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第一章「魔王に殴られるだけの簡単な仕事」その1

いよいよ物語の本編が始まります。

楽しんでいただければ幸いです。

 宿命という忌々しい言葉がある。

 どうやら、人の道筋とは予め決められているようだ。

 恩人からそんなことを聞かされたのを今でも覚えている。

 俺の宿命とは何なのだろうか。

 辛く苦しい人生を乗り越え、遂に王国の近衛騎士団長にまで成り上がることが出来た。

 国民の憧れの的であり、誰からも愛される高給取りという、誰もが石を投げつけたくなるほどの存在になったのはよかったが、今の俺は誰もが鼻で笑ってくれほど無様なものだ。

 そんな現状を振り切るように目線を泳がせていると、部屋の壁際に設置されている本棚が目に入る。

 本の背表紙には、『オススメ企業百選』や『勤めるならばこんなお城』、さらに『魔法が下手でも就職できるから!』というタイトルが並んでいた。

 冒険者向けの職業安定所に並ぶには相応しいラインナップだなと納得してしまう。

 昔はこんな職安なんざなかったのだが、世界が平和になったせいで冒険者の働き口が激減した結果、あちらこちらに建てられたそうだ。

 今もこうして職を紹介して貰っている最中だが、何か妙な単語が聞こえた気がした。

 何かの冗談だ、と思いながらも俺は目の前の女性にこう尋ねる。


「えっと、もう一度言ってくれないか?」

「はい。魔王判定士です」


 実に静かな一声が返って来る。

 いや、静かという表現には語弊があるかもしれない。

 正しくは何もかもが死に絶えた氷原のど真ん中で一人彷徨っていると、ふと耳元から聞こえて来たような、そんな儚くもゾッとするよう声だ。

 一体どんな生き方をしていればこんな冷たい声を出せるのやら。


「ま、まおうはんていし?」

「正確には魔王判定士の助手のお仕事です」


 目の前の女性――ルゼは無表情でこう返してくる。

 フルネームはア・ルゼティナだったろうか。

 彼女の白銀の双眸はミセリアートの北の果てにある氷河よりも冷たく、その目に睨まれると俺は石ころのように黙り込むしかなかった。

 俺は幼い頃からルゼを知っているし、彼女とは十年ぶりに話している。

 初めて会ってから二十年以上経っていると思うのだが、その美貌は少しも色褪せていなかった。


「その――」


 どうにか声を出そうとするも、精神的に動揺しまくっているせいか上手く喉の奥から声が出てくれない。


「どうされました? 元勇者イェルムルド・クロムライン」


 元勇者――。

 俺の一番言われたくない言葉を、ルゼははっきりと口にした。

 そもそもルゼが俺を勇者として選んだのが、面倒な宿命の始まりだったのかもしれない。

 十年前に魔王を倒してこのミセリアートに平和を取り戻したのはいいのだが、元勇者だからと言って、どいつもこいつも気前よく金は貸してくれないし、顔パスとかそういった特典すらもない。

 訳あってどうしても大金が欲しいというのに、世の中は実にドライなもんだ。

 何もかもから逃げ出したくなるくらいに冷たく、そして乾いている。

 だがここで逃げてしまったら――。

 元ではあるが、勇者がここで怖気づいてどうするのか。

 覚悟を決め、ゆっくりと肺の奥から声を絞り出してこう告げた。


「他の、他の仕事はないのか?」


 そんなこと言ってみるも、ロクな仕事がないことはわかっている。

 俺も各地の職安を回ったものの、賃金や仕事の内容からこの職安に来る他に選択肢がなかった。

 しっかし、ルゼがここの特別臨時顧問を勤めていると聞いていたが、本当にいるとは。

 臨時のはずなのに個室があてがわれているのも妙な話だ。

 天井からは意匠を凝らしたシャンデリアがぶら下がっており、壁に掛けられている絵画も恐らく名画に違いない。

 自由気ままに生きているのだな、と思うと羨ましくて仕方なかった。


「あなたの条件に当てはまる他の仕事となりますと――。反物質の生成などはどうでしょうか?」

「は、はんぶっしつ?」


 聞いたこともない単語が飛び出てきて思わず首を傾げてしまう。


「ええ。安全な生成法を確立させれば、生涯遊んで暮らせます」


 どんな物質なのだろうか。生来勉学の苦手な俺にはさっぱりわからない。


「凄いじゃないか。って、仕事じゃないような……」


 ルゼはにこりと笑ってからこんなことを言ってくる。


「これまでも数多の研究者達が挑み、骨も残さず皆消し飛びましたが」

「え」

「まあ、あなたならば、恐らく、きっと、ひょっとして、もしかしたら成し遂げるかもしれないでしょう」

「うわー、ぼくならなんとかなるのかー。ただねー、推量表現を連呼されてもさー」

「ならば諦めて別の仕事を自力で見つけてください」


 皮肉交じりに反論するも、ルゼにはまるで効果がない。

 昔からこんなやり取りをしているものの、ルゼに勝ち目のない俺はジャグリングの玉のように弄ばれるだけだった。


「いや、その、他に稼ぎのある仕事は――」

「あるのならばとっくに紹介しております。そのぐらいは察しろ、と言いたいのですが」


 参ったもんだ。こんな心境になったのは、かつて魔王を倒そうと躍起になっていた頃だろうか。

 強い防具が欲しく、魔物共を片っ端から狩りまくっていた昔が懐かしい。

 まあ、俺が彼らの親玉である魔王を倒したせいなのだが、戦ってくれるついでにお金を落としてくれる彼らに会えないと思うと寂しいもんだ。

 魔王の打倒と共に各地の魔物も目に見えて少なくなり、そのせいで職を失った同志達の姿を見ていると心が痛くて仕方ない。

 そんなことを考えながらも、俺はルゼに尋ねる。


「その、さっきの仕事の内容は……」


 頼む、簡単な仕事であってくれ――。

 必死に祈ってみるも、この祈りは決して神に届きはしない。

 そう、世の中皮肉なもんだ。

 何故ならば、このルゼ自身が神なのだから。

 正確にはルゼは辺獄神という神々の一柱で、古来よりミセリアートに住まう人々を助けてくれている存在だ。


「反物質の生成法となると、まずは――」

「違う! 魔王の、ほら、判定士の方の助手!」

「ちっ、そちらですか。ざっくり言うと、魔王と殴り合う仕事です」

「舌打ち!? いや、あの、判定要素は――?」

「繰り返しますが、魔王とタイマンしやがれ、ということです」

「えぇ……」


 何て無茶苦茶な仕事だ。

 というか本当に仕事なの? ただ単に魔王へ喧嘩を売っているだけじゃあないか。


「辞退されますか? 元勇者様」


 ややあって、俺はこう答えざるを得なかった。


「やります……」

「聞こえません」

「やります!」

「もういっちょ」

「やります!!」


 叫ぶように答えながらも、涙で視界が霞んでいることに今更ながら気が付いた。

 俺、何やっているんだろう……。

 勇者としての俺はもうとっくの昔にいないんだなと思うと、ますます涙が止まらなくなってくる――。

こんな調子で続いていきます。

ローテンションな主人公の生き様がメインになります。

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