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第一章「魔王に殴られるだけの簡単な仕事」その4

ルゼによって蹴り落されたその先には一体何が――。

「む、ここは?」


 目の前には見たこともない荒野が広がっていた。

 赤銅色の砂と石しか見られず、見上げてみると空に広がっている雲は血のように赤い。

 その雲間を走る白い線は遠雷だろうか。

 遅れてやって来た雷鳴を耳にして、そこで俺は正気に戻った。


「ルゼ――」


 声を掛けようとしたその瞬間、ぞくりとするような寒気が肌を舐める。

 氷塊を直に押し付けられたような、あまりの冷たさに血までも凍り付いたかのような感覚に囚われる。


「大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だ。そうかここが魔界なのか」


 ガタガタと身体を震わせていたその瞬間だった。

 何の予告もなく、前方の地面から大きな火柱が上がった。


「なっ!?」


 その炎は神秘的なほど青く、まじまじと注視しようとするも瞬時にして消え去ってしまった。

 まるで次の獲物を狙っているかのようだと考えるだけでも酷い悪寒に襲われる。


「お気を付けください」

「ああ。そうさせて貰うよ」


 魔王達はこんな面白みのない場所よりも、日の当たる大地を欲しがるわけだ、と思わず納得してしまう。


「さて、魔界に来たので、魔物を呼びましょう」

「どうやって呼ぶんだ?」

「お任せを」


 ルゼは咳払いをしてから、突如声で歌いだした。

 雲雀が囀っているかのような美しい歌声だ。

 魔界だというのに、一瞬にして楽園のような穏やかな空間へと様変わりした。

 肌を指す寒さも、吹き出す炎の嵐も忘れ、思わずその歌声に聞き入っていた時だった。


「ん?」


 どこからともなく獣共が現れ出す。

 牛のような巨躯とオオカミに酷似した頭部を併せ持つ悪趣味な獣、どっからどう見ても魔物だ。

 愛嬌の欠片もない連中だが、どういう訳だか後ろ足で器用に立ち上がっている。


「な、なんだ?」


 魔物には知恵を持つ輩が多く、普通の獣では考えられない行動をしてもおかしくはない。

 おかしくはないのだが、自身の目を疑うようなことが起きるとは思いもしなかった。

 直立した魔物は輪となり、そしてあろうことかルゼと一緒に踊り出してしまう。


「え……」


 異様な光景だった。

 異様すぎて眩暈がしてきやがった。

 胃の方から何やら酸っぱい液体が込み上げてくるのを堪えながらも、理性を保つために必死に親指の爪を噛む。

 お世辞にもここは魔界のはずだ。

 平和とは最も程遠い世界のはずなのに、趣味の悪い絵本の世界に叩きこまれたようだ。

 やがて、ルゼを取り巻く魔物は数を増していき、彼女と共に踊ったり、はたまた地面を子犬のように転がり回る奴も出てきた。

 行動は確かに可愛らしいかもしれないが、大層気味が悪い。

 札付きの不良が何の脈絡もなく平和主義者に目覚めたような、世界を司るどこかしらのネジが外れてしまったと言えばいいのだろうか。

 やがて、魔物共が集まりに集まり、その数はざっと五十体ほどにまで増えていた。

 このままこの辺りがダンス会場となってしまうその前に、ルゼが歌うのを止めた瞬間、賑やかな雰囲気は一変する。

 魔物共はまるで白昼夢から目覚めたかのように困惑するも、新鮮な獲物であるこちらへと視線を向けてくる。

 紅く血走り狂喜した目、いやらしく舌なめずりする水音、そして荒々しい鼻息すら聞こえてくる。

 一般人からすれば圧倒的に絶体絶命な状況だが、俺からすればさっきのダンス大会よりかはマシだ。


「このぐらいの数でちょうどいいでしょう」


 一方、ルゼはいつの間にやら俺の後ろにいた。


「あの、今のも辺獄神法?」

「ええ。とても可愛らしいかと」

「いや、十分な恐怖を楽しめたんだが」


「個性的なのが辺獄神法の魅力ですので。こればかりは文句を言われても困ります」

「それに振り回されているこっちが困るんですがね」


 小さく肩を竦めてから、改めて周囲にいる魔物どもを見据える。

 どいつもこいつも凶暴な面構えをしており、手加減の出来る相手には見えない。


「さてと」


 懐から一枚のカードを取り出す。

 改めてカードを見てみると、その光沢からして金属製のようなのだが、決して錆びることもなく、鉛よりも重い不思議な素材で構成されている。

 まあ、何にせよ辺獄神であるルゼから借りたカードなのだから、それぐらいは当然なのかもしれない。

 頭の中で借りたい物をイメージしつつ、カードで空間を勢いよく切る。

 その瞬間、眼前に奇妙な形をした槍がぬっと現れる。

 柄は歪で少し持ちにくい一方、穂先は蛇の舌先のように曲がりくねっており、武器というよりも悪趣味な拷問具のようにすら思える。

 このカードは簡単に言ってしまえば辺獄神達が作り出した辺獄神器、主に武器なのだが、それらを一時的に借りられるというものだ。

 ルゼ曰く、ウェポンシェアリングとのことで、そもそもは辺獄神達が共有して辺獄神器を使っており、正式にはウェポンクラブメンバーズカードという名称らしい。

 かつての魔王との戦いでもこの槍――『掃討の魔槍』は大いに活躍してくれたし、これから始まる戦いでも間違いなく力となってくれるはずだ。

 そして付属とも言うべき袋も遅れて現れる。ずしりと重く、一先ずは足元へ置いておく。

 槍を構えていると、痺れを切らした魔物共が一斉に襲い掛かってきた。

 剥き出しにした牙、鋼板をも引き裂くであろう爪、体当たりだけでも人など簡単に圧殺できる巨躯。

 単純ながらも戦う術を持たない人間からすれば脅威以外の何物でもない。


「やれやれ」


 昔からこういった奴らの相手は日常茶飯事で、飲まず食わずで丸一日戦った昔が懐かしいもんだ。

 そうこうしているうちに、虎と熊をごちゃ混ぜにしたような魔物が、大きな口をあんぐりと開けてこちらに噛み付こうとしていた。

 凶悪な面構えだというのに、牙は綺麗に並んでいるんだなと考えながらも、槍の石突きを素早く魔物の喉元へと叩き込む。

 鈍い音と共に魔物が倒れ伏せるも、次から次へと他の魔物共がまるで怯む様子もなく肉薄してくる。


「来るか」


 槍を構え、まずは呼吸を整える。

 精神を落ち着かせなければ、槍の真価を発揮することはできないらしい。

 茶でも一杯飲む時間があればいいのだが、そんな余裕があるわけもない

 心の中に描くのは、凪の海。

 一切の風の吹かない、穏やかな海原。

 全てを包む優しい碧――。

 周りの音の全てが聞こえなくなったその瞬間、イメージの中の海に異変が生じる。

 突如海から巨大なルゼが現れる。

 相も変わらず無表情であり、何を考えているかは凡人の俺には到底理解できそうにない。

 その手にはこれまた巨大な――。


「何でサバ缶じゃああああっ!」


 脳裏に巨大なサバ缶が浮かんでしまい、俺は思わず絶叫した。

 凪の海は一瞬にして蒸発し、業火の荒れ狂う真っ赤な海が全てを飲みこむ。

 全力の怒りと共に槍を一閃させると、目の前の空間に紫色の閃光が走った。

 光は満開の花のように広がるも、その花弁はあっという間に散っていく。

 自然に咲いている花ならば美しく見えるのだろうが、そんな感想は微塵も感じられぬほどに惨い有様だった。

 光は爆風を生み出し、爆風は衝撃の波を引き起こす。

 哀れな魔物共に防げるはずもなく、奴らは綿毛のように吹っ飛び、そのついでに辺りの地形も問答無用でえぐり取っていく。

 やがて、目の前にぽっかりと出来上がったクレーターを眺めていると、ルゼが声を掛けてくる。


「雑念が入ってしまいましたか」

「あ、ああ」


 雑念さえ入っていなければ、更に威力は出ていたはずだ。

 まあ、幸いにも魔物共は全滅できたから良しとしよう。


「それにしても、この槍は凄いな」

「ええ、辺獄神の創った局地殲滅兼清掃用の槍ですので」

「せ、清掃用?」

「はい。それ故に殺傷能力がないのです」


 ルゼが転がっている魔物どもを指さす。

 掃除し損ねた綿埃のようにクレーターの端の方に固まっており、手足が痙攣している辺り辛うじて生きていることがわかる。

 殺傷能力がない、というよりも正確にはこの槍では生き物を殺すことはできないといったところか。


「まあ、便利すぎるよな」


 人間の知恵と技術では到底作り出せない代物だ。

 こんな代物が市井に出回れば、解体業者は軒並み廃業となるに違いない。


「さて、勘は取り戻せたのではないでしょうか?」

「ああ、少しは」

「では、魔王の居城に行きましょう」

「その前に、こいつを点検しなくちゃあならないんだが」


 その場に腰を下ろしてから、放置していた袋の中身を取り出す。

 袋の中には磨き布や艶出し用の油、その他にもよくわからない物がごちゃごちゃと詰められている。


「点検は重要ですからね」

「穂先を磨くのはわかるんだが、これを回すのは中々面倒なんだよな」


 そう言いながらも袋の中から妙なカラクリを取り出す。

 手回しハンドルに似ており、それを槍の石突きにある穴へと差し込む。

 ハンドルを回すだけなのだが、相当の力を入れなければ回らない。

 槍の柄にはめ込まれた宝石の色が赤から緑へと変わるまで行うのだが、これが中々に時間がかかる。

 初めて使った時には三十分ぐらい回していたが、回すコツさえ掴んでしまえば案外楽なものだ。

 三分ぐらいハンドルを回しているとようやく宝石の色が変わる。

 やれやれとカードで空を切ると槍と袋は煙のように消え去った。

 辺獄神器はどれも強力なのだが、借り物であるためか神器ごとに使用後の様々な誓約や代償が課せられている。

 寿命の半分を寄越せといった類の物騒なものはないが、多用すると酷い目に遭うことは理解しているつもりだ。


「待たせた。それで魔王の居城とやらは?」

「案内します」


 ルゼに先導される形でその後ろを追う。

 どの辺りにあるのだろうかと周りを見渡しても城らしき物は見当たらない。

 かなり遠くにあるのだろうと考えていると、ルゼの足が急に止まる。


「こちらです」

「そうか、こちらか」


 目の前の建物を見て、俺は色々な意味で驚かされた。

 心臓が飛び上がるほどの激しいショックとはかけ離れているものの、こうも感情の変動が続くと脳がはち切れてしまいそうだが。

やっと主人公らしく戦ったサバカン。

彼と対峙する魔王とは――?

次回もお楽しみに。

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