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第一章「魔王に殴られるだけの簡単な仕事」その5

 よもや、目の前の建物は幻の類かもしれない。

 雪山で遭難していると怪しげな建物に辿り着いたという話もあるし、なんせここは魔界だ。

 冷静になるために、まずは自身の頬を抓る。

 念のため、三回ほど強く抓ってみると、小気味よい痛みが現実の厳しさを教えてくれた。


「どうされました?」

「いや、居城ってことは城だよな」

「当然でしょうに」


 その言葉に対して反論しようとしたが、どうにもその気力はなかった。


「城、ね」


 マイホームを城と例えるのはよくわかる。

 ただ、ルゼが示す方にあるのはどこにでもある小屋にしか見えない。

 魔界の木材を使用しているのか色は全体的に暗く、敷地面積が狭いせいでホームパーティーも開けそうにない。


「リンボウネットの情報通りですね。かつては六十六の軍勢を率い、三十三もの城を構えたとされる魔王エディス。その末裔だそうですが……」

「見事に落ちぶれてしまった、というわけか」


 三十三の城も売り払ってしまったと考えてみると悲しいものだと思っていると、ルゼがすたすたと小屋へと向かっていく。


「ん?」


 早速喧嘩を売りに行くのか。

 肩を竦めてから、ルゼと共に小屋の玄関の前へ立つ。

 玄関の扉だけは塗料で真っ赤に染められており、見栄えだけは良くしようと頑張った形跡があるものの、残念ながら塗りにムラがあるせいで、却って間の抜けた印象が強くなっている有様だ。

 モチベーションが坂の上から転げ落ちるように下がっていく中、ルゼはお構いなしにその扉をノックする。


「もしもし」


 二、三度ノックしてみるも、反応がない。


「留守か」

「いえ、居留守でしょう」

「……根拠は?」


 ルゼは答える代わりに目配せをする。

 その視線を辿るとそこには小さな窓があり、窓からは二つの目がこちらの様子を伺っているのが見て取れた。


「どうする?」

「奥の手を使います」

「奥の手?」


 一体、どんな手を使うのやら。

 荒っぽい手段を頭の中でいくつか考えていると、ルゼはこんなことを言い出した。


「アンケートにご協力いただけたならば粗品を進呈いたします」

「そ、粗品?」


 その瞬間だった。

 扉がバネ仕掛けのごとく勢いよく開いたかと思うと、中から小さな影が飛び出す。


「本当!?」


 出てきたのは、まるで人形と子犬の可愛らしさを掛け合わせたような、無垢な生き物だ。

 黒と白の配色の地味ながら可愛らしいデザインのワンピースを身に着けており、これで山羊のような角とコウモリのような翼がなければ、ごく普通の女の子にしか見えない。


「魔人の女の子、か」


 魔物の中でも人間のように二足歩行をし、知能が高い存在を魔人と呼んでいる。

 ただ、この定義もかなり曖昧だと聞く。

 二足歩行をしているが、知能が皆無な奴もいるし、その反面、九割は獣の外見だが、頭部は人間で、おまけに博識な奴もいるそうだ。

 そんな訳で、どの基準で魔物と魔人を区別しているのか、未だにはっきりしないことも多いとか。


「あなたが魔王エディスでしょうか?」

「うん! 私は五十二代目だよ!」

「そ、そ、そうなのね」


 花のように微笑む様子を見ていると、とてもではないが魔王には見えない。


「では、こちらがアンケート用紙になります」

「わーい」


 ピョンピョンと跳ねながらもルゼから羽根ペンとアンケート用紙を受け取るエディスを見ていると、倫理的にマズイことをしているような気がしてならなかった。

 エディスがアンケート用紙に夢中になっている間、俺はそっとルゼに尋ねる。


「この子と戦うの?」

「はい」


 改めてエディスを見てみると、か弱い印象を感じられる。


「いやいやいや。流石にまずいだろ」

「あなたの考えていることはよくわかります。ただ、やはり実力を見る必要がありますので」

「いくら魔王でも攻撃出来ないぞ」

「いえ、別に攻撃をしなくてもよいのです」

「どういう意味だ?」

「そのうちわかります」


 楽しそうに笑っているルゼを見ると、これから酷い目に遭うのだなと確信してしまう。


「書けたよー!」

「ありがとうございます」


 早速ルゼと一緒にアンケートの記載内容を見てみる。

 アンケートとやらはどうやら子ども向けのものになっているようで、ウサギやイヌのイラストが描かれている。

 一番上には大きく『わかる範囲で書いてね!』と表記されていた。

 その中でも俺が驚いたのは質問の内容だ。

 冒頭の質問事項は、最近不満に思っていることや好きな食べ物といった相手を警戒させない当たり障りのないものだが、徐々に得意としている技、はたまたどのぐらいの領地を所持しているかといった具体的な内容となっている。

 ルゼが聞き出したいのは、どのぐらいの勢力を所持しているかということだろう。

 そんな思惑も知らず、きっちりすべての質問に答えているのを見ると、罪悪感に心を啄まれ尽くされそうだ。


「では、こちらが粗品です」

「わーい、粗品だー」


 喜びながらも粗品を受け取っているのを見ていると遷移が失せてしまう。

 包みの大きさと軽さからすると、ありゃあタオルだろう。

 働くのは本当に大変だな、と自分にしつこく言い聞かせてみるも、やはり罪悪感は消えそうにない。


「あとは、あなたの実力を見せて貰ってよろしいですか?」

「実力?」

「はい。私の助手を殴っていただければ、と」

「え」


 俺が短い驚きの声を出すと、エディスもまた首を傾げる。


「いいの?」

「構いません。全力で殴ってください」

「ははは、お手柔らかに頼むよ……」

「わかった! でも、ここからおうちが壊れると大変だからちょっと移動するね」


 それはごもっともだ。

 五分ほど歩き、周辺に障害物のないだだっ広い地形に辿り着いてから、エディスがこちらを振り向く。


「ここにするね」

「わかった」

「じゃあ、いっくよー!」


 すると、エディスはグルグルと腕を振り回し始めた。

 どこか微笑ましいような、そんな感じがしたのはほんの一瞬だけだった。

 その腕の回転に合わせ、思わず顔を背けてしまうほどの熱風が吹き荒れる。

 これって、本当に直撃して大丈夫なのか?

 そんなことを考えながらルゼの方を向くと、無言で敬礼を返される。

 しまった、こんなことならば遺書でも書いておけばよかった。

 急いで懐からカードを取り出し、勢いよく空を滑らせる。

 あくまでも借りるだけなので、望む物が何でも出てくる訳じゃあないが、防ぐ手段には心当たりがある。

 すると、空間から一抱えもある盾が出てきた。

 黒鉄色の武骨な造りが特徴で、これまた辺獄神様の創り出した盾だ。

 『生還の黒盾』という名前が付いているらしく、とりあえずは壊れないのが自慢ではある。


「えい!」


 盾を構えたその瞬間、エディスの拳が放たれる。

 真正面から盾と直撃し、鼓膜が破れんばかりの金属音が鳴り渡ると同時に、俺の身体は強風で舞う木っ端のように吹っ飛んだ。


「……!?」


 嗚呼、魔界の空は寂しいんだな――。

 暗くどんよりとした空を眺めながらも、空中で身体を二回転ほどさせているうちに何とか正気を取り戻す。

 危うく地面に激突する前に受け身を取ろうとするも失敗してしまい、背中を地面に強く打ち付けてしまった。


「ふげっ!?」


 我ながら情けない悲鳴を上げながらも、こう思った。

 改めて、とんでもない仕事をさせられているものだな、と。

魔王に殴られるだけの簡単な仕事――。

可愛い女の子に殴られるだけマシなのでしょうかね。

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