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31話

 魔法薬で意識を奪われた上に無理やり起こされ、吐き気にも似た気分の悪さをこらえながら連れて行かれた先に、ロベルトがいる。

 カリンの顔を見るなり剣を手放したロベルトと、己の首筋に押し付けられている冷たいものとで、大体の状況を把握した。


 ――どうやら、人質になっているらしい。


(……ジュードさん……)


 カリンが今このような状態になっているのは、ジュードが原因で間違いない。そして、ロベルトを挟んでカリンの向こう側にいる人物がロベルトの父、エル=ネリウス辺境伯だろうことも何となく分かった。

 父親に会いに行くのだと、その場で縁を切ってくるつもりだと聞いていたが、あまりにも物騒な状況だった。他にも男が二人、気を失った状態で床に転がっているのだから。そして床には深々と剣が刺さっている。


 ロベルトが手にしていた剣も床に落ちたのを見て、辺境伯と思われる男は笑った。


「手間取らせおって。はじめからそうしていればよかったものを」

「……彼女に危害を加えるな」

「それはお前の態度次第だ」


 ロベルトは強い。あの第四王子付きの近衛騎士になれるほどに。そしてカリンは、そんなロベルトの人質として機能する。


(あぁ、ルブは本当に)


 第四王子の近衛騎士なのだから、カリンのことよりも王子のことを考えなければいけないのに。カリンよりも、王子の近衛騎士であるロベルト自身を優先するべきなのに。


(馬鹿な人だ……)


 カリンは唇を噛んだ。王宮に籍を置く魔法士としても、カリン個人としても、ロベルトの荷物になる訳にはいかなかった。


 首筋に刃物を押し当てられながら小さく身動ぎするも、身体が重く力が入らない。加えて、魔力の流れが上手く掴めなかった。

 嗅がされた薬と、手首を繋ぐ鎖のせいだろう。おそらく魔法士を拘束する際に有効な抗魔法石が使われている。


 そうこうしているうちに、辺境伯は懐から小瓶を取り出した。足元に落ちて割れている小瓶と同じものだ。

 ガラス自体に色がついているせいで、中の液体の色が分からない。だからあれが何なのか判断することは難しいが、辺境伯は小瓶の中身をロベルトに飲ませようとしているようだった。


(致死系の毒でないとしても自白系か、精神操作系か……あぁどうしよう、まずい、どうにかしないと)


 ロベルトは抵抗しない。辺境伯から瓶を受け取り蓋を開けている。その中身を飲む前に、カリンを見た。ごめん、と音にならない言葉が紡がれる。


 その時――カリンの首筋に当てられていた刃が、ほんの少し離れた。何かを考える前に、カリンは自身を拘束する男に体当たりした。


「う、うわぁ!」


 突き飛ばされた男はやたらと大げさな声を上げた。刃物を落とし、カリンから離れて倒れる。同時に、カリンを拘束していた魔法具も音を立てて足元に落ちた。


 ロベルトは小瓶を飲もうとする手を止め、辺境伯の注意もカリンたちに向けられる。


「……」

「……」


 カリンはこのあと辺境伯にも体当たりを食らわせるなり、窓から飛び降りて逃げるなりするつもりだった。カリンという人質さえいなければ、ロベルトひとりでこの状況はどうにでもできると思っていたからだ。

 しかしカリンは、突き飛ばされたまま尻もちをつく男を見てしばらく動けないでいた。


(ジュードさん)


 カリンを拘束し、首に刃を当てていたのは、ジュードだったのだ。深く被ったフードの隙間からジュードと視線が絡み合い、気まずそうなそれはすぐに逸らされた。


 そもそも人気のないところにカリンを呼び出し、魔法薬を嗅がせたのもジュードだ。しかしこれは、まるで――。


「何をしている馬鹿者! 早く捕らえんか! お前たちもいつまでも転がってないでさっさと起きろ!」


 辺境伯が怒鳴りながら、倒れていた男の一人を蹴り上げる。


「あの女魔法士からは『杖』を奪っている。もう魔法士でも何でもない、ただの小娘だ!」


 確かに魔法士は、媒体がなければ魔法を使うことはできない。だが、何もできないわけではない。抗魔法石の拘束がなくなったことで既に、元の通りに魔力が身体中を駆け巡っている。


「逃げろカリン!」


 辺境伯に蹴り起こされた男がカリンに近づいてくる。ロベルトが手放した剣でも拾って来たらいいものを、『杖』のないカリンには戦う術がないと思って油断しているらしい。


「ルブ、伏せて!」


 だからカリンは、己の持つほとんど全ての魔力を一気に放出させた。


 詠唱も構成もない、いわゆる『魔力暴走』だ。

 突如起こった衝撃により油断していた男は吹き飛ばされ、窓ガラスを割って外まで飛んで行った。ロベルトも辺境伯も、衝撃と巻き上げる風に耐えている。調度品が宙を舞い、割れたガラスの欠片がカリンの頬をかすめた。


 最後にシャンデリアが部屋の真ん中に落下したところで、カリンの魔力が尽きた。


「この女っ!」


 吹き飛ばされなかった方の男がこの衝撃で目を覚ましたのか、足を引きずりながらカリンの元までやってきた。落下したシャンデリアで足を負傷したようだった。

 魔力を無理やり使い果たしたカリンは、男から逃げることができなかった。


「カリン逃げろ! 早く!」

「ええい、うるさい黙れ! 何ということをしてくれたんだ! お前が大人しく領地に戻っていればこんなことにはならなかったんだ!」


 カリンの元へ駆けつけようとするロベルトの長い髪を、辺境伯が鷲掴みにしている。そのせいで動けないでいるロベルトを横目に、カリンは頬を思い切り殴られた。


 唇が切れて、血の味がする。やり返す体力も魔力も残っていない身体が床に倒れるより早く、カリンを殴った男が倒れ、カリンはロベルトに抱きとめられていた。


「カリン、ごめん。私のせいで……本当にごめん」

「くるし……」


 硬い床には倒れなかったが、ロベルトがぎゅうぎゅうと抱きついてきて苦しい。

 顔を肩口に押し付けられるようにして抱きしめられながら、辺境伯と、カリンを殴った男が気絶しているのが見えた。落とした剣を拾い上げて、のしてきたらしい。やはりロベルトは強い。


 元々力など入っていなかった身体から更に力が抜けた気がしたところで、ふと違和感を感じて顔を上げた。


「ルブ、髪が」


 ロベルトの長かった髪が、肩より短くなっている。所々長かったり短かったりとざんばらで、全体的に斜めになっている。

 辺境伯に掴まれた髪を、剣で切り落としたのだろう。あれほど真っ直ぐで、長くて、きれいな髪だったのに。ロベルト自身も大事にしているようだったのに。


「どうして……ここまでして……」


 一度強く抱きしめられてからようやく、カリンは開放された。相変わらず身体は支えられたまま、向き合うような格好になる。


「カリンのためなら、髪なんてどうでもいいよ」


 ロベルトも満身創痍だ。顔の切り傷はカリンが暴走させた魔力のせいで付いたものもあるだろうし、髪だって無残なことになっているのに、そう言って笑うロベルトがあまりにも格好良くて――思わず、カリンは手で顔を隠した。

 

 大の男に拳で殴られた後なのだ。きっとひどく腫れているだろう顔を、ロベルトに見られたくない。

 

「私は君が――」


 ロベルトがカリンの手ごと頬を覆い、何かを言おうとしたその時。カリンは指の隙間から見えたものに叫んだ。


「ルブ、後ろ!」

「っ、くっ!」


 辺境伯だ。いつの間に目を覚ましていたのか、ロベルトのすぐ後ろまで迫っていた辺境伯は、大きな壺を両手で持って振りかぶっていた。

 気がつくのが遅れた。壺がロベルトの頭を直撃し、割れる。破片からかばうように、ロベルトがカリンを抱きしめた。


「いい加減に、しろ!」

「ぐぁっ」


 額から血を流したロベルトがカリンからゆっくりと手を離し、背後の辺境伯に掴みかかる。そのまま殴り飛ばすと、辺境伯は泡を吹いて白目をむいた。


「ルブ、大丈夫ですか。すぐに止血をしないと、血が、頭から」

「このくらい平気だから、泣かない、で……」


 泣いてなんかいない、そう言い返す間もなく、ロベルトは目を閉じた。そのまま動かなくなったロベルトが気絶しているだけだと分かっていながらも、視界が滲む。

 

「ルブ、ルブ……お願い、目を……」


 もう二度と目を開けなかったらと思うと、嗚咽が止まらない。ポタポタと透明な雫がロベルトの頬に落ちた。


「早く起きて、ルブ……」


 目が覚めたら、伝えたいことがあるから。

 だからまた、言ってほしい。好きだ、愛してる、と。

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