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頼む、死なせてくれ ~積極的安楽死の提案~  作者: 楠本 茶茶(サティ)
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第2部分 医療行為の実例

第2部分 医療行為の実例


 では… 生きる意味って何なんだ?

 自分の今の生活を維持して明るく楽しい未来を創るため、家族の生活を支えるため、社会や勤務先に貢献するため。

おおかたそんなところだろうか。


 それなら逆に、自分の明るい未来を見通せず、家族からも見放されたり孤独な生活を営んでいて、仕事上の能力や人間関係に絶望したならば… 生きていても仕方がないのではないか?


 これから自分の父の例を描き、自分の考えを述べる。無論これを読んでいただく方に思想を強要する意図ではなく、ある種の批判を覚悟のうえで「考えていただく材料」として提供を試みるものだ。



 喜寿の頃、家に居た父は心室細動で倒れ、それを母が通報した。幸いAED(自動体外式除細動器)による救命救急が間に合い、命を取り留めることができた。異例中の異例だろうが、AEDを13回も作動させたという。


 ただ… 大脳への血流がとどこおったせいだろう、全くの廃人になってしまった。長年連れ添った妻の顔を見ても何の反応も無く、無論自分や親戚の顔にも全くの無表情だった。そりゃ本人のココロの中ではいろいろな思いを持ち、感謝も愛憎もあったかも知れないが… 

 食事にも排泄にも睡眠にも絶えざる介助が必要で、多額の医療保険のお世話になっておきながら、かといって今後の社会的貢献は素人目にも一切期待できなかった。


 数か月すると自力での痰の排泄ができなくなり、母は痰の吸引も練習し実践した。次には自発的な嚥下えんげ、つまり飲み込み反射が見られなくなり、ついには腹部に穴を開け栄養分を直接胃に送り込んで栄養を補給するための手術をおこなった。この処置を胃瘻いろうという。


 メシを食わなくなったら、もう生物としては終わりだな… 自分はそう思った。野生動物なら、否応いやおうなく死ぬ。


 お父さん、数か月間よく頑張ってくれた。もうお母さんもお父さんが死ぬ覚悟はできただろう。



 しかし本当の苦しさはここからだった。


 ただただ医療と介助によって生かされているだけの父。まだ少しなら歩くことはできた父。

へとへとながらも散歩と介助に懸命な母。


 医者とのインフォームド・コンセントは正統的に為されていた。インフォームド・コンセントとは、患者が医療行為を受けるにあたって、医師より当該医療行為を受けるか否かの判断をするために適切かつ十分な説明を受けた上で、その医療行為を受けることの合意をなすべきことを指す。


 しかし実際には… 褥瘡じょくそう予防のための体位変換等の便宜を図るためだろうか、極力太らせないように胃瘻から与える栄養分を「減らす処置」がされていた。



 気付いたのは母だった。


「おかしい… なんか痩せて来たし、もう歩こうとしなくなくなってきたよ」

クルマで3時間ほど離れたところから見舞いに行った私に母がこぼした。


「そりゃ体力がなくなってきたんだね。栄養不足なんじゃないの」

「どうしたら良いだろう。お医者さんに相談かな」


 事情を聞き、しばらく考えたあと私から提案した。

「お母さん、胃瘻から入れる栄養に混ぜてさ、なんか栄養あげてみたら?」

「勝手にやっていいかなぁ」」

「そもそも次の通院まで待てる? それに医者の指示にケチつける感じでしょ」

「そうだね。どうすればいいかな」


「…そうだ、赤ちゃんミルクをぬるま湯で溶いてあげてみたら? あれ完全食品でしょ」

「ああ、それ良いかもね。今からさっそくやってみるけど… だいじょうぶかな?」

「もう一回死んでる命だからね。やらずに餓死するよりいいんじゃない? はじめはちょっとにすればいいさ。あとは加減を見て、ね」

「わかった。じゃあ何か適当なの、早速買ってきて」

「モチロン」


 なんと翌々日には体重が少し増え、僅かだが歩くこともできるようなったと母から連絡があったのだ。


 これは医師が必要最低限… を下回る栄養しか与えなかったことを意味する。悪意を持って言えば、飢死作戦オペレーション スタベーションを企図したのである。母が気付かなければ、近日中に「老衰」か「心臓発作」で父は鬼籍に入ったに違いない。



 しかし私はそれを非難できなかった。

なぜなら、立場を替えたら私もきっとそうしたに違いないからだ。


 それが「情け」である。説明はしないけどね…  医師の意図を私はそう捉えていた。



 父はこのあと数か月を生き、水無月の終わり、母に看取られて三途の川を渡っていった。だれもが、そしておそらく本人も納得づくの旅立ちだった。特に母にとって、何とか心の準備をする期間を確保できたことだけは確かだった。


 しかし… 医療保険の投資という観点から見ればノーリターンで、いわば単なる無駄遣いに終わったのである。そしてあとの行為から解らなくなったのが、「胃瘻」という医療措置を提案し施術したことだった。

あとで密かに見放すくらいなら、いっそこんな施術を実施しなければよかったのだ。


 この体験は私の心理に非常に大きな影響をもたらした。それが「安楽死」という思想である。ただしこの微妙な課題は「身内だから言える」ことであって、他人のケースに介入しようとは思っていない。



たぶん更新は遅くなりますが、悪しからず…

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