最終話
材質のよくわからない石の建物を、まるで植物が守るかのように閉じ込めている。
ここは僕ら白ヒュミナと呼ばれる一族の始祖が暮らしていたという起源の地。【ロハクタイの塔】と呼ばれる建物である。【迷いの大森林】に入ることのできない他のヒト達から、その塔は【正体不明の柱】と呼ばれているそうだが、実際は祖母の住んでいたただの家であり、外部の人間が期待しているような財宝が眠っているというわけではない。ただ、僕らはそれを見ると、故郷に近づいた気持ちになる。
祖母が元気だったころは、帰ってきた僕らに手を振ってくれていたけど、祖母はもういないのだ。
僕と姉は祖母の葬儀を終え、祖母の遺品を整理している。
広い部屋に、どこで集めてきたであろう、変わった道具や武器、書物などが置かれている。
そのなかで姉は古びた書物に興味を示したようで、先ほどから食い入るようにそれを読んでいた。どれだけ面白いのだろうか?エルフィの血が強く出た姉の少し尖った耳がピコピコ動いている。
そろそろ片づけを手伝ってほしいと思っていた頃、姉さんは、この日記はあなたも読んだ方がいいと、一冊を僕に手渡した。
姉曰く、【金色の魔女との記録】と書かれているその日記の数々は、祖母の大切な思い出が詰まった、とてもとても大事なものだったらしい。
一番最初の日記は、日記というにはずいぶん昔の時代の……まるで、遺跡で見つかる古文書のようだ。ボロボロだったその日記にはとある人の名前が書かれていた。
それは、白ヒュミナの始祖であり、遠い遠い僕らの先祖、セイル=ホワイトの名前だった。
800年位前の記録じゃないか!?驚いた僕は、日記を読み進めてみる。そこに書かれているのは、後ろ指を指されても、ヒトを救い続けた、名もなき金色の魔女、そして彼女と共に旅をする始祖の姿があった。
まずは、彼、セイルの出生の秘密が書かれている。
エルナ……今では存在も怪しいその一族が実際に存在したこと、一族の滅亡を回避するために始祖は作られたなど、現在ではにわかに信じられない話ばかりだった。
読み進めていくと、彼と魔女の出会いの話が出てきた。
子孫を残すための人工ヒト族として産まれ、魔物化する失敗作として捨てられ、死ぬ寸前の彼を、金色の魔女は助け、名前を与えた。
それからというもの、二人はずっと一緒だったという。
魔女は、作られた目的を果たそうと四苦八苦する彼に、様々なことを教えながら、共に生きてきたのだとか。
魔女に日記を書くことを勧められた話。共に旅して出向いた様々な町のはなし。魔女は美人だという話。自分と同じゆがみに苦しみ、廃棄された人々を救った話。大人なのに魔女が振り向いてくれない話。
旅の話の合間に合間に、ただひたすら魔女に求愛してる彼の姿が頭に浮かんでつい吹き出してしまう。
ほかには、助けた娘に言い寄られた話、自分とは違うヒト族の友達ができた話など、旅の記憶がつらつらと書かれていた。
日記によると、その数年後、奴隷だったヒト族が蜂起し、革命を果たした。
残されたエルナの女達は凌辱されるか殺されてしまったそうだ。
魔女も狙われたが、彼女に救われた者たちの手によってなんとか振り切ることに成功したものの、魔女はエルナ族最後の一人になってしまった。
彼は魔女を一人ぼっちにさせたくなかったらしい。彼は、以前から言い寄られた娘と結婚し、たくさん子供を産ませた。自分の子孫が魔女と一緒にいれば寂しくないだろうと考えたようだ。
子孫の中から、彼女と結ばれてくれないかなぁとポツリと書いてあるのが、いかにも彼らしい。
そして、歳をとって旅についていけなくなった彼が、魔女の帰りを待っている内容で日記は終わっていた。
彼が死んでしまった後、彼女は帰ってきたのか?帰ってきた彼女がどんな気持ちで過ごしていたのかは、今の僕達では想像することすらできない。
僕が読み終わると、姉が次の記録を手渡してくる……どうやら記録には、まだ続きがあるようだった。
ぱらりとめくると、次の記録は孫視線で書かれている。
彼の死後、祖父の意思を継ぎ、孫たちも魔女の手伝いをしながら子孫を残していったらしい。孫の手記は続く。
そして、時は流れ、書き手が何度も変わりながら記録は続く。
手に持った日記の見た目がだ古文書から少しぼろぼろ程度になってきた頃、魔女はついに子を成したようだ。相手の名は書かれていないが、その記録が書かれた時代に彼女と旅していた青年らしい。
その子が産まれてからの日記は、いつしか成長記録になっていた。
白ヒュミナ一族と呼ばれるほどになった彼の子孫は、その子の成長を見守りながら、魔女との日々を綴っていた。
産まれた子も成長し、いつしかその子は二人の双子を産んだ……筆はそこで止まっていた。
魔女の子供の名前に手が震える。死んだ母の名だ。
そして、双子の名前は姉と僕だった。偶然にしてはできすぎている。
そうか、僕らはセイルの子孫であり、魔女の孫でもあったのだ。
ブランおばあちゃんが、失われた種族であるエルナ族だったなんてもうだれも信じないだろうなぁ。
おばあちゃんは、最後まで沢山の親戚達に囲まれて穏やかに過ごして逝った。
最後に、セイル、久しぶり、貴方のおかげで私は寂しくなかったわ。と呟いて。
僕は涙がこぼれ落ちるのを止められなかった。