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20話

 自分の分を平らげてから隣を見たカリンは、ロベルトのチュロスが一口分しか減っていないことに気がついた。へそごとこちらに向いているらしきロベルトと目が合う。


「あの、まさか、ずっとこっちを見ていた……わけないですよね?」

「美味しそうに食べるなと思って。本当にかわいい。好きだよ」


 否定もせず、悪びれもしないロベルトは、ほとんど減っていないチュロスを半分に折った。口をつけていない方をカリンに差し出す。


「よかったら、こっちも食べる?」

「なんで聞く前に折っちゃうんですか」


 確信犯からチュロスを受け取って、遠慮なく食べた。少し冷めているが、これはこれでとても美味しい。


「カリンは本当に甘いものが好きだな」

「はい。嗜好品ですし、安くもないので普段は我慢してますが、本当は毎日毎食食べたいです」


 本当はロベルトから訓練の度にお菓子をもらえるのは、申し訳なさよりも喜びの方が大きいのだ。だが、遠慮やら生来の表情の薄さから、それをはっきりと表現できたことはない。


「カリン、それは……」


 隣からの憐憫が混じった視線を感じて、カリンは即座に否定した。


「一応お伝えしておきますと、わたしは欲しいもののために節約しているだけで、嗜好品が買えないほど生活が苦しいわけではありません」

「よかった。殿下に相談しようかと思った」


 カリンは魔法士の就職先としては最高峰とも言われる宮廷に仕え、収入も比較的多い方だ。借金があるわけでもなく、単に収入のほとんどを貯金に回しているので生活費が少ない。


「ちなみに、欲しいものって?」

「欲しいものというか、夢……なんですけど」


 物であれば、ロベルトには絶対に言わなかった。欲しいと言った次の日に持ってこられては困る。

 しかしカリンの欲しいものは、いくらロベルトでも絶対に用意できない。だから言った。


「わたしが生まれた村の観光地化です」


 カリンの生まれ育った村は国の端の山間部にぽつんと存在している、何もない村だ。

 何もないが自然は豊かで、王都では幻と言われる花がそこら中に咲いている。効能があるでもないただの綺麗な白い花が、初夏の頃になると村中に咲いてそれは見事な風景になるのだ。


 観光地として整備するにも管理するにもまとまった資金が必要となる。だから、魔力を持って生まれたためにおそらく村で一番年収の高いカリンが、必死で稼いで貯めていた。

 人から忘れられないため、生まれ育った美しい村をずっと残しておくために。少子高齢化が進んでいて、数代後には廃村待ったなしだ。


「すごく綺麗なところなんですよ」


 大それたカリンの夢を、ロベルトはどう思うだろうか。個人が、しかも一介の平民が見るには大きすぎる夢だ。


 ロベルトなら少なくとも馬鹿にはしないだろうと思っていたカリンはしかし、想定外の感想にしばし思考が止まった。


「私も行ってみたいな」

「……」


 何も言わないカリンを、ロベルトが不思議そうに眺めている。


「そこは、いつでも歓迎します、とか言ってくれるところじゃない?」

「え、だって、ルブと行ったら絶対両親とか皆にあらぬ誤解をされるじゃないですか」


 この発言に目を丸くしたロベルトが、一拍置いて嬉しそうに微笑んだ。その顔を見てようやく、カリンは己の失言を悟る。


「一緒に行ってくれるの? 観光客の一人じゃなくて、君と二人で?」

「そっ、そんな、そんなことは言ってません!」

「言ったよ」

「絶対に言ってません! それにここからは遠いし……!」

「長い道中、ずっと一緒にいられるなら楽しいだろうね」


 許容範囲を超えた応酬にカリンは呼吸器の不調を感じ始めた。胸を押さえて顔を真っ赤にしている様子を見て、ロベルトも口をつぐむ。


 しばらくしてからわざとらしい咳払いをしたカリンは、別の話題で心臓を落ち着かせることにした。


「ルブのご実家はエル=ネリウス辺境領ですよね。あの北の有名な」

「そう。私自身は子供の頃に王都の学校に入って寮暮らし。そのまま騎士になれたから、ずっと帰ってないんだけどね」

「一度も帰ってないんですか?」

「遠いから」


 全寮制でも長期休暇くらいあるだろうに、一度も帰っていないのはなかなか珍しい。カリンも村まで遠いが、年に一度は帰っている。


「辺境領がどんなところか覚えていますか?」

「魔物が結構多い、ということは印象に残ってる」


 思い出そうとする素振りもなく言ったロベルトは、最後の一口を飲み込んで立ち上がった。とっくに食べ終わっていたカリンも、釣られるように立ち上がる。くずかごに紙ゴミを捨てて、買い物を続けるために広場を出た。


 雑貨屋でせっけんを見ていたカリンに、ロベルトがふと言った。


「君の夢を応援してるよ」


 ありがとうございます、と返す前に男は続ける。


「だからこれから毎日毎食、私がカリンに甘いものを食べさせてあげる」

「いえ、太りますので……」


 悩む様子もなく断られたロベルトは肩を落とした。


 そんな様子を尻目に、カリンは口元に手を当てた。わずかに上がった口角を隠すために、真剣にせっけんを見ているふりをして。


(これは思った以上に、嬉しい)


 村の観光地化など叶うはずがないから諦めろと、両親や村長に何度も言われた。

 カリンの夢を馬鹿にしているわけではない。無茶はせず、好きなように生きろと言ってくれているだけだ。分かってはいても、カリンは諦められなかった。誰のためでも、否定はしないでほしかった。


 ロベルトが――他人が認めて、応援してくれることがこんなに嬉しいのだと、カリンは今日初めて知った。

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