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第三章「魔王の兄弟喧嘩に巻き込まれるだけの面倒な仕事」その2

「辺獄というと、辺獄神達の住んでいる世界ぐらいという認識しかないけれども。獄ってあるから物騒なイメージはあるかな」


 俺の言葉に対して、神官長は小さく頷いた。

 

「ミセリアートの民のほぼ全てはあなたと同じ考えを持っているでしょう」


 口にしながらも神官長は周囲の様子を何度も確認している。

 その表情から察するに、これから重要な話をするのだろう。

 辺りに誰もいないことを確認すると、神官長は忍び声で話し出す。


「辺獄とは、元々祝福を受けていない死後の魂が集まる場所なのです」

「え……」

「このことは、エテルニア教のごく一部の人間しか知りませぬ」

「どうして、そのことを俺に?」

「あなたは悩んでいるのでしょう? 勇者という宿命を背負わされたことに」


 神官長は細い目で俺を見据える。

 その目は俺の心を見透かしているようだ。


「そもそもの話、辺獄には神は存在していなかったのです。祝福されぬ存在を守ろうとやって来た神がおり、やがて辺獄神と自称するようになったのです」

「そ、そ、そうだったのか?」


 何ともまあ慈悲深いものだ。

 しかし、別に辺獄神が悪いことをしている訳でないのならば、わざわざ隠す必要もない気はするが。


「待てよ。それじゃあ、どうして辺獄神がミセリアートを守ってくれるんだ?」

「そこからが本筋なのですが……」


 俺と神官長は互いに周囲を確認する。

 嫌な予感がしたからだ。

 アイコンタクトを交わし、耳を澄まして、周囲を再度確認する。

 誰もいない、その状況に安堵してから神官長が話し始めた時だった。


「お止めなさい」


 やはりか――。

 思わず舌打ちをしそうになりつつも、周囲を見渡す。

 すると、誰もいなかったはずの壁際にルゼの姿を発見した。


「ア・ルゼティナ様!?」


 神官長が悲鳴に似た叫びと共にその場で土下座する。

 敬虔なエテルニア教徒ならば当然の反応か。


「いつの間に――。ん?」


 ルゼの足元を見てみると、布が落ちていることに気が付く。

 布は壁の色と質感がそっくりなペイントが施されており、どうやらこれで隠れていたようだ。


「ルゼ。俺が聞いてはいけない理由があるのか?」

「ええ。教会の機密事項を漏らしたことが知れ渡ると、ツオウカが処罰を受けることになりますので」

「いえ、それは……」


 神官長の申し訳なさそうな声を聴いていると、どうやらそれを承知の上で俺に話そうとしていたのか。


「ツオウカ。顔を上げなさい。いえ、土下座をお止めなさい」

「は、はい……」


 立ち上がった神官長を見ると、ガタガタと震えていた。

 そこまで畏敬の念を持たなくてもいいというのに。

 そもそも、辺獄神とごく普通に話している俺が異常なのだろうか。


「神官長。迷惑をかけてすみません」

「いえいえ、私こそ余計なお節介を――」


 神官長が俺とルゼに何度も頭を下げる。

 やはり腰が低くないと出世が出来ないものなのだろうか。


「早速ですが、サバカン。仕事ですので」

「ああ、わかっているよ。ツオウカ神官長。それではこれにて」


 頭を下げていると、神官長の様子がおかしい。


「え、サ、サバカン?」

「言い忘れていた。今の俺の名前はサバカン、だということです」

「そ、そ、そうでしたか!? では、その、お気をつけくださいませ!」


 大仰に困惑する神官長へ別れを告げ、俺達はその場から離れる。


「えっと、今回はどこの魔王と戦わせられるんだ?」

「後で教えます」

「わかった」


 ルゼに促され、俺達は神殿の外へと向かう。


「ところで、こちらを読みますか?」


 そう言って差し出してくれたのは、月刊ルゼ通信の見本原稿だ。


「ああ。読ませて貰うよ」

 

 表紙には『あの魔王に黒い噂が!』という如何にもな見出しが書かれている。

 早速昨日戦ったトゥナーゴの評価に目を通してみると――。


支配領土面積:まあまあ

居城総合評価:ふつう

所有総合兵力:それなり

所有禁忌兵器:ダメダメ

所有財産  :すごい

魔王カリスマ:ほんのり

魔王戦力  :ふつう

総合評価  :そこそこ


「なるほどね。あいつ、お金持っていたんだ」

「ええ。魔界でもかなりの大金持ちです。魔王単身での遠征と称して豪遊しているとか」

「ちっ、なんて野郎だ」


 舌打ちをしていると、ある項目に今更になって気が付く。


「ところで、この禁忌兵器って何だ?」

「危険な兵器のことです」

「辺獄神器とは別なのか?」

「はい。全くの別物です。具体的に言いますと、かつて超文明の作り上げた人間や魔物の手には余る危険な兵器全般となります」

「ふーん……」


 頷きながらも、ぞくりとする悪寒を感じる。

 よもや、宝物庫を確認したのはこれが理由なのだろうか。


「早速魔界へ行きましょう」

「いきなりだな」

「今回は魔界でもかなり有名な魔王です」

「そいつは楽しみだ」

「では」


 ルゼに連れられて、俺は大神殿の人気のない通路まで連れて行かれる。

 いつものように無様な格好で魔界へと送られて、気が付くと目の前は魔界のはずなのだが――。


「ん?」


 一面に花畑が広がっており、花の色もまるで果てしない大海を彷彿とさせる青一色で飾られていた。

 空の不気味な血の色さえ無視できれば実に美しい場所だ。


「サバカン。ここは今回訪問する魔王の庭園です」

「え、魔王の? じゃあ、衛兵の類がいるかもしれないということか」


 思わず警戒するも、不思議なことに殺気の類は感じられない。

 首を傾げながらも園路を歩いていくと、その先に城が見える。

 城壁や堀もない代わりに、城自体は金属製と思しき物質で構成されている。


「あれが魔王の城か」

「はい。三年前に魔王として名乗り、今では魔界でも十本の指に入るほどの人気を持っているそうです」

「たった三年で? 恐ろしいものだな」


 内心そんな強い魔王と戦えると思うと、少しばかりテンションが上がる。

 いつでもカードを使えるように心掛けながらも城まで近づいたその瞬間だった。


「ん?」


 花畑の傍でしゃがんでいる青年を見つけた。

 頭部に牛のような角を生やしている点から察するに魔人のようだ。

 どうやら土いじりをしている最中のようで、野良着の服装からしてもお抱えの庭師だろうか。

 邪魔しては悪いと先を急ごうとすると、ルゼが俺の袖を強く引っ張る。


「どうした?」

「サバカン。この方が魔王カジクです」

「はい?」


 何の冗談だと思っていると、カジクとやらはすっくと立ちあがる。


「え、えっと。お客さん、ですか?」


 どこかぼんやりとした顔で、強い実力を持っているという前情報はどこへ行ってしまったのだろうか。


「初めまして。魔王判定士のルゼです。こちらは助手のサバカンです」

「え、魔王判定士の方となると、辺獄神様ですか?」


 カジクはルゼをじっと見てから、驚かんばかりに飛び上がる。


「はい。早速ですが、あなたの実力を測らせていただければと」

「わかりました。準備だけさせて貰ってもいいですか? その間、城の中でおくつろぎください」

「そ、そうか。どうする、ルゼ?」

「お邪魔させていただきましょう」


 ルゼはそう言ってから、俺に対し小さくこう告げる。


「前情報通り、罠などでこちらを迎撃するつもりはなさそうです」

「そいつは助かるな」

「そんな物騒なことは……。さ、どうぞこちらへ」


 魔王だというのにやたらに腰が低く、どうにも調子が狂う。

 カジクと共に彼の城へと辿り着くと、入り口がどこにも見当たらないことに驚かされる。

 そもそもこれは本当に城なのだろうか。

 近くで見ると金属製の箱をいくつも組み合わせたかのような、建造物というよりも芸術作品といったほうがしっくりくる。


「では、お待ちください」


 カジクが指を鳴らすと、突如として金属製の箱の一部が勝手に動き、入り口が現れた。

 ルゼを見ていると特段驚いている様子もなく、自分が田舎者のように思えるとどうにも惨めなものだ。

 そんな心境を悟られぬようルゼと共にカジクの跡を追って城内に入る。

 外観は狭かったはずなのに、中に入ってみるとその広さに言葉を失う。

 足元には赤い絨毯が敷き詰められ、鈍い光沢を放つ壁は大理石よりも豪華に感じられる。

 試しに壁へ触れてみると、硬いだけでなく弾力もあるという、何とも不思議な材質だ。


「なるほど。これならば、局地殲滅レベルの魔法にも耐えられますね」

「俺もどこかで恨みを買ってそうだから、是非ともこんな家に住みたいもんだね」


 小さくぼやいていると、カジクがタイミングを見計らった上で話しかけてくる。


「それでは準備をしてきます。えっと、皆様の部屋はそちらのメイドに案内させます」


 カジクが示した方にはメイド服を着た女性がいる。

 よく見てみると、カジクと同じように牛のような角と尾を生やしていた。


「では、こちらになります」


 メイドさんの案内と共に城内を進んでいく。

 通路の床は金属製の鈍い光沢を放っており、大理石の床よりも豪華に感じられる。

 案内された部屋は客間らしく、木目調の壁紙が落ち着いた雰囲気を演出していた。

 椅子に卓、それにチェスト等の調度品の殆どが木製だ。無論、高級木材なのだろうが。

 魔物達も樹に温もりを求めているのやら。

 中央に置いてあったソファーに座ると、ルゼが俺の隣に腰かける。


「では、お飲み物をご用意いたします」


 メイドさんが一礼と共に退室するのを見送り終えてから、俺は小さく欠伸をする。


「良い趣味の部屋ですね」

「ああ。昨日のトゥナーゴの城と比べるとオシャレな感じだな」


 ふと、鼻をくすぐる爽やかな香りに気が付く。

 部屋の隅に目をやると、鮮やかな色の蝋燭が灯されていることに気が付いた。


「アロマキャンドルのようですね。高価なものを使われています」

「アロマか。王宮勤めの時は散々嗅がされたな」


 一時期アロマキャンドルが流行になったことを思い出す。

 貴族連中というのは贅沢なものだ。

 趣味に費やす金で、平民の平均年収をあっさりと越すのだから。

 あのキツイ匂いと比べると、この香りはどこか素朴だ。

 心の底から安らげるような、そんな香りなのだろうが、今の俺にはそんな余裕はなかった。

 どうにもこれから一戦交えないと考えるだけでも血が騒ぐのだが、これも一種の職業病なのだろうか。

 他方で、ルゼはのんびりと爪やすりで爪を磨いている。

 微かに鼻歌を口ずさんでリラックスしており、声を掛けない方がいいだろう。

 早く飲み物が来ない物か待っているとノックの音が。


「どうぞ」


 どんな飲み物を用意してくれるのだろう、期待しながらも声を上げると――。


「お邪魔しまーす」


 若く可愛らしい声が聞こえて来た。

 声の方を向いた瞬間、俺は反射的に叫んでしまった。


「エ、エディス!?」

「あっ、サバカンさん?」


 つい先日会った魔王のエディスが何故ここにいるのやら。

 メイド服を身に着け、飲み物の入ったトレイを目にして俺は何となく察してしまう。


「なるほど、お仕事をされていたのですね」

「ルゼさん! ここで、給仕のお仕事させて貰っているの!」


 元気いっぱいな様子を見ると微笑ましいものだ。

 とてもではないが厳戒注意対象とは思えないくらいだ。


「えっと、ここに来たってことは魔王判定士のお仕事?」

「ああ。カジクは強いのだろうな」

「強いかどうかわからないけども、とってもいい人なんだよ」

「そうか。そいつは戦いづらいな」


 流血沙汰にならないよう気を付けなければと考えていると、我ながらお人好しだなと心中で苦笑する。


「えっと、お茶をどうぞ!」


 エディスが渡してくれたカップには琥珀色の液体が注がれていた。

 揺らめく湯気と共に、渋みのある香りが漂ってくる。


「では、いただこうか」


 二人でカップを受け取り、ゆっくりとお茶を味わう。


「うん。美味いな」


 そう言ってみるもののどうにも貧乏舌のせいか高級な茶の味というのがよくわからない。

 王宮勤めの時も散々飲まされたが、そこでも舌を鍛えることは出来なかったようだ。


「確かに美味しいのですが、わずかに雑味を感じました。少々茶葉が湿気っていたかもしれませんね」

「え、そうだったの!?」

「やはり、保存方法に気を付けていただければ」

「そうなんだ……」


 それから、カジクの準備を待つ間、ルゼのお茶の保存方法についての話題で盛り上がる。


「湿度が重要なんだね」

「はい。茶殻を乾燥剤として使うのもよろしいかと」


 二人して話が盛り上がっているのは結構だが、俺には何のことやらさっぱりだ。

 このまま話を聞いているだけというのも悲しいものなので、何気なくエディスに聞いてみる。


「エディス。君が禁忌兵器を持っていると聞いたのだけれども――」


 確か、エディスの所有禁忌兵器の評価は『それなり』とあった。

 というと、エディスが所有していると思ったのだが……。


「あるけれども、そんなに強くないみたい」

「私も確認いたしましたが、何と言えばよろしいでしょうか。鎧のようなものですね」


 鎧、という言葉に思わず首を傾げてしまう。


「鎧? 兵器だったら武器なんじゃないのか?」

「身を守るのも兵器としての役割です」

「そ、そうかい」


 とにかくすごい鎧、というのだろうか。

 ダメだ、俺の貧相な頭ではさっぱり推測できない。


「ずっと昔から家にあるんだけれども、誰も使えなかったんだって」

「使用者を選ぶのか? 我儘な鎧だな」

「そうだよね!」


 エディスが朗らかに笑い声を上げたその時、またもノックの音が。


「どうぞ」


 俺が返事をすると、先程のメイドさんが部屋内にやって来た。


「お待たせいたしました。では、ご案内いたします」

「頼むよ」

「サバカンさん、ルゼさん、またね!」


 エディスに見送られながらも、ルゼと共に案内されたのは訓練所のようだ。

 隅には訓練用の木偶人形が設置され、周辺には雑草が一本も生えていない。

 先程の花畑をどこか懐かしく思いつつ赤黒い砂地をブーツのつま先で撫でていると、前方から足音が聞こえてくる。

 顔を上げると、そこには赤銅色の鎧を身に纏った男の姿があった。

 両手には自身の身長よりも大きな得物を手にしており、のしりのしりと歩くその様子は夜道で見たら子どもが泣き出すに違いない。


「お、お待たせしました!」


 バケツのような兜の下からカジクの声が聞こえる。


「お、おう」

「では、その、全力で頑張ります! ただ、お互いに命は取らないように……」

「わかっているさ」

「サバカン。ご健闘を」


 後ろへ下がっていったルゼを尻目に身構えていると、カジクは両手持ちの大剣を掲げる。

 サメのような歯がずらりと並んだ刀身にはカラクリのようなものが取り付けられている。

 さて、どんな戦いをするのやら。

 沸き立つ鼓動に身を委ねながらも、まずはカジクの出方を見ることにした

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