2話
「ええと、そうだな……その」
ロベルトは業務上の用事があると言った割に、なかなか口を開かなかった。ほっとした表情が徐々に崩れ、今は落ち着かないように視線をさまよわせている。顔が少々赤いようにも思えた。
カリンは回廊から空を見上げた。
今日は天気がいい。しかも、たまたま立ち止まった場所は日陰ではなく、直射日光が当たる日向である。日差しが強すぎて具合が悪くなるのもよくある話だ。ロベルトもそうなのかもしれない。
「ロベルト卿。もしかして、体調がよろしくないのでは?」
「え?」
「お急ぎの用でなければ、後日でも。もしくは別の方を寄越していただくとか、書面でお伝えいただくとか」
「いや、体調はいいよ。心配してくれてありがとう」
先ほどとは打って変わってにこにこし始めたロベルトを、やはりカリンは心配した。自覚症状のない体調不良は危険だ。
純粋に心配し始めるカリンをよそに、ロベルトはようやく本題を切り出し始めた。
「実は、先日の遠征訓練でのことなんだけど」
「はい」
「君の戦い方が、なんというか……とても興味深かったんだ」
「そうですか」
カリンは仲間の剣士や魔法士を後方から援護する補助魔法士だ。身体強化や重量操作、防御壁を得意としている。基本的な攻撃魔法も使えるが、その威力は攻撃系魔法士の比にならないほど弱い。
そんなカリンが宮廷魔法士となる前、魔法学校時代に猛特訓したのが、魔法と魔法の組み合わせだった。
威力の弱い攻撃魔法同士を組み合わせて別の結果を生み出したり、威力を上げることができる。自らに身体強化や重量操作の魔法をかけて、杖代わりの剣を振るうこともあった。
先日の遠征でも身体強化と重力操作、加えて刀身に雷の力をまとわせて、後方まで突進してきた魔物に重い一撃を食らわせ失神させた。
同時に複数の魔法を展開すると魔力操作が複雑になるので、このような戦い方をする魔法士は少ない。魔法士ではない近衛騎士には特に珍しく見えただろう。
「それで、君に相談があって」
「何でしょうか」
「私の主が遠征によく同行しているのは知っているだろう?」
「はい」
ロベルトの主である第四王子は武勇に優れていることで有名だ。日頃兵士たちに混ざって訓練に参加し、遠征という遠征にも可能な限り同行していると聞く。
専属の護衛である近衛騎士は、ロベルトを含めてたった二人だけしかいないらしい。上の王子たちには十名以上付いていると言う。第四王子本人がめっぽう強いので、下手をしたら護衛の方が守られることになるのだそうだ。
カリンは先日の遠征で初めて王子と一緒になった。堂々とした風格で、後方まで突進してくる魔物にも一切驚いた様子のない、肝の座った人物だった。
そんなことを思い出しているカリンに向かって、ロベルトは話を続けた。
「私も遠征に行く機会が多い」
「はい」
「だから君と同行することも多くなると思うんだ」
「はい」
「殿下は本来、護衛不要なほどお強い」
「はい」
「しかし、遠征先では何があるか分からない」
「はい」
「いざという時のためにも、私ももっと新しい戦い方を考えるべきじゃないかと、君を見て……」
「恐れ入りますが、何をおっしゃりたいのか分かりかねます」
「……っ」
なかなか終わりを見せない会話に、カリンがぴしゃりと言ってしまった。言葉を詰まらせた後、どことなくしょんぼりしたロベルトを見て、カリンにほんの少しの罪悪感が芽生えた。
しかしこの調子で話を聞いていては、今日の仕事が進まない。
「すまない。私が何を言いたいかというと……つまり、その、訓練したいんだ。君と、一緒に」
「訓練したい? わたしと一緒に?」
初めて聞く慣用句に、カリンは首を傾げた。
『あなたと共に夜の星を眺めたい』がベッドへの誘いなら、『あなたと共に訓練したい』は何の誘いなのだろう。
「……カリン嬢。この言葉に他意はない。どうかそのまま受け取ってくれないだろうか」
「あ、そうでしたか」
またてっきり、貴族特有の上品な言い回しかと思っていた。ロベルトは仕切り直すように咳払いして、話を続ける。
「君も私も後衛だろう? だからいざと言う時、二人で何か連携が取れたらと思ったんだ。いや、必ずしも一緒になる訳じゃないのは分かってるんだけど、君のような戦い方の魔法士は他に見たことがないから。だから、君にしか声をかけてないんだけど……どうかな?」
ロベルトは、今度はやたらと饒舌になった。やましいところのある人間は極端に無口になるか、饒舌になるかのどちらかだ。
カリンはロベルトが何かボロを出さないかと思って、じっと青い目を見つめた。
「本当に他意はないから! もちろん、君にとっても悪い話じゃないと思うよ」
「そうでしょうか?」
「もちろんだよ」
何と言っても青薔薇の騎士と名高いロベルト卿が相手なのだ。おそらく周りが黙ってはいないだろうし、平民の女と一緒にいることでロベルトに悪影響を与える可能性だってある。
とは言え、カリンは近衛騎士との――要は剣士との訓練に興味を持った。
今のやり方と言えば、カリンのような補助魔法士が身体強化を付与する、防御壁を張る。そうしたら剣士は敵に突っ込み剣を振るう。魔法士は剣士の後ろから各々攻撃魔法を放つ。それだけだ。
もちろん、敵に突っ込むにも魔法を放つにも、きちんと作戦は立てているけれど。
しかしそうではなくて、カリンが複数の魔法を組み合わせるように、剣士と魔法士の力も組み合わせることができたら。
作戦の幅は広がるだろうし、もっと効率的に、短時間で決着がつけられるかもしれない。危険な魔物相手に戦闘時間が短くなるだけでも、治癒魔法が間に合わなくて、ということが減る。
好奇心が揺れてきたカリンに、ロベルトがとどめを刺してきた。
「もし協力してもらえるなら、私から何か、君に贈り物を。宝石とか、甘いものは好きかな」
悩んでいたカリンは、この一言に頷いた。カリンは甘いものに目がなかった。




