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23話

「一緒に、街へ?」

「はい。ご迷惑は承知の上ですが、そこを何とかお願いできないかなって」


 後日、備品を届けに来たジュードはカリンを見かけるなり、一緒に街へ行ってくれないかと頼んだ。カリンが勧めた店にさっそく行こうとしたところ、迷って辿り着けなかったのだと言う。


 熱心に頼み込まれたカリンは悩む。王都の街で迷うのは、カリンにも覚えのあることだった。


 確かに、教えたのは庶民向けの中でも特に穴場の店だから、そう目立つところには建っていない。それでなくても王都の街は入り組んでいて、地方から出てきたばかりの人間には迷路だ。ジュードが迷ってしまったのも無理はない。

 

「……分かりました。ご案内するだけでもよければ」

「良かった! 本当に助かります」


 ジュードと二人きりでの約束に学生時代のことを思い出さないでもなかったが、行き先は人の多い街中だ。王都の街は庶民向けの通りでも治安がよく、かなり人目も多いので、万が一にも何かがあるとは考え辛い。


 そもそも、ジュードは困ってカリンに助けを求めたのだ。彼の苦労が分かるからには助けたいと思うし、このような考えは相手に対して失礼だ。自意識過剰でもある。ロベルトと行くより何ともない。


「……」

「……カリンさん。顔が赤いようですが、どうしました?」

「えっ!?」


 ロベルトと一緒に買い物をした日のことを思い出していただけだ。それだけで顔が赤くなるはずはないので、自覚症状のない風邪の引き始めかと頬や額に手を当てた。


「熱が?」

「いえ、そんなことはないみたいです」


 頬は熱いのに、額はひんやりしている。

 ジュードは安心したように笑って、集合時間と場所を決めると去って行った。偶然にも、二人の今度の休みが被っていたようだった。


 *


 約束の日の前日、ジュードが訓練場へやってきた。今日はカリンが一番乗りで、他の参加者を一人で待っている時のことだった。


 今日もジュードは木箱を抱えていた。前任の総務は、こうも頻繁に備品を届けに来なかった。ほしい備品がすぐに届くのは純粋にありがたいことなので、魔法士の塔の人間はジュードに好意的だ。


 通りすがりの魔法士が気さくに手を上げてジュードに挨拶している。同じように挨拶を返してから、ジュードはカリンに向き直った。


「王都観光、ついに明日ですね。楽しみです」


 おすすめの店を数件案内するだけだが、彼の中では観光にまでなっていたらしい。

 否定もせずにそうですね、とカリンが返すのを聞き届けて、ジュードは早々に走り去った。用事の最中にカリンを見かけて、わざわざ声を掛けにきてくれたようだ。


「……どういうこと?」


 ジュードを見送るカリンの背後に、今度はロベルトが声をかけた。ジュードと入れ替わるようにして到着したものの、二人の会話は聞こえていたらしい。


「明日って、カリンは休みだったよね。彼との予定があったから、私の誘いは断ったってこと?」

「……ルブ」


 ロベルトは真剣な表情でカリンの答えを待っていた。その少し後ろで、一緒に来たらしい第四王子とレイモンドが顔を見合わせている。


(やってしまった……わたしが浅はかだった)


 カリンは先に誘ったロベルトの方は断っておきながら、後のジュードの誘いに頷いたのだ。ロベルトの質問に頷くのは嘘、しかし本当のことを言うのも気が引けた。


「ご、ごめんなさい」

「……」


 カリンには謝ることしかできなかった。それがロベルトにとって、最悪の回答だと気がつくこともできずに。


「カリン、少し」

「えっ、ちょっと……!」


 雰囲気が剣呑なものに変わったと思った瞬間、カリンは手首を捕まれ、廊下の奥の方へと連れ込まれた。

 中庭や訓練場のある一階には、会議室や資材室など、人が常駐しない部屋が多い。ロベルトに連れられた廊下の先もそんな部屋が集まる一角で、人気がなく静か、おまけに薄暗かった。


「カリンは……彼のことが好きなのか?」

「は!?」


 彼と言うのはジュードのことだろう。いきなり「好きなのか」と問われて、カリンから漏れた声は裏返っていた。


「な、な、な、何を言っているんですか急に。違いますよ、そんな」

「でも彼とは行くんだろ、街」


 行く。確かに行くが、それだけで好きということにはならないではないか。

 確かにジュードのことを嫌ってはいないがそれは人間的な意味であって、恋愛的な意味で好きなわけではない。


 そこまで考えたところで、カリンは羞恥で顔が真っ赤に染まった。


(ルブは『恋愛的な意味で』好きなのか、なんて言ってない!)


 カリンに対して好きだ愛していると惜しげもなく言うロベルトのことだから、当たり前に『恋愛的な意味で』と解釈していた。その解釈で十中八九合っているだろうが、ここは淡々と「人として並程度に好ましい」とでも言っておくべきだった。


 自分の勘違いと失敗に気がついて頬を染めているカリンを見て、ロベルトはますます不機嫌になったようだった。カリンの手首を掴んだままの手に力が入る。


「ジュっ、ジュードさんが街で迷ってしまったらしいので、案内して差し上げるだけです。こちらに出てきたばかりで、まだ道に詳しくないそうなので」

「なら私も一緒に行く」

「えぇっ」


 半ばやけくそ気味に事情を説明したカリンに、ロベルトは即座に言った。


「庶民向けのお店ですよ?」

「私だって庶民向けの店くらい、よく行く」

「……この前も行ったじゃないですか」

「また行く。私も道に詳しくないから」


 無茶苦茶だし、地味に矛盾している。よく行くのと、道に詳しくないのと、どちらが本当かはさておき、妙なことになってしまった。


(人の気も知らないで)


 思わず心の中で文句を言う。それから一拍置いて、首を傾げた。ロベルトに対して『人の気も知らないで』とは、一体どういう意味なのだろうか。

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