第二章「魔王に喧嘩を売るだけの楽な仕事」その5
魔王を判定するべく、ついに魔王との戦いが!
さあ、どんな戦いが繰り広げられるのか――。
豪奢な玉座に城主が悠々と座っていれば、ここが玉座の間なのだろう。
俺達は城主――いや、魔王とご対面する。
「よく来たな。我が名は魔王トゥナーゴ。もしや、我を倒しに来た勇者か?」
青白い肌をした壮年の魔人が玉座にどしりと腰掛けていた。
トゥナーゴは慌てることもなくこちらへ語り掛けてくる。
いくつもの宝石が飾られた金の冠を被り、身に着けている紫と黒のローブはただの高価な衣装ではないのだろう。
奴は両眼と額の三つの目でこちらを睨み、刺すような嫌悪感を存分に向けてくる。
「勇者じゃないんだけれども」
「ほう。では、盗賊か。それとも恐れ知らずの愚か者か。いずれにせよ、人間風情が生きて帰れると思うな」
「いえ、その者は魔王判定士の助手です」
ルゼが俺の前にずいと進み出る。
「魔王、判定士だと?」
「やはりご存じないのですか? 私が魔王判定士のア・ルゼティナ。あなたを判定しに参りました」
ルゼの言葉に対し、トゥナーゴは笑い出す。
「はははは! よもや道化とは思わなんだ。どれ、褒美をくれてやろう」
トゥナーゴは冠から宝石の一つを強引に取り外すと、それをこちらの足元へと放り投げてくる。
ルゼは足でそれを払いのけると、大袈裟に肩を竦める。
「こんな無礼で世間知らずの魔王がいたとは驚きました。サバカン、とっととぶちのめしなさい」
「あ、ああ」
結構な値段のする宝石だと思うと勿体ない気がする。
「ほう、折角の慈悲を無為にするとは。面白い、我が顎で直々にその頭をかみ砕いてくれようぞ!」
トゥナーゴは玉座から立ち上がると、その場で大きく伸びをする。
ただそれだけなのに、奴の身体がわずかばかりに膨らんだ気がした。
奴が再度伸びをすると、身体が大きくなるだけでなく、その背からコウモリのような羽とトカゲのような尻尾まで生えだした。
やがて、天井にも届かんばかりに大きくなり、化け物となったトゥナーゴが爛々と輝く視線と鉈のように武骨な牙をこちらへと向ける。
「さあ、覚悟するが良い!」
トゥナーゴは勇ましく吠える。
獣の威嚇の咆哮とは異なり、確固たる自信を象徴しているかのようだ。
だが、その程度俺が怯むと思ったら大間違いだ。
「最初から第二形態を使いますか」
「第二形態? 昔戦ったメイルーサも姿を変えていたが、それと似たようなもんか?」
「ええ、魔王の間で大変流行っている秘儀です」
「え、流行っているの? 秘儀なのに?」
完全に矛盾しているような気はするが、ルゼは特に気にすることもなくこう言った。
「サバカン。頑張ってください」
「おう」
俺は手にした剣を片手に、奴の足元へと突撃する。
「死に急ぐか!」
そう言いながらも、トゥナーゴはこちらに背を向ける。
何をするかと距離を取ると、奴は丸太のように太い尾を振り回してきた。
一見、こちらをおちょくっているかのようだが、尾での攻撃は中々理に適っている。
突然背を向けることで油断を誘うことが出来る他、尾のリーチも長い上に盾等で防ぐのも難しい。
「ちっ!」
どうやって回避するか、というのも一瞬で判断する必要がある。
今回はその場でしゃがむことで避けることができた。
足を払ってくるかと思いきや、直前で尾の先端をこちらの頭部を狙う辺り、奴の底意地の悪さが窺える。
さて、どのように攻めるべきかと考えていると――。
「サバカン」
声を掛けてきたルゼの方を見ると、彼女は両手にプレートを持っていた。
そこに書かれている文字を見て、思わず顔を顰めてしまう。
「やれやれ、人使いが荒いもんだな」
肩を竦めていると、トゥナーゴは爪をこちらへと向けてきた。
しっかし、魔物の爪というのはどうして必要以上に鋭いのだろうか。
間違って自分の皮膚の柔らかいところを引っ掻いてしまったら、血塗れになるんじゃなかろうか。
そんな余計なことを考えつつも爪の洗礼を華麗に回避する。
「っと!」
中々の俊敏性だなと感心しつつも、もう一度ルゼからの指示を見る。
『トゥナーゴをすぐに倒さないように』
何故そんなことをと思ったが、よくよく考えると魔王判定士の仕事である以上、魔王の実力を測るのが主目的だ。
敵がどんな技を使うのか、また身体能力も調べておきたいのだろう。
「嫌な仕事だ」
まあ、せいぜいこき使われることにするか。
「おら、こっちだ!」
大袈裟に挑発すると奴は目を血走らせながらも、強引に体当たりを仕掛けてくる。
単純な攻撃手段だが、これまた気を抜けない。
図体の割に中々素早いので、俺もまたネズミのようにちょこまか逃げ回って回避する他なかった。
「待たぬか!」
「いや、そんなことを言われましても」
ふとトゥナーゴの様子を伺ってみると、呼吸が段々と荒くなっていることに気が付く。
徐々に足の動きも遅くなっているところからも明らかに疲労していた。
「しかし、妙だな……」
わざわざ姿を変えた以上、あの攻撃をしてくるものかとばかり思っていたが違うようだ。
どんなに敵が逃げ回ろうとも、問答無用で薙ぎ払う、あの攻撃が――。
ルゼの方を見やると、彼女もまた同じことを考えていたらしい。
肩を竦めながらも、プレートにはこんなことが書いてある。
『ブレス攻撃は使えないようですね』
ルゼの言葉を聞いて思わず頷く。
炎やら氷やらのブレス攻撃は定番かつ強力な攻撃手段であり、相手が守勢に回っている今が放つチャンスだろうに。
『とっとと倒してオッケーです』
殴り書きのプレートを目にして、俺もそれに同意する。
「行くぜ!」
トゥナーゴの背面へと回り込もうとすると、奴はこう叫んだ。
「愚か者め!」
どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
トゥナーゴは尾を勢いよく振り回してくる。
だが、俺の狙いはまさにその尾だった。
「おっと!」
尾を即座に跳び越えつつも、俺は奴の背後へと向かう。
「らあっ!」
剣を振りかざし、狙うは奴の尾の根元――。
鋭い剣の一閃は見事奴の尾を断ち切った。
「ぐおうっ!?」
衝撃と共に、床に奴の尾がどさりと横たわる。
切り落とされた尾はビチビチと跳ね、ガキの頃にトカゲを捕まえた時のことを思い出してしまう。
「ふざけおって!」
奴は叫び、今度は俺を踏みつけようと、右足を大きく持ち上げる――。
「かかった!」
全身の筋肉のバネを動かし、急いで奴の左足へと向かう。
奴が足を上げている一瞬の隙を狙い、俺は奴の足の指目掛けて全力で剣を突き立てた。
図体はでかくても、痛覚だけはどうしようもない。
――悲鳴と共に奴が大きく身体を仰け反らせた瞬間をさらに追撃する。
奴の身体を一気に駆け上がると、奴は最後の抵抗とばかりに腕をぶん回してくる。
だが、無駄な足掻きにしかすぎなかった。
軽やかに攻撃を避けながらも、俺は奴の二の腕を蹴って跳んだ――。
あとは重力に任せて落下しつつも、俺は奴の脳天目掛けて剣を全力で叩き込んだ。
奴の巨体がぐらりと揺れ、完全に崩れ落ちるのを尻目に、床へ着地しようとするも――。
「うぎゃあっ!?」
ああ、実に情けないものだ。
まさか、着地に失敗してそのまま足を盛大に挫いてしまうとは。
それにしても、最近足を挫いてばかりな気がするが。
「何をやっているのですか」
「まあ、失敗は誰にもあるもんさ」
挫いた右足を撫でていると、奴の身体が徐々に小さくなっていくことに気が付く。
やがて、先程の姿に戻ると忌々しい感情を露わにしてこちらを睨んでくる。
「何という強さだ……。ぐっ、その剣もまた恐ろしい力を秘めているのだろうな」
「ああ、これ? 特にないけど」
――何やら重い沈黙が流れてしまう。
特に嘘は言っていないのだが。
「あっと、そうだな。切れ味が鋭いだけでなく、どんなに乱雑に扱っても刃こぼれしないんだ。あと錆びないし。それだけでも凄いとは思うのだけれども」
「そ、そうか……」
トゥナーゴはがくり、と肩を落とす。
ルゼから聞いた話によると、この煌めきの宝刀は戦闘用兼調理用の物らしい。
暗闇でも使えるよう刀身が発光しており、野外でも使えるのが便利だ。
「そもそもの名称は『万能便利カッター君2号』です」
ルゼの囁きに思わず納得してしまう。
忌々しく歯を食いしばっているトゥナーゴに対し、ルゼは見下すような視線を向ける。
「トゥナーゴ。今回の判定結果は後日追って知らせますが、今の時点でもあなたは魔物を率いる王には相応しくない、とだけは言っておきましょう」
「人間風情が、ほざくな……」
トゥナーゴの弱々しく呟きを耳にして、俺はとっさに奴の元へと駆けよる。
「あの、ルゼは辺獄神だけれども」
「へ、辺獄神だと!?」
耳打ちしてやると、トゥナーゴの顔がみるみる青ざめ――いや、元から青かったか。
いずれにせよ、とっととここから逃げなくては。
「悪いが、ちょっと手洗いに行ってくる」
そそくさとその場から離れようとすると、トゥナーゴの声が聞こえる。
「これは、その、この度は大変ご無礼を――」
「黙りなさい」
ルゼは凛とした顔で言い放つ。
その容赦のない一声に、俺はちらりと背後を振り返る。
「魔王判定士とは魔王の品格も判定いたします。今回は許しますが、次に無礼なことをした場合は――」
一体、どうなるというのだ。
ごくりと固唾を呑んで見守ると、ルゼはこう言い放った。
「あなたの特集記事を組みます」
「え?」
場違いな冗談かと思ったが、俺の本能は即座にそんな訳ないだろうと否定する。
「あなたの無様な生活が知れ渡ることになるでしょうね」
「ぶ、無様とは……?」
「そうそう、どこぞの魔王様は自身の部下に対し、ミセリアートから人間の軍勢が攻めてくる恐れがあるとの虚言で、防衛費増加のためと給金を減額したとのことですね」
「何故そのことを――。はっ!?」
慌てて口を噤むも、時すでに遅し。
全く、人間も魔物もやっていることに大差はないようだ。
「辺獄神を甘く見ないようお気を付け下さい。では、サバカン。帰りますよ」
「お、おう」
すたすたと立ち去るルゼの横顔をちらりと覗き見てみると、その顔は遠足を楽しみにする子供のようだった。
「サバカン。手洗いはよろしいのでしょうか?」
「あ、ああ。何だかどうでもよくなってきた」
城の外まで向かう中、ルゼがこんなことを尋ねてくる。
「先程の戦いで奴の尾を真っ先に狙ったのは何故です?」
「ああ、それね。奴のバランスを崩しやすくするためさ。尾がやたら太いのは、身体を支えているからだと思ったんだ。第二形態の姿も慣れていないように見えたし」
「なるほど。あなたでも考えて戦っているのですね」
「まあね。オジッサの兄貴に教えて貰ったのさ」
オジッサという名前にルゼも反応する。
「懐かしい名前が出ましたね。彼の犠牲がなければ、魔王討伐は不可能だったでしょう」
「ああ。あの時の戦いの経験が今も生きているんだな」
かつて魔王を倒した仲間の一人であるオジッサの兄貴。
兄貴は俺に魔物との戦いの術を教えてくれた。
「昔の戦いの経験を活用するのは素晴らしいのですが……」
「ですが?」
答えながらも俺の身体は自然と強張っていた。
それもそのはず、ルゼが勿体ぶった口調をすると、高確率で嫌なことを告げて来るからだ。
すると、案の定こんなことを言ってきた。
「あの頃のような失敗を今もまたしていますね」
「何のことだ?」
「その剣は早めに返却しなくてよろしいのでしょうか?」
「あ……」
俺は急いでカードで空を切って剣を返却する。
「まったく。前も酷い目に遭ったというのに」
「ははは……」
俺は乾いた笑いを返しつつも、これから起こるであろう悪夢に対して身構える他なかった。
城の外を出る直前でルゼは何かを思い出したかのような顔でこう言った。
「そうそう、最後に確認するのを忘れていました」
「確認?」
「ええ、今から城の宝物庫へと向かいます」
宝物庫と耳にして、これから盗みでも働くのかと頭の中で想像していると、ルゼが半眼で睨んでくる。
「私がコソ泥のような真似をするとでも?」
「そ、そうだよな」
俺はすたすたと歩いていくルゼの後を追い、通路を進んでから階段で地下へと向かっていく。
どうして宝物庫に用事があるのだろうか。
いずれにせよ、俺に文句と疑問述べる権利がないことだけは、はっきりとしていた。