第二章「魔王に喧嘩を売るだけの楽な仕事」その4
魔王を判定すべく、強引に魔王の城へと侵入した主人公達。
待ち構えている敵とは――。
城内を進んでいくと、青と紫色をした植物がたむろしており、奇怪な蟲が辺りを飛び回っていた。
不気味な雰囲気に冷や汗を流しながらも何とか表門へと辿り着く。
しかし、やはりというべきか門はしっかりと閉じられていた。
「ここは私にお任せを」
「おう」
すると、ルゼは何かを唱え始める。
辺獄神法を使うのだなと思っていると、ルゼの右手が光り出した。
ルゼは右手を門へと押し付け、そして――。
「はっ!」
ルゼの一声と共に、ビキリという甲高い音が鳴り渡った。
「開きました」
「あ、開いたのか?」
力づくで壊したように見えたが、まあいいか。
試しに門を強引に押してみると、確かに開いている。
そのまま通路を一歩一歩進むたびに、おどろおどろしい雰囲気が漂う。
改めて気合を入れ直している最中、ふと肝心なことに気が付いた。
「なあ、ルゼ。俺はあくまでも魔王と手合わせするだけだよな?」
「はい。くれぐれも命を奪わないようお気を付けください。古くからの取り決めなのです」
「古くから、ね」
まったく、便利な言葉じゃあないか。
昔を知らない若者はそのしきたりに従う他ないのだから。
「かつては調和の使いという名称でした」
「え?」
いきなり飛び出てきた真面目な単語に、思わず耳を疑ってしまう。
「争い続ける人間と魔物の仲を取り持つため、辺獄神が人間の代表者と共に魔王達と話し合いを試みた時代があったのです」
「そいつは初耳だな。どんな経緯があって、魔王判定士になっちまったのやら」
「時代のニーズに沿った結果です」
「おいおい、現代の人間の性格がこじれちまったせいなのか? そいつは笑っちまうな」
淡々と告げるルゼを見ていると、人間と魔物、そして辺獄神の性格や性質そのものは昔から変わっていないことを確信してしまう。
「先を急ぐか」
城内を見てみると、燭台やシャンデリアには骨が使われている他に、飾られている絵には苦悶の顔を浮かべる人や獣が生々しいタッチで描かれ、城主の趣味の悪さが伺える。
「恐ろしいものです」
ルゼの言葉に俺は思わず首を傾げる。
あのルゼが怖がっている?
まさか、そんなことはないだろう。
しかし、否定すると機嫌を悪くされるので、ここは肯定しておく。
「ああ、そうだな」
「今時、こんな時代錯誤な魔王がいるとは――」
「あ、そっち?」
「辺獄神も魔王も時代の流れに敏感でなくてはならないのです」
「ふ、ふーん……」
そんなことを言われてもね。
少なくとも、俺は古臭い人間だから、この城にいる魔王の気持ちも分からない訳でもない。
流行に合わせて城の内装をコロコロ変えていたら、それこそ膨大な予算が必要になるだろうし。
「ん?」
城内一階の大広間に辿り着くと、何やら殺気がした。
とっさに懐からカードを取り出して戦闘態勢を取ると、すると、闇色の風が走ったかと思うと、何もなかった広間の中央に一つの影が現れる。
影は飴細工のように歪んだかと思うと、月のない夜の闇を彷彿とさせるマントを身に着けた細身の魔人へと姿を変えた。
「久々のお客様とは……。歓迎せねばなりませんな」
仰々しい挨拶にしては、その男は凶暴な目つきをしていた。
血に飢えているかのような、丁寧な口調とは逆印象の野蛮な目だ。
どんな辺獄神器を取り出そうか考えていると、ルゼがその男へと話しかける。
「あなたがこの城の警備担当でしょうか?」
「左様。我が名はズィマーナ。この城を百年守りし番人でもある」
ほう、かなりの自信があるらしい。
「では、ちょうどいいでしょう。魔王判定士とその助手です。とっとと魔王に会わせてください」
「魔王判定士だと? ふざけたことを!」
魔王判定士のことを知らないとなると、話が面倒なことになりそうだ。
「おや、ご存じないとは。古来より、魔王判定士が訪問した場合には大人しく協力いただくこととなっているのですが。まあいいでしょう。早速判定いたしますが……」
すると、ルゼが半眼でズィマーナを睨む。
「減点対象ですね」
「え?」
俺とズィマーナの声がハモるが、ルゼは気にせずしゃべり続ける。
「侵入されてからすぐに現場へ駆け付けない。わざわざ戦いやすい場所で姿を現す余裕。やる気があるのでしょうか?」
「そのぐらいは許してあげれば?」
「それに百年もの間、人事異動もなくワンオペ? 信じられませんね」
「あ、確かに」
よくよく考えれば酷い職場環境だ。
同じところで長々と働かされると考えられるだけでもノイローゼになりそうだ。
ズィマーナは呆気に取られるも、馬鹿にされていることに気づいて言い返す。
「失礼な。主が私の実力を買ってのことです」
「よくあるのです。予算不足の言い訳に窮屈なスケジュールを組ませるのが」
「なるほどねー」
思わず納得していると、ズィマーナは額に青筋を浮かべながらも怒鳴る。
「黙れ! 今すぐ消し炭に変えてくれよう!」
「サバカン。あとは頼みます」
「お、おう」
結局、戦うのは俺なんだよな。
仕方ないと思いつつもカードを空に滑らせ、何もない空間から一振りの剣を取り出す。
柄には儀礼用と見間違うかのような装飾が施され、片刃の刀身からは仄かな光を放っている。
『煌めきの宝刀』という名称だったろうか。柄を握り締めると、すっと手に馴染む感覚に思わず安堵してしまう。
「死ねい!」
こちらの身構える隙を与えんとばかりに、ズィマーナは口早に詠唱する。
「魔法か!」
反射的に後退すると、突如眼前に火の玉が出現した。
大気の焦げる臭い、皮膚へ刺さる高熱を前に、俺は剣を振り上げる。
全身に走る戦慄を抑えようと、身体の奥底から漲るような力が溢れてくる。
癖になりそうなこの感覚をまた味わうことになるとは。
気分が高揚しているのは、自身の体温が上昇しただけではなさそうだ。
「らぁっ!」
叫びと共に剣を真一文字に一閃させる。
魔法の心得なんざ皆無の俺だが、魔法に立ち向かう術はある。
剣は火の玉をやすやすと切り裂き、二つに割れた半球の間をくぐり抜けるかのように、俺は飛び込み前転を行う。
「なっ!?」
まさか、ご自慢の魔法を破られるとは思ってもいなかっただろう。
俺は少し焦げた自身の髪を気にしながらも、奴へと肉薄する。
「こ、小癪な!」
すると、ズィマーナは懐から曲刀を取り出した。
趣味の悪いデザインの刀だなと思っていると、奴は曲刀をこちらの喉元へと突き立てる。
鋭い一突きではあるが――。
「遅い!」
怒りの余り奴の視線は俺の急所だけに向けられている。
ということは、足下がお留守番をしてしまっている訳だ。
こちらの足払いが易々とヒットし、奴の体勢が大きく崩れた。
こうなってしまえば、後はこっちのものだ。
接近しながらも、高々と武器を構え――奴の眉間へ渾身の峰打ちを叩き込んだ。
「ごふぇ!?」
間の抜けた声と共にズィマーナは床へと倒れ込んだ。
「大したことなかったな」
「ええ。とっとと、魔王の元へ向かいましょう」
俺達は歩きながらも、城内を悠々と進んでいく。
その道中ズィマーナが倒れたせいか、緊急招集された配下の魔物共がこぞって押し寄せてくる。
頭部が豚となっている魔人が主戦力らしいが、上半身が獅子で下半身が山羊の魔物が奥に控えている。
魔人共をざっと見てみると、装備はどこか安っぽそうで、特に身に着けている鎧もまた防御力に重点を置いているせいか視界も悪く、動きを阻害する足枷にしかなっていない。
雑兵と遊んでいる暇はないが、無視しては通れないようだ。
「やれやれ、君達も大変なもんだね」
敵に同情しながらも、俺は剣の柄を握り直す。
敵の隊列を見てみると、前衛は木製の大盾を持ち、徐々に距離を詰めて来る。
どうやらこちらを包囲するつもりのようで、盾の後ろには長剣を手にした魔人が控えている。
なるほど、そういった戦い方をするつもりか。
わかりやすい戦法ではあるが、魔法の攻撃に対しての配慮が足りない点と、強敵相手には効果がない点だろう。
「はてと」
その場でじっとしながらも、敵の出方を待つ。
息を潜め、敵が油断するその瞬間をひたすら狙う。
すると、盾を持った魔人の一人が半歩ほど出遅れる。
当人は特に失敗したとは思っていないだろうが、俺からしたら致命的なミスにしか見えない。
「そこだ!」
叫びながらも、出遅れた魔人に向かって突撃を慣行する。
すかさず、他の魔人達が盾で押しつぶそうとするも、何もかもが手遅れだった。
盾を剣で強引に叩き割ると、目の前の魔人を問答無用で蹴り倒す。
包囲を強引に突破した後は、実に楽なものだ。
長剣を持った魔人達を次々に叩き伏せていくうちに、すっかり俺の身体も長年のブランクを脱したようだ。
昨日と比べると自分でも笑ってしまうほどに動きが良くなっている。
剣の一閃だけで敵が一度に十体ほど吹っ飛び、その度に奴らの苦痛の悲鳴が城内へ何度も響き渡る。
魔物も恐怖するんだ――。
勇者としての旅を始めた当初、魔物との戦いでそのことを知った時、俺は驚きと共に安堵の感情を抱いた。
そう、根本的に人間も魔物も大差がないのかもしれない。
逃げ腰で武器を構える魔人達を蹴散らしていくと、獅子の姿の魔物が躍り掛かってくる。
「来い!」
この部隊の隊長格だろう。
奴さえ倒せばと思いながらも身構えていると、奴は大きく口を開き――。
「降参、する」
「え、戦わないのか?」
「勝てないとわかった。だから、降参する」
「お、おう」
魔物はぎこちない口調で喋りながらも、ぺこぺこと頭を下げて来る。
まさか、こちらを油断させるつもりだろうと思っていると、そんなつもりはないとばかりに、額を地面に擦り付けている。
「どうか、頼む――」
まさか、魔物に頭を下げられることになるとは。
上司である魔王からしたらとんだ裏切り行為であるが、プライドを捨ててまで仲間を守ろうとする意志には共感してしまう。
「ルゼ、どうする?」
「見逃してあげましょう」
「いいのか?」
首を傾げていると、ルゼの小さな呟きが微かに聞こえた。
「中間管理職の悲しみを感じましたから」
「悲しみね……。わかった。その代わり、先に進ませて貰うぞ」
「かたじけない」
先に進もうとすると、魔人達が負傷した者達の治療を開始する。
ちょっと乱暴だったかなと思うと、申し訳なく思ってしまう。
「まさか、降参してくれるとは」
「ブラックな職場なのでしょう」
「そうかもな」
苦笑しながらも倒れた魔人の一人を見てみる。
十年前ならば金貨の一枚や二枚は持っていたのだが、やはりどいつも財布を持っていないようだ。
「サバカン。お気づきかと思いますが、魔界の魔物達は現金を持っていないのです」
「まさか、貨幣制度を廃止したとでもいうのか?」
「いえ、違います。この魔物の手の甲をご覧ください」
泡を吹いて倒れている魔人を注視すると、確かに手の甲に星型の入れ墨が刻まれていた。
「その入れ墨に個人の財産の情報が記録されております」
「え、これに?」
「はい。この入れ墨を店頭等でかざすことで、金銭の支払いを行えます」
「それで現金を持っていないのか!」
なるほど、そいつは凄い。
財布の軽い俺が思うのも妙なのだが、魔物達のアイデアには舌を巻いてしまう。
「待てよ、ミセリアートで戦った時は現金を持っていたのは……」
「ミセリアートではこのキャッシュレス決済方式が使用できなかったのでしょう」
「俺としては魔界全土で現金支払い方式を検討し直して貰いたいのだがね」
二人して笑いながらも階段を上って二階へと向かうと、如何にもこの先に魔王がいる、とばかりの豪華な扉が待ち構えていた。
鍵が必要なのだろうが、ルゼには関係なかった。
先程の辺獄神法で強引に扉を開き、俺達は部屋へと押し入る。
この先に、魔王がいると思うだけで、足が震えて来る。
緊張か、はたまた中毒染みた高揚感のどちらのせいだろうか。
いよいよ、魔王との戦いです。
テンポ良く進むバトルシーンをお楽しみください。