、未明に交通事故が発生しました。90代の運転手が運転する大型トラックと、80代の運転手が運転するタクシーが出合い頭に衝突しました。近年、若い世代の海外流出によって国内産業の担い手が高齢者となるなか、高齢ドライバーによる事故は社会問題ともなっています。』
『外国人による日本の土地買収割合は2023年と比較して大幅に進みました。海外資本の企業が世界遺産周辺の土地を買収して、大型レジャー施設の開発を進んでいます。円安を背景として現在、日本の土地資産を外国の富裕層や一流企業が買収する風潮が続いています。なお、2025年にX国に買収されたA市では、歴史的建造物の敷地内に邸宅を設置して売り出す、いわゆる「japanパッケージ」が外国人に人気になる一方、地元住民との間で衝突が起きています。』
K氏は、もはや別の国にいるような気持ちになってきた。自分の知っている日本が失われていく悲しみと、それを止めることのできない無力感でK氏の心は沈んでいった。
ピンポーン
突然のインターホンの音に驚きつつも、壁のインターホン画面を見た。
小綺麗な恰好の初老の男性が写っている。しかし、K氏には見覚えのない人物であった。
「どうした、まだ寝ているのか。そろそろ時間だぞ」
画面から初老の男性の優しい声が聞こえてきた。なるようになれ、とK氏は急いで着替えて玄関へと向かった。
「やあ、まだ寝ているかと思ったよ。例の時間に遅れるぞ」
初老の男性はK氏の腕をつかみ、早足で道を歩いた。
「あ、あの」と声をかけようとしたが、K氏は街の変貌ぶりに言葉を失った。
行きかう人の多くが様々な国の外国人だった。様々な言語が飛び交う様子は自分の知っている日本とは大きく違う。日本人は、と目で探すと道の端っこを隠れるようにひっそり歩く高齢者が数人程度であった。
他に日本人は、と探すと道端には力なく、そして隣に「please job.please」と力なく書かれた段ボールの切れ端を置いた男女が数人いた。
「さあ、着いたぞ」
初老の男性は地下に続く階段の前で立ち止まった。
「あ、あの、ここは」
K氏の質問が聞こえなかったのか、男性はK氏の腕を引っ張り、階段を下りていく。しばらく行くと通路になっており、数人の若い男が鋭い眼光で男性とK氏を睨み付けた。
「日本、万歳」
初老の男性は小声で若い男の一人にそう言った。男はうなずき、扉を開いた。
部屋の中には老若男女の区別なく多くの人々がいた。みんなK氏の知っている日本人のように思った。
しばらくすると、部屋の奥から30代ぐらいの日本人男性が現れた。同時に歓喜の声があがった。
30代ぐらいの男性は、迎えてくれた観衆に手を振り、声を荒げて話し始めた。
「日本人、諸君!我々は寛大ではない!我々の土地は、歴史は、文化は、いまや外国の商品となり荒らされている!我々は、我々の先祖が築き上げた偉大な日本を取り戻そうではないか!今夜、我々は政府中枢部を武力制圧し、新たな日本を創っていく!そして、外国勢力を追い出すのだ!いまこそ攘夷を起こすべき!」
男性の雄たけびとも言えるスピーチが終わると、雷のような拍手が部屋を包んだ。なかには感極まって号泣する人もいる。
K氏は、あまりの衝撃的な内容に頭が真っ白となった。
「さあ、君も」
初老の男性はK氏の胸に固い何かを押し付けた。視線を向けると拳銃だった。
「我々こそが日本人だ。そして、今夜、日本を奪い返す!」
初老の男性は拍手に負けんばかりの大声でK氏に吠えた。
拍手、歓声、熱狂・・・K氏の視点はだんだんと定まらなくなってきた。初老の男性が何かを叫んでいる。しかし、K氏は力なくその場に倒れこんだ。
ピピピピ
いつもの目覚まし時計の音が聞こえた。慌ててK氏が起きてスマートフォンの画面を見る。
2023年11月7日
「ああ・・・夢か。」大きな深呼吸をして、そして、安心したK氏はニュース番組を見るためテレビを点ける。いつもの見慣れたニュースキャスターが現れた。キャスターはいつも通りにニュースを伝えた。
「昨日の為替市場で日本は1ドル180円を記録しました。依然と記録的円安が続いており・・・」