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32話

 あの日、ロベルトが気絶してすぐに兵を連れた第四王子がやって来て、カリンたちは保護された。そしてエル=ネリウス辺境伯は、王子の近衛騎士と宮廷魔法士に害をなしたことが王家への反逆とみなされ、拘束された。


 それから数日後。怪我はアニエスにすっかり治され、使い果たした魔力もほぼ回復したカリンは、第四王子の執務室に来ていた。付き添いのラビとアニエスとともに扉の前に立ち、大きく息を吐く。


 カリンが回復したことを聞きつけた王子が事後処理の一環として呼び出したのだ。きっとこの扉の向こうにはロベルトもいる。そう思うと嬉しい反面、緊張した。


「おいカリン、入るぞ」

「は、はい」


 なかなか扉を叩こうとしないカリンに業を煮やしたラビが、あっさりとノックしてしまう。中から入室を許可する声が聞こえると、ラビはためらいなく扉を開けた。


「病み上がりに呼び出してすまないな! よく来てくれた!」

「とんでもないことでございます。先日はお見舞いの品を賜り、この身に余る幸せでございました」

「やめろやめろ、俺たちの間に堅苦しいことはなしだ!」

「はい。ありがとうございます」


 部屋にはソファに座る第四王子と、その左右に立つレイモンドとロベルトの三人だけだった。

 要はいつもの訓練で顔を合わせる人間だけだ。無礼講とまではいかないが、必要以上にかしこまることは王子が嫌う。


 テーブルを挟んで反対側のソファを勧められ、腰を下ろす。ほぼ正面にロベルトがいて、カリンはようやくまともに彼の顔を見ることができた。


 ロベルトと会うのはあの日以来初めてだった。療養中は部屋から出ることが許されず、見舞いに行くこともできなかった。

 ロベルトも同様だったのだろう。なんせ、頭から血を流していた。魔力を使い果たしたカリンも、壺で頭を殴られたロベルトも、重症だったのだ。


 ロベルトもカリン同様、すっかり傷が癒えている。髪の毛は治癒魔法で伸ばすことができず、ざんばらだった毛先が整えられて短くなっているものの、相変わらずの貴公子っぷりだった。


「ルブ。お元気そうで安心しました」

「カリンも元気そうで良かったよ。君を巻き込んでしまって、本当にすまなかった」


 ロベルトはカリンに深々と頭を下げた。

 短くなった金髪がさらりと落ちる。そこに青い飾り紐はない。


「か、顔を上げてください。今こうしてお互い無事なわけですし」

「ありがとう」

「いえ……」

「……」


 顔を上げたロベルトは微笑を浮かべて、それきり口をつぐむ。


 静かなノックの後、ひとりのメイドがティーセットのワゴンと共に入ってきた。人数分のお茶を用意する間、妙な沈黙が落ちている。


 メイドが音もなく出て行くと、それまで口を閉じていたレイモンドが言った。


「殿下、お話を」

「おお! そうだな!」


 第四王子は一口お茶を含みながら、手元の資料に目を落とす。


「カリンも既に報告を受けた部分があるだろうが、一応な! 辺境伯はお前たち二人に手を出したことが王家への反逆心ありとみなされて、今は地下牢だ! 少なくとも爵位剥奪は確定だ!」


 カリンは頷いた。この話は既に、王子の名代として見舞いに来たソリスから聞かされていた話だ。


「次に文官ジュード! ロベルトが領地に戻らないのは王都に懸想している女がいるからだと、辺境伯が王宮に送り込んだ者だったようだ! カリンを籠絡させるのが目的だった! だがカリンの証言もあったことから減刑の予定で、北の離宮に軟禁中だ!」


 あの日カリンを拘束し、首に刃を当てていたジュードは、わざと隙を見せた。拘束具を緩めたのもわざとだろう。いくら非戦闘員の文官とはいえ成人した男が、薬と抗魔法石で弱ったカリンの体当たりで尻もちなどつくはずがない。ジュードは大根役者だった。


 本人は己の罪を認め弁明していないが、空き部屋で気絶していた辺境伯の部下である魔法士が、ジュードに鈍器で殴られた挙げ句、ローブも奪われたと腹を立てていたらしい。

 そしてカリンの証言もあったことから、ジュードは辺境伯を裏切り、カリンたちに味方したのだと判断された。


「寛大な処置に感謝します、殿下」


 北の離宮は日当たりが悪くてろくな噂のないところだが、地下牢よりは遥かにましだ。あまりひどい待遇でなくてよかったと胸を撫で下ろす。

 しかし『カリンを籠絡』などと言われ、どのような表情でいればいいのか分からなくなった。


「最後に、エル=ネリウス辺境伯の長男ジェレミー! 俺の宮の客間で療養中だ!」

「え、こちらにいらっしゃっているのですか?」


 聞くところによると、転移魔法と馬を駆使して王都へと強行したらしい。

 今回の件は辺境伯の独断であり、ジェレミーの望むところではなかった。父の勝手で強引すぎる計画を止めるために、ジェレミーは王宮へ駆けつけ、ロベルトの主である第四王子に事の次第を報告した。

 だから辺境伯のタウンハウスに、王子が兵とともに駆けつけることができたのだ。


 しかしジェレミーの病気は辺境伯の嘘でも何でもなく本当のことだったようで、無茶な長距離移動をしたことでベッドから起き上がれなくなっているそうだ。


「父の罪とジェレミーは関係ないからな! 俺の客人として面倒を見てる!」

「そうでしたか……。回復されることをお祈りします」


 怪我や骨折は治癒魔法で治せるが、病気となると領分が違う。聖女の奇跡なら治せるものの、それも当代にはいない。医者にかかり、手術や薬物療法で地道に付き合っていくしかなかった。


「今の状況はそんなものだ! あの様子ではジェレミーに辺境伯が務まらないのも無理はない! だから、あー、そうだな……、誰か別の者が叙爵されるだろうな! また何かあれば知らせよう!」

「ありがとうございます、殿下」


 結局のところ、辺境伯は幼い頃から放置していたロベルトを今になって連れ戻し、病身の兄に代わって領地を治めさせることが目的だった。その結果、彼が直系の血族で守っていきたかったはずの爵位は剥奪され、血の繋がりなどない別の誰かが新たな辺境伯として赴任することになる。


 王侯貴族は血へのこだわりが強い。平民であるカリンにしてみれば、愚かとしか言いようがない顛末だった。


「俺たちはしばらく事後処理に掛り切りになりそうだ!」

「では訓練も、しばらくはお休みですね」

「そうなるな! この機にしっかり休んでおれ!」


 最後の一言はどうやら、アニエスに向けて言ったようだ。アニエスがあからさまにホッした様子を見せたので、王子は声を上げて笑っていた。

 アニエスは筋トレのしすぎで腰回りがたくましくなってしまうことを心配していたのだ。


 紅茶を飲み干したところで、カリンたちは執務室を辞した。しかしカリンは、内心困惑していた。


 今までロベルトはカリンに対し、「好きだ」「かわいい」「愛してる」「結婚して」と人目もはばからず言っていた。だからきっと今日も、第四王子やラビたちにはお構いなくカリンに愛を囁いてくるのだろうと思っていた。

 

 人目があってもなくても恥ずかしいが、「好きだ」と言われたらカリンは「わたしもです」と言うつもりだった。結婚してほしいと言われたら「はい」と頷くつもりだった。


 この気持ちが恋かどうかなど分からない。今まで誰にも恋をしたことがないので、他と比べようもない。

 ただ、他のどれとも違う感情がロベルトへ向いていることは、もう無視できなかった。恋にはいろんな形があると、アニエスも言っていた。


 しかしロベルトは今日、何も言わなかった。当たり障りのない会話だけで終わってしまった。


「……」


 カリンは振り向いた。執務室の重厚な扉は閉じられていて、向こう側の会話の声など、少しも漏れていない。

 それが、本来あるはずのロベルトとカリンとの、途方もないほどの距離だった。ロベルトが詰めていたから、側にいられただけだったのだ。


 ラビやアニエスとともに魔法士の塔へ行き、日常の仕事に戻った。第四王子がエル=ネリウス辺境領へ赴任すると知ったのは、それからたった数日後のことだった。

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