第二章「魔王に喧嘩を売るだけの楽な仕事」その6
魔王を判定し終えたものの、主人公のサバカンとルゼは魔王城地下の宝物庫へと向かう――。
地下へと辿り着くと、静まりかえった空気が寂しく出迎えてくれた。
何もかもが死に絶えてしまったかのような嫌な雰囲気だ。
宝物庫の番をしている魔物がいるかと思いきや、何の気配がない。
「警備が薄いな」
「いえ、警備の魔物は魔王と戦う前に壊滅させたでしょうに」
「あ、そうだったな」
照れ笑いしながらも、最奥にある豪華な扉を見据える。
ルゼが辺獄神法を唱えると、扉は何の抵抗もなく開いた。
室内は金色の光で満たされ、よく見ると天井からの照明で部屋内に敷き詰められた金貨や金塊が光を反射しているようだ。
「羨ましいもんだね」
ルゼも皮肉を口にしてくれるかと期待してくれたが、彼女は室内に入らずじっと様子を伺っている。
「罠はないようですね」
ルゼが警戒しながらも室内へと足を踏み入れたので、俺も恐る恐る続く。
乱雑に積まれた金貨に対し、金塊は丁寧に山積みされており、彼らの放つ金色の誘惑に思わず手が伸びてしまいそうになる。
いくつか置かれている宝石箱を見ていると、ルゼは懐から何かを取り出す。
「ルゼ?」
「お静かに」
ルゼが取り出したのはリンボウのマイケル君だ。
真剣な表情で小動物を掌に乗せたまま室内をじっと探っている様子はどことなくシュールだ。
やがて、室内を隈なく調べ終えると、ルゼは胸を撫で下してこう言った。
「終わりました。帰りましょう」
「え、これでいいのか?」
「はい。危険な物がないということがわかりました」
一体何を探っていたのやら。
城外へと出る前に、ルゼが俺の肩を叩いてこう言った。
「昨日と今日分の給金を渡しておきましょう」
「お、そうか」
ルゼはバッグから金貨を数枚渡してくれる。
昨日と今日、合わせて二日分の報酬としては文句のない金額だが、これでは俺の必要な金額まではまだまだ足りない。
「あなたが頑張っていただければ報酬は弾みますので」
「ああ。期待しておくよ。可能であればこれの五十倍は貰いたいんだが……」
「五十倍? 豪邸でも買うのでしょうか?」
流石のルゼも驚いているようだ。
この五十倍というと、庶民の持つ金額ではないし、家を買うにしても王都の一等地の住宅が購入できるくらいだ。
「理由は言えない。何とか頼めないか?」
「努力はしてみましょう。それではトゥナーゴについて調べますので、しばらくお時間をいただきたいのですが」
「大丈夫だけれども。ところで、どうやって調べているんだ?」
「リンボウネット経由で情報を探っております。本来、魔王の所持している土地等の情報を 検索出来る者は限られておりますが、私は魔王判定士だから可能なのです」
「へえ、なるほどね」
魔王が辺獄神を恐れる理由もよくわかる。
先程のようなプライベートな情報を暴露されたら、それこそどんな魔王であろうとも一巻の終わりだ。
「では、ブラーカの街に戻しますか?」
「えっと、別の場所でもいいならば、ユーゼーンの街へ送ってくれないか?」
「かしこまりました」
そして、俺はまたもあの妙な辺獄神法で吹っ飛ばされた。
空を飛ぶのもちょっと楽しいかなと思った辺り、俺の感性はすっかりルゼに毒されてしまっているようだ。
地面に着地を決めていると、懐かしいユーゼーンの街並みが広がっている。
シンボルは街の中央に位置する大神殿だろうか。
ユーゼーンの街は宗教都市として知られ、住民の九割九分はエテルニア教の信徒だ。
そのため、迂闊に辺獄神を侮辱しようものならば、市中引き回しの刑に処されるとの噂もある。
さて、派手に戦ったせいか、それとも身体から緊張感が抜けたのか、緩んだ身体中の筋肉が悲鳴を上げている。
今日はとっとと休もう。
この街には何度も寄った覚えがある。
暫く歩いてくると、以前宿泊したことのある宿が見つかった。
安いだけが取り柄という印象しかなかったが、入ってみると値段も昔と変わりなかった。
部屋を取るついでに簡素ではあるが食事も摂っておく。
人参と芋のスープ、ハムを挟んだライ麦パンを貪るように食べながらも、さらに酒を頼む。
ルゼから報酬を貰って気前が良くなったせいもあったが、それよりも問題なのが、これから先のことだった。
とてもではないが、酒でも飲んでいなければやっていられない。
久々に口にしたエール酒は酷い味だったが、酔えれば何でもよかった。
酔いのせいか軽い眩暈を覚えていると誰かから声を掛けられた。
「よお、あんちゃん。どうした、やけ酒かよ?」
隣を見てみると、そこには髭面で背丈の高い男がいた。
金属製の胸当てにボロボロのマントを身に着け、背には大きなマサカリを担いでいる。
「まあね」
「こうも不景気だと、酒でも飲んでいなくちゃあやってられねえな」
男は大きく笑うと、手にした杯になみなみと入っていた酒を飲み干す。
その豪快な飲みっぷりを見ていると、不景気という言葉は彼に似合わない気がしてならない。
「まったくだ」
「俺も冒険者として働いているがよ、最近は遺跡の調査ばかりで心底疲れるぜ」
「遺跡か……」
遺跡と言えば、かつての仕事で探索をさせられた思い出がある。
まあ、あまり良い思い出がないのだが。
「そりゃあ、大変だろうに」
「そうさ。俺は貴族様の護衛だけなんだがよ。これが遺跡の入り口までしか案内できないもんでな」
「入り口まで? 一緒に遺跡を探索するんじゃないのか?」
すると、男は哀愁を漂わせる溜息を零した。
「何やら、きちんとした資格がないと遺跡の中にまで入れないんだと。若い連中の中でも資格を持っているのはほんの数人でよ……」
「資格? ああ、確か新聞の記事で見たような」
ミセリアートの各所には太古の遺跡が点在している。
遺跡から出土される品々の多くはガラクタであるが、極稀に凄まじい魔力を秘めた財宝が見つかることもある。
一生遊んで暮らせるほど稼いだという噂もあり、その真偽を確かめようともせず多くの冒険者を呼び寄せた。
しかし、遺跡には至る所に罠が仕掛けられ、多くの死傷者を出してしまうも、それでも遺跡に挑戦する冒険者の数は減らなかったそうだ。
その光景を想像すると、どうにも誘蛾灯に群がる羽虫を連想してしまう。
やがてアピストーラ王国では冒険者の命を無駄にしないため、遺跡に立ち入る際には遺跡探索者の資格の取得を義務付けた。
ただ単に冒険者としての身体能力だけでなく、遺跡に関する知識も十分に学んでいないと取得は困難とのことだ。
「資格制度もほんの三年程前から導入されたがよ、国はわかっちゃいねえ。冒険者の中には文字もロクに読めない奴もいるっていうのに」
「は、ははは……」
かつて死者の多かった遺跡の一つ、別名『冒険者の共用墓地』とまで言われた場所の調査を命じられたことがある。
本来ならば近衛騎士団の仕事ではないのだが、上の方からとっとと遺跡の内部を調べた上できちんと封鎖しろとのことだった。
俺自身遺跡に入ったことがなかったため、罠の解除や謎解きの類はさっぱりだった。
優秀な部下のおかげで何とかなったという印象が強く、無駄に命を落とさないという意味では資格制度の意味は理解できなくもない。
「遺跡からわんさか魔物が出てきた時には肝っ玉が冷えたぜ。魔界との繋がりがあるっていう噂もあるからな」
「その噂は初耳だな」
すると、男は得意げに話し出す。
「雇ってくれている貴族の兄ちゃんが言っていたんだがよ」
「そうなのか? その貴族って何者?」
「名前も不明、仮面で顔を隠していたが、着ている物が豪華だったさ」
「お、おう」
それだけで貴族かどうかは確信できないんじゃないだろうか。
そう思っていると、男はさらにこう続ける。
「それに趣味で大金をばら撒くなんざ、お貴族様に違いないぜ」
「な、なるほどな」
それから男と愚痴りながらも、酒をちびちびと啜る。
次第に全身へと酒が回ったせいか視界が霞んでくる。
そろそろ限界だ。
「じゃあ、俺はこれで」
「おう、また飲もうぜ」
俺は借りた部屋へと戻り、蓑を剥がされた虫のような勢いでベッドの中へと潜り込む。
わかっているんだ、今日は酷い夢を見るのだ。
酔っているならば、その苦しみも誤魔化せるに違いない。
そんな俺の甘い考えを打ち消すかのように悪夢は始まってしまった。
『はーい。では、今夜も始まりましたー。ヨラトルショッピングの時間でーす!』
今、俺の目の前には一人の男がいる。
街中の女性が振り返る如何にもな感じの美男子だが、こいつは辺獄神だ。
ジ・ヨラトルという名前だったか。いずれにせよ、今日使わせてもらった煌めきの宝刀の造り主だ。
そう、あの剣を借りた代償というのが、今見ている夢だ。
『ではー、本日ご紹介するのはー。このー』
ルゼの行動から知っているのだが、辺獄神のペットのリンボウはその目で見た物を記録する力もあるらしく、今見ているこの夢も、リンボウが目にした記録であり、それを夢として見せているのだろうが――。
『そうそう、このナイフなんですけれどもー。何と、超高熱を発していてー』
ヨラトルはひたすら喋り続けている。
広告の類なのはわかる。カンペすら取り出したが、まあ許そう。
だが、悲惨なことに内容がお粗末すぎるのだ。
酷い棒読みで、テンポも悪く、商品のセールスポイントすらもよくわからず、とにかくグダグタで、見ているだけでも途方もない疲労感に襲われる。
そして、悔しいのが夢のはずだというのに意識がしっかりしていることだ。
おまけに酔いまでも綺麗さっぱり吹っ飛んでいやがる。
思わず罵声を上げそうにもなるが、口がまるで縫い付けられているかのように動かない。
もはや何かの拷問を受けているかのような気分だ。
背景で流れているヨラトルの歌が耳にこびりつく。
何らかの方法で記録してから流しているのだろうが、それにしては音痴だ。
『購入希望者は、是非ともリンボウネットからお願いしまーす』
リンボウを持っていない俺は購入できないんですが……。
いや、例え持っていたとしても購入なんぞしてやるか。
ようやく終了したのか、目の前が暗くなる。
『皆様、こんばんはー! 大好評のヨラトルショッピングでーす!』
そして、再び始まるヨラトルショッピングに俺は戦慄した。
今度は別の商品を紹介するらしいが、またも酷い有様だ。
『なんとー、この無反動式爆裂重火砲を一つ買うとー。僕のサイン色紙をプレゼントしちゃいまーす!』
いらねーよ!
無論、俺の叫びが届くはずもない。
剣を借りた時間に比例してこの悪夢は続くと思うと、とっとと返却すればよかったと後悔する他ない。
そのうち、意識が限界に達したのか、ようやく俺の何もかもがプツンと音を立てて終了した――。
第二章はこれにて終了となります。
次回、第三章が始まりますので、どうぞお楽しみに。