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第一章「魔王に殴られるだけの簡単な仕事」その6

 妙に頑丈に育ってしまったせいだろうか、気絶することもなくゆっくりとその場から立ち上がる。

 すると、エディスとルゼがこちらへと近寄って来た。


「サバカン、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫!?」

「ああ。この通り生きているさ」


 盾が頑丈なのは助かるのだが、衝撃を完全に防いでくれないのは大きな欠点だ。


「ご無事で何よりです、早速ですがエディスの一撃はどうでしたか?」

「どうでしたか、って――」


 よくよく考えると、これが俺の仕事だった。

 ふと、これまで戦ってきた数々の強敵との死闘が脳裏に蘇る。

 一瞬も気の抜けない命のやり取り。

 辺獄神器を使えるからと言っても、余裕で勝てた記憶は思ったよりも少ない。

 慢心=死であると、ルゼから散々言われたせいかもしれない。

 そんな昔を思い出していると、エディスの先程の一撃はどうにも違和感があった。

 上目遣いでこちらの顔を覗き込んでくる少女に申し訳ないと思いつつも、俺は率直な感

想を述べた。


「やはり攻撃を受けて思ったのは、末恐ろしい子だな、ということかな」

「凄いでしょ!」


 えへん、と胸を張るエディス。

 俺は小さくかぶりを振りながらもこう続ける。


「ただ、魔王には向いていないだろう」

「え、ど、どういう意味!」

「さっきの一撃は手を抜いていただろ? 本気を出せば俺はもっと吹っ飛ばされていた」

「え、それは――」


 喜怒哀楽がはっきりとしているせいか、動揺していることもすぐにわかってしまう。

 悪いことはできない子なんだな、と思いながらもさらに指摘する。


「そもそも、急に俺が盾を出したことに驚きもせず、躊躇なく盾を目掛けて殴ってきた。俺に防御手段があったのを見て安心したんじゃあないかな」

「だって、怪我させるのは嫌だもの……」


 エディスは明らかに落ち込んでいる。

 感情が翼にも表れているのか、見るからにしょんぼりとしていた。


「魔王にはその優しい気遣い不要だとは思う。まあ、優しい魔王がいてもいいとは思うがね」

「本当!?」


 エディスは可憐な笑顔を見せながらもはしゃいでいる。


「あ、ああ」

「よかった~」


 とりあえずは、これでいいのだろう。

 ルゼの方を見ると、俺の発言とエディスの反応をメモしているらしく、手早く紙に何かを書き留めている。

 やがて、メモを終えたのか、ルゼが顔を上げてこちらにこう告げてきた。


「こんなものでしょうか。では、この子を家に送り届けてあげましょう」

「そうか。先に行ってくれないか」

「あ、その盾ですか」

「そう、使用を終えたら、オリガミとやらをしなけりゃあならないんだ」


 盾の裏側に封筒のようなものが貼り付けてあり、その中にある色紙を折って工作をしなければならなかった。

 何故、こんなことをさせられているのか俺にはわからない。

 儀式的な意味合いがあるのだろうか、辺獄神達の間では意味があることに違いない。

 色紙を決められた手順通りに折ると、鳥に似た形となる。

 最初の頃は慣れずに失敗ばかりしていた。

 適当に折るとどうやら規定数にカウントされないため丁寧に折る必要がある。

 慣れてしまうと、これは精神鍛錬の一つではないのかと思ってしまう。

 これを十羽ほど作成し終えてから、俺は盾と一緒にあるべき場所へと戻した。

 盾に付属していた説明書によると、急いで紙の鳥を作らなくてもいいとあったが、どうにも忘れっぽい性格であるため、こういうことはとっとと終わらせないとすっきりしない。


「はてと」


 急いで向かわなければ。

 先程ぶん殴られた衝撃のせいかまだ頭がふらふらするも、何とかエディスの家へと辿り着く。

 ノックをすると、どうぞというルゼの声が返って来た。

 扉を開けるとその内装は実に質素なものだった。

 ルゼの以前勤めていた職場の個室とは雲泥の差がある。

 そもそも室内が暗く、魔物である以上夜目が利くのだろうか、ランプの明かりすらもない。

 窓から零れる空から降り注ぐ赤い光が唯一の光源となっており、あまり居心地の良い空間とは言えなかった。


「あ、サバカンさん!」


 こちらに手を振って来るエディスの隣にベッドの上で横になっている女性がいる。


「そちらの女性は?」

「私のお母さん。ちょっと具合が悪いの」


 エディスの言葉に反応してか、女性はむくりと上体だけを起こしてこちらに顔を向ける。


「初めまして。私はエストナと申します。お話は伺っております」


 ごほごほと咳き込んでいる点からすると病を患っているのだろうか。


「その、失礼ですが、サバカン、というのは――」

「俺の本当の名前はイェルムルドだが――今はサバカン、とのことだ」

「左様でございますか」


 すると、エストナはルゼと俺の顔を見比べる。

 何かあったのかと思っていると、彼女は柔らかい微笑みをこちらへと返してきた。


「あなた方は魔王判定士のお仕事をされているそうですが……」

「ええ。魔界の魔王達の力量や財力を判定し、魔王の脅威を判定するという仕事です」


 大真面目に語っているも、結局は金銭が目的だ。

 金に目が眩んでいる、といった素振りを一切見せないルゼはある意味生粋の商売人なのかもしれない。


「亡くなった主人からも伺ったことはございますが、とても立派なお仕事ですね」

「いえいえ。辺獄神として当然のことです」

「辺獄神様? では、サバカン様もでしょうか?」

「いえ、俺はミセリアート出身の単なる人間です。一応元勇者なだけで」


 その瞬間、ルゼが呆れた表情を浮かべる。

 残念な子、と言いたげな視線は刃物よりも鋭い。

 如何せん。つい口が滑ってしまい元勇者を自称してしまった。

 勇者は魔王の天敵のようなものであり、敵意を持っていたとしてもおかしくない。

 一瞬、覚悟を決めるも――。


「凄い! 元勇者なの!?」


 あれ?

 予想外のエディスの反応にルゼもまたきょとんとしていた。

 ちらりとエストナの様子を伺うも、特段驚きもしないようだ。


「いや、大したことはないんだ」

「強い魔法とか使えるの?」

「魔法は使えないな。さっぱりだ」

「え、何も使えないの!?」

「素質が皆無なんだとさ」


 思わず笑ってしまいそうだったが、ぐっとこらえる。

 自虐の笑みなんざ、子どもに見せるもんじゃあない。


「そうなの?」

「ええ。サバカンの場合は、その――」


 俺の気のせいだったかもしれない。

 だが、紛れもなくほんの一瞬だけルゼの銀の瞳に動揺の色が走った。


「稀なだけです」


 しかし、淡々とポーカーフェイスで答えているのを見ると俺の気のせいか。


「ま、魔法を使えなくても勇者にはなれる、ということさ」

「そもそも、魔法って何なのかな?」


 確かに魔法とは何だろうか。

 すると、ルゼがやれやれと喋り出す。


「魔法の原理とは、この世界の綻びを意図的に操作する力です」

「綻び?」

「ええ。この世界の物理法則は一見完璧に見えて欠陥だらけなのです。魔法はざっくり言ってしまうと、その欠陥を魔力により操作するものなのです」

「欠陥を利用しているの? じゃあ、魔法の詠唱っていうのは何なの?」

「魔法の詠唱は世界の綻びに命令をするようなものです。これにより発火や爆発、落雷といった様々な事象を引き起こせます」

「私もお母さんから教わっているんだよ!」


 彼女の言葉に対し、エストナが微笑む。

 それを見て、実に羨ましいものだなと率直な感想を抱く。

 魔法の技術やコツは親から子へと受け継がれることも少なくはない。

 まあ、俺にはその親すらもいなかったが。


「辺獄神法には関係はないのですが。いずれにせよ、自然現象だけではなく、肉体の再生及び変化の魔法もあります」

「便利なもんだよな」


 魔法の原理は知らないが、魔法を使えるかどうかについては、個々人の素質が関わって来るのはよくよく知っている。

 ただ、この素質は高いほど魔法の威力と魔法の熟練速度が上達するだけで、素質の低い人間でも時間をかければ魔法は習得できる。

 厄介なのが例え習得できるといっても、幼少期に魔法の修行を始め、髪の毛が白くなった頃にようやく指先に火の玉を灯すことができるといった者も多い。

 まあ、いくら努力をしようとも無理なものは無理、と俺のように残酷な現実を突きつけられるよりかはマシだろう。


「サバカンさん。どうしたの? 元気がないよ」

「元から、こんなやる気のない顔をして生きているだけさ」

「じゃあ、私の元気を分けてあげる!」


 そう言って、エディスは両手を大きく広げて、俺の方へと近づき――。

さあ、近づいて何をするのでしょうか?

気になる次回はまた今度になります。

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