世界のゆがみ
僕とブランが廃棄場から脱出してから数刻。
赤みを増した【日の星】がそろそろ燃え尽きる時間帯だ。いずれ、夜になるだろう。それでもこの燃え尽きゆく刹那の時間も廃棄場の薄暗い闇になれた僕の目にはつらい。
大丈夫かしらと、ブランがグレーの瞳で僕を見ている。光で赤みがかった白金色の髪が風に揺られて輝いている。
このとても美しい方が僕の主なのだ。これからの生活を考えると胸が弾む。
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ブランの勧めで、廃棄場から少し離れた森の少し入ったところにに腰を落ち着ける。
「管理されていない森の中には魔物が出るから、よっぽどのことがない限り近づいちゃいけない。主がアウトドアで森へ行きたいと言われたら安全なキャンプ場へ行くように進言すること」と習っていたが、精霊と話ができるブランにとっては、たいがいの森は精霊がいるから大丈夫よ、問題ないわと、野宿の準備をしている。
非常に慣れた様子で、手伝おうにも全く隙が無い。その横で精霊たちが植物で編まれた小屋を作ってくれている。それだけでも便利なのに、悪意があるものが近づいてきたら精霊が教えてくれるんだとか。便利だなぁ。
僕は一息つくと、ブランがなんであのような場所にいたのか聞く。僕の扱いから考えて、投げ込んだら勝手に処理してくれるような場所なのだろう。危険だから普通のヒトが近づけないよう対策されているはずだ。それをわざわざ危険を冒して侵入するのだ。ただの気まぐれなどありえないはず。
ブラン答えにくそうな顔をして考え込んでいる。……やはり聞かれたくなかったことなのだろうか。
……
しばらく沈黙が続く。
「私は、白神の代理人として、【世界のゆがみ】を【浄化】する旅をしているの。」
口を開いたのはブランだ。今から話すことはあなたにとって辛いことかもしれないだけど、知っておかないといけないとのこと。
「世界のゆがみを浄化……ですか?」
「そう。あなたが居た場所はもともとゆがみの溜まりやすい場所。以前訪れたときはあそこまでひどくなったんだけどね。なんて言ったらいいかな?詳しく説明しようとすると、神話の話になってくるわ。あなたも聞いたことあるでしょう?【創造の神話】の神話。」
……ああ、聞いたことがある。絵本などで定番のおとぎ話、【創造の神話】
だ。語り手や、絵本の作者の解釈もあり、内容は様々だが、共通している部分もある。
それは、退屈していた【偉大なる一つ】が自らを形ある【黒神】と、形なき【白神】の二柱に分けた。二柱がそれぞれ別々に世界を作したが、うまくいかない。
二柱が協力し、力を合わせ、世界が出来、そこから【始まりの龍】が産まれ、大地、海、空、木々、炎、そして、最後にヒトに分けたと。
ブランが言うには、本当にあったことだそうで、偉大なる一つがバラバラになって混じり合ったかけら、それが世界であり、生き物であり、魔力であり……そして、すべてがかつての神なのだと。そして、混ざり合うことで。世界は出来上がった。だけど、神が望んだ世界なのに、元に戻そう。一つに戻ってやり直そうという力が働く。その矛盾が起こす現象が彼女たち白エルナの呼ぶ【世界のゆがみ】ということらしい。箱の中で聞いた【魔物指数】。それが示すものも同じものでしょうとブランは答える。
「世界のゆがみの影響は生き物を元の力に戻そうとすると、物質は形を保てなくなる。黒神であった部分は、物質にゆがみに耐える力を与えようとするの。そうして変化したモノが魔物。魔物となったモノが見境なく暴れるのは苦しいから。中にはある程度意志が残っていて、相手を道連れにしようとする者もいるわ。」
なるほど。僕を襲ってきた廃棄場の魔物の正体は、廃棄された者たちの成れの果てだったわけか。そっか、それは言いにくい。ブランは僕のことを気遣ってくれていたのだ。
「……、わかっているかもしれないけど、あなたも魔物になりかけている。」
ブランはそっとと僕の左側を指さす。 彼女は申し訳なさそうに、早く助けに行けなくてごめんなさいと言った。
彼女が指し示した場所、僕の左半身にはヒトのそれとは思えない鱗が生えていた。これがそうか。左手は特にひどい。爬虫類のように変化していた。ブランと出会ったときはまだ普通だったはずだけど。
特に負の感情はそれを速めてしまう。心当たりはない? そう言われて思い出したのは、育成所で失敗作だと言われたこと、廃棄されたこと……廃棄場での出来事。すべてブランに話す。
廃棄場に落とされて、エルフィの少年を看取った時、魔物に襲われていたときに感じた恐怖と違和感。あの時から、すでにおかしくなっていたのだ。そう思うと、なんだかとても悲しくなってきた。涙が出てくる。もはやどうにもならないのかもしれない。
「私達白エルナ族も、父親になれるような男性がいなくなって、滅びゆく寸前なの。同族の代用品を作れないか?って話もでていたわ。だから、あなた達を作った彼らの気持ちも理解できなくはない。だけど、失敗作だからってあんな酷い捨て方するなんて悲しすぎる!」
ブランはそう言って僕を抱きしめてくれた。ブランの体はとても柔らかくていい匂いがした。自身の変化を忘れるくらいに心が安らぐ。
僕は【主】に出会えたのだ。主のそばにいて、己の使命を果たす。それが夢だったのだ。僕はブランのそばにいたい。このままでは死にきれない。……なんとかできないのかな。僕は、彼女に聞いてみた。
涙で少し目が赤くなったブランは服の裾でそれを拭うと。再び真剣な顔で僕を見た。
「さっきの話の続きになるんだけど、白神もゆがみの影響で全てが一つに戻ろうとするのを望んでいない。だから、ヒトの体を借りて力をつかうの。それが浄化。ただ、この力はゆがみを糾すだけの力。解消できても、物質が崩壊するのを完全に引き留めることはできない。」
彼女は僕の前に来て、魔物になった左腕をさすりながら話を続ける。
「あなたはゆがみの侵食が激しい。浄化に耐えられず消滅の可能性が高い。成功したとしても、おそらく、完全には戻らないかも……。成功する可能性にかけて今浄化するか、悔いが残らないようにぎりぎりまでしたいことしてからでもいいわよ。……その時は、完全に魔物になる前に魔法で眠らせてあげる。」
僕は覚悟を決めた。どのみち死ぬ運命ならば、最後まで抗ってみたい。覚悟を決めよう。
「僕はブランの物です。ヒトとしてあなたにお仕えしたい。だから今、僕を浄化してください。」
「だから、自分のことを物というのは止めなさい。」
ブランは苦笑いして僕の頭を撫でる。そして、わかったといい彼女は目を閉じて集中し始めた。
白神よ、分かたれたものはそのままに。≪浄化・最大≫!!」
彼女の魔法が発動し、僕の辺りが光に包まれる。
あまりの眩しさに耐えられず、ギュッと目を閉じる。まるで光が僕に襲い掛かってくるかのようだ。左半身が何かに引きちぎられるような感覚に頭がおかしくなりそうで、自分の体を抱きかかえるように僕は座り込んだ。
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ようやく光が収まる。恐る恐る瞼を開くと、ブランがホッと息を吐いていた。先程まで爬虫類のようなう鱗は僕の左半身から消え失せている。
「……はぁはぁ。ありがとう、ブラン。」
僕は、ブランにお礼を言う。きれいに戻ったというのに、ブランは辛そうな顔をしている。
「今の私が使える、強い浄化の魔法でも完全にはゆがみを取り除くことはできなかった。それでも、心穏やかに暮らせば魔物になる確率はほぼないぐらいにはなったはず。」
完全に影響を取れなくてごめんねと。疲れた声でブランは言った。
彼女はそう言うが、僕は消滅しなかったのだ。それに、これなら役目を果たすことができる。エルナ族の女性を喜ばせるという目的が。そしていつかは二人の間に……。僕はそのためだけに創られたのだから。
安心すると急に眠気が襲ってきた。これからの事を聞こうとするが、上手く言葉にならない。
ブランが慌てて僕のことを支えてくれているが、睡魔に抗うことができない……そのまま僕は眠りに落ちていった。