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21話

 日用品の買い物を終え、夕暮れが迫る頃、城の宿舎に帰る途中でカリンは足を止めた。普段は気にならないはずの、装飾品を並べた露店に目を取られたからだ。


 立ち止まったカリンに気がついて、ロベルトも足を止める。

 あくまで露店なので、高価な品は置いていない。辺境伯の息子であり、王族の近衛騎士でもある男から見ればおもちゃのようなものだろうが、ロベルトもカリンと並んで興味深そうに品物を眺めた。


「カリン、宝石に興味ある?」

「いえ。そういう訳ではないのですが」


 訓練を打診された時に宝石かお菓子で釣られたカリンは、迷わずお菓子を選んでいる。宝石に喜ぶ女性が多いことは知っているが、カリンは装飾品としての宝石にあまり興味がなかった。


 見て綺麗だなと思うことはある。しかし値段を見ても、きらびやかな装飾を見ても、自分が身につけているところは想像できなかった。

 加えて、魔法士であるカリンにとって宝石は魔法媒体のひとつだ。業務上必要なものだが、自身を飾り立てるためのものではない。


「この髪飾りとか、きっとカリンに似合うよ」


 ロベルトは指さしたのは、ワインレッドの石があしらわれたバレッタだった。少々派手なように見えるが、カリンの濃い緑の髪には映える色だ。


「食べ物もいいけど、何か身につけるものを贈りたかったんだ。受け取ってもらえないかな」


 店舗で売っているような高価な品物は絶対に受け取らないと分かって、比較的手頃な露店の品から選ぼうとしている。ロベルトの意図に気付きながらも、カリンは首を横に振った。


「普段から高価そうなお菓子を頂いてるんです。今日だってごちそうしてもらいましたし、これ以上は何も受け取れません」

「そう……」


 いずれ腹に消える食べ物ならばともかく、半永久的に残る装飾品などもらってしまった日にはカリンもどうしたらいいか分からない。普段から飾り気のないカリンでは、バレッタだろうがネックレスだろうが指輪だろうが、持て余すことは間違いなかった。


 残念そうにしている男を尻目に、軒に吊るされた飾り紐を眺めた。色とりどりの紐がカーテンのように並んでいる様はなかなかの迫力で、カリンはこれに気を取られて足を止めたのだ。

 色も太さも様々ある中から一本を選んで購入し、ロベルトに差し出した。


「カリン、これは」

「わたしからのお礼です」


 ロベルトの瞳の色に似た青の、細い飾り紐。差し出されたそれとカリンを交互に見比べるロベルトは、目を丸くしている。


「いつもお菓子を頂いたり、今日だっていろいろと。それに、なんだかんだ訓練も楽しいです。これでお礼になるか分かりませんが、ルブはいつも髪をまとめているので、たまにこれを使っていただけたら」

「……」

「あの、もちろんご迷惑でしたら使わなくてもいいんです。お礼はまた別のものを、改めますから」

「……」


 相手が何も言わないので、不安になったカリンの口数が増える。それでもロベルトは固まって動かず、カリンが手を引っ込めようとしてようやく飾り紐を受け取った。


「……ありがとう」


 カリンの耳に、少し震える声が響く。気がついたときにはロベルトの美しい顔がすぐそこにあった。ロベルトが飾り紐を持っていない方の手でカリンの三つ編みをすくい上げ、そのまま口づけを落としている。


 何が起きているのか理解が追いついていないカリンを、ロベルトが泣き笑いのような表情で見つめた。


「今だけ許して」


 そう言って、もう一度髪に口づけをする。


「本当に嬉しくて、どうにかなりそう」


 通りすがりからの黄色い声も、店主の「いいもん見せてくれるねぇ」という冷やかしも、カリンの耳には届いていない。ロベルトの声だけがいつまでも反芻していた。


 顔が熱い。もう寒い季節になってきたというのに、全身に汗がにじむ。不調を訴える胸を、服の上から強く押さえ付けた。


 *


 王宮の一角に、第四王子が国王から下賜された宮がある。その宮の一室を自室としてあてがわれているロベルトは、部屋の扉を閉めるなりズルズルと床に座り込んだ。その手には青い飾り紐が握られている。


 カリンへの贈り物を買うため菓子店へ向かう途中、偶然彼女に出会い、デートと言っても差し支えない一日を堪能した。そればかりでなく、カリンから飾り紐をもらった。


(私からは受け取れないと言ったそばから、私に飾り紐を……)


 あまりの嬉しさに、思わず髪に触れてしまった。それでもカリンは怒るどころか、顔を真っ赤にしていた。


 ロベルトがこの恋を自覚してからことあるごとに『好き』だの『愛してる』だの伝えてきた、その成果が出ているのではないだろうか。これが勘違いでなければいい。


 そうやってしばらく座り込んでいたロベルトは、床に手紙が落ちていることに気がついた。不在中、誰かが扉の隙間から入れていったのだろう。

 気を取り直して手紙を手にしたロベルトはしかし、差出人の名を見て表情を消した。数えるほどしか顔を見たことのない、父からの手紙だった。


 飾り紐を机の上にそっと置いてから、暖炉に火を入れる。一度だけ目を通してから、起したばかりの火に手紙を投げ入れた。燃えていくそれを冷たい目で見下ろし、明日の予定を考える。


 なんとか時間に都合を付けて、もう一度街へ出なければ。今度の訓練でカリンに贈るお菓子を、本当は今日用意するつもりだったのだ。カリンと行動を共にすることを優先したので、菓子店には足を運んでいなかった。


 彼女を想って品を選ぶ時間は、既にロベルトの楽しみになっている。化粧箱を開けたときのカリンの顔を想像しながらひとりで選ぶのもいいが、いつか二人で一緒に選んでみたい。そしてその時こそ、宝石のひとつでも受け取ってほしい。


 ロベルトの贈ったものを食べ、ロベルトの贈ったものを身に付けてくれたら、どれだけ嬉しいだろうか。揺らめく炎を眺めながら、そんなことを考えた。

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