ブランの家にて
目が覚めた時、最初に目に入ってきたのは木目の天井だった。ここはどこだろう?ゆっくりと体を起こしてみる。周りを見渡すが、見たことのない部屋だった。
ベッドの脇には小さな机があり、その上に水差しが置かれている。喉は渇いているし、ちょうどいいから水を飲もう。そう思い立ち上がろうとしたところで、僕は自分が服を着ていないことに気づいた。慌ててシーツで体を隠す。
幸いなことに、この部屋には誰もいないらしい。僕はふぅと胸を撫で下ろす。
改めて自分の体を見るが、あの時見た鱗はすっかりなくなっていた。傷跡もない。まるで夢だったかのように。自分の体を確かめていると、キィと音がして扉が開いた。そこには、昨日僕を助けてくれた女性、ブランが立っている。
「あら、起きてたのね。」
彼女は僕を見ると微笑んだ。
「おはよう、気分はどうかしら?どこか具合の悪いところはある?着替えになりそうなものは持ってきたけど、足りないものがあったら言ってちょうだい。用意するから。」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
僕は着替えを受け取り、素直に感謝の言葉を述べた。
ブランに後ろを向いてもらい、手早く着替える。少し古びた男物の服だ、ブランの家族の物だろうか?着替え終わった後、ブランにここはどこか訪ねてみることにした。
「あぁ、そういえばまだ説明していなかったわね」
彼女はそう言うと、地図を持ってきて、僕が寝ていた場所の近くに座った。
「ここはね、あなたが暮らしていた中央都市ロシェルから西に離れたところにある森。私が拠点にしている小屋の一つよ。」
ブランは大体このあたりね、と地図を指さす。この場所は【育成所】で習った、【迷いの大森林】と呼ばれる危険な場所だ。奥まで進むも入り口に戻され、悪しき心を持つものは永遠に迷い続けるとされ、奥に何があるか現在でも不明。飛竜に乗って空から探索しても降りる所が見つからないという曰くつきの場所のはずだけど、僕らはどうやって入ったんだ?
「あなたが寝てしまったから、友人の龍に乗せてもらったの。精霊の協力があれば、彼女が降りる所を作ってくれるし、普通に歩いて入ることも可能になるわ。」
……ここでも精霊か。昨日の事といい本当にすごいなぁ、精霊。白エルナ達の持つ能力なのだろうか?僕も使えたりするのかな?それよりも、友人に【龍】がいるだって?家畜の【竜】や【飛竜】でなく、今や数少ない【龍】?聞き間違いかな??気になるが、ブランは伝えたいことがあるらしい。とりあえず、疑問は頭の隅に置いておこう。
「それでね、あなたの今後の話なのだけど……」
彼女はそこで一旦言葉を切った。どうやら言い難いことらしい。しばらく無言の時間が流れた。
そして、意を決したように彼女は口を開いた。僕は彼女の言葉を待つ。
そして、ようやく口を開いた彼女から出た言葉は意外なものだった。
「子供のあなたが暮らせる場所を探そうと思うの。もちろん、このままずっとここにいても構わないわ。好きな方を選んでくれる?」
ブランは前に旅をしているといった。この家にいつもいるわけではないだろう。ということはどちらの選択肢も、ブランのそばにはいられないものだ。また捨てられる?いや、まだ説得のチャンスはあるはず。
「助けてくださったときにも言ったのですが、僕はもう成人しています。繁殖行為も問題なくできます。失敗作として廃棄されていなければ、主となるヒトの元へ行けるはずだったのです。なので、名前を付けて戴いた貴方は僕の主、この体は全て貴方の物です。」
僕の発言を聞いて、彼女は驚いたような、困ったような表情を浮かべる。
「あなた、本当に、自分が何を言っているのか分かっているの?」
何を言っているか分かってる、僕は主に使えるために作られたのだ。主を喜ばせる方法、子供を作るための知識も学んだ。病気がないことも、繁殖能力に関しても、最終試験時に全て検査済みだ。どこに問題があるのだろう?
「私はね、あなたに、普通の人として暮らして欲しいと思っているの。あなたはまだ幼いから、色々学ぶことがあるでしょう?それに、この世界のことも知ってほしい。だから、自分のことを物なんて言わないで。」
「大丈夫です。僕は主に使え、喜んでいただければそれでいいんです。魔物になることが無いのなら、完成品と同じようなものです。きっと役に立てるはずです。それに、繁殖用ヒュミナとして作られたので、エルナ族であるブランより寿命は長くありません、むしろ短いので、繁殖用として使うなら、早い方が良いかと。」
再び捨てられたくない、なんとか説得しなければという思いから、早口に捲し立ててしまう。
「僕は失敗作として廃棄所へ送られました。でも、ブランに助けてもらいこうして命があります。お礼をしたいのです。だから、僕のことは気にせず自由に使ってください。お願いします。」
と頭を下げた。しばらくの間沈黙が続く。不安になり顔を上げると、ブランが顔を真っ青にして俯いていた。なんだか様子がおかしい。どうしたのだろう?
「えっと……その……」
ブランはそっと顔の横に手をやり、僕の耳に触れる。撫でるような動きがこそばゆい。
「ごめんなさい、あなたは同族の子供だと思っていたから……。」
エルナ族は子供と大人の境界があいまいで、大人として成熟しているかは見た目で分からない。なので、年齢で判断していたらしい。初めて出会ったときは暗かったのと、髪で耳が隠れていたから、僕をエルナ族の子供と勘違いしたそうだ。
彼女は困った様子で、うーんと悩んだ後、僕の頭を優しく撫でてくれた。
「じゃあ、こうしましょ。あなたは私と一緒に旅をしましょう。それで、色々なことを知ってほしいの。子供のあなたには結構大変だとは思うけど。いいかしら?」
また、僕のことを子ども扱いしてる……。僕が大人であることは、きちんと納得していただかねば。まあ、とにかく捨てられずにすむのだ。今はこれで良しとしよう。
「はい、よろしくお願いいたします。ブラン!」