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18話

 カリンの言葉に、ロベルトは分かりやすく安堵したようだった。しかしまたすぐ神妙な表情に戻り、でも、と続ける。


「私はカリンが好きだ。この気持ちは変えられそうにもない」


 カリンは言葉に詰まった。胸を見て言い寄られたことはあっても、カリン自身を好きと言われたことはない。何と返せばいいのか分からなかった。


「それは、その」

「……だからこのまま、君を好きでいさせてほしい」


 カリンより上背のあるはずの男が、カリンを見上げて懇願している――ような錯覚を覚えた。


「わ、わ、わたしは」

「うん」

「わたしは……甘いものが好きです」

「そう、だね?」

「私が砂糖を嫌いになれないのと同じだと思えば……しかたないものかと……」

「カリン……っ!」


 いつの間にかロベルトは喜々として距離を詰めて、カリンまであと二歩ほどのところにいた。それに気がついたカリンは、慌てて窓枠に足をかけ直した。


「カリン……?」

「しかたないですが、二人きりになるのはちょっと。それと、あまり近づきすぎないでほしいです」

「カ、カリン……」


 金の毛並みの大型犬がしょんぼり肩を落としながらも、きちんと後ろに下がってカリンと十分な距離を取った。そして、半開きの扉をものすごく嫌そうに開けた。

 隙間からアニエスがそっと顔を覗かせる。更には第四王子と、もうひとりの近衛騎士レイモンドまで。疑ってはいなかったものの、本当にいたのかと少し驚いた。


 カリンは窓の外に視線を向けた。はるか遠くに見える地面を眺めて、無理やり気恥ずかしさを落ち着ける。頬が熱い。きっと赤くなっているだろうこの顔を、誰にも見られたくなかった。


(ルブは、わたしのことが好き)


 カリンはこの日、それを事実として、ようやく受け止めることができたのだった。


 *


 ロベルトはカリンのことを好きだと言ったが、カリンの返事は求めなかった。

 強いて言うなら「このまま好きでいさせてほしい」と頼んできたくらいだ。そう言われてもどうしたらいいものか悩んだカリンだったが、すぐにどうでもよくなった。


「カリン、今日もお疲れさま。好きだよ、結婚して」

「お断りします」


 顔を合わせる度にこの調子なので、カリンは凪いだ心で拒否し続けている。それでもロベルトは毎回嬉しそうに笑っていた。無視されないだけで幸せなのだそうだ。

 ロベルトの幸福の沸点が低すぎて、カリンは少し心配になった。隣のベンチに腰掛ける男を見上げると、視線に気がついて麗しい笑顔を返してきた。幸せそうだ。


「どうした?」

「いえ……お茶が口に合っているかなと」

「美味しいよ。もしかして、カリンが淹れてくれた?」

「はい」

「愛してる。抱きしめたい」

「駄目です」


 あれ以来、訓練の様子が少し変わっている。


 より実践に近い訓練ができるよう、レイモンドとラビが加わった。

 その側には近衛騎士の護衛対象である第四王子もいる。いざという時に王子を守るための訓練に王子本人が参加するわけにもいかず、訓練場の片隅で筋力トレーニングを行っている。ひとりでの筋トレに飽きた王子は、いつの間にか見学のアニエスを巻き込んでいた。


 訓練は可動式岩人形を相手にしていた頃より動きが激しくなったので、こまめに休憩を挟んでいる。意外なことにレイモンドとラビは気が合うらしく、二人でベンチに座ってあれこれ話していた。


 カリンとロベルトもいつもの距離感で、休憩用に用意したお茶を飲みながら休んでいる。


「ところで、その痣のようなものはどうしたんですか?」

「え、見えてる?」


 カリンから見て右側の頬が少し赤くなっている。一部はほんのり紫がかっているようようだった。初めはなんともなかったはずなのだが、休憩中、ロベルトの顔を眺めていて気がついた。

 ロベルトの反応からして、本人は分かっていたのだろう。おそらく化粧か何かで隠していたものの、動いて汗をかいたせいで落ちてしまったらしい。


「殴られたんだとさ」


 ロベルトは曖昧に笑って、質問に答えようとしなかった。かわりに理由を説明したのは、側のベンチでラビと雑談していたはずのレイモンドだった。


「こいつなりに誠意を見せた結果だよ」

「レイモンド」

「いいじゃないか。もしかしたら見直してもらえるかもしれない」

「幻滅されるのが関の山です」


 咎めるロベルトを無視して、レイモンドはカリンの横に座った。ロベルトも一度しか座ったことのない、同じベンチの隣である。


「青薔薇の騎士の噂は知ってるだろ? あまり褒められない恋人が、何人かいたんだけど」

「はい」


 初めから知っていた噂なので驚きはしないが、やはり本当だったのだとカリンの表情が消えた。


「この愚かな男は女神の許しを得た後、その褒められない恋人たちの存在を思い出して、別れを告げに行った。穏便に進んだけど、最後のひとりが面白がって『痴情のもつれで相手の頬をひっぱたくのがやってみたかった』とロベルトの許可を得た上で殴ったらしい」

「へぇ……」

「そしたらさ、相手がうっかり指輪つけたまま殴ったらしくて。馬鹿だよなぁ」


 金属部分に当たったところが青あざになったそうだ。


「どう? 幻滅した?」

「事実として受け止めるだけです」


 カリンは努めて平然と答えた。カリンはこの話を聞いて幻滅することも、悲しむことも喜ぶこともない。ロベルトの気持ちに応えないのに、ロベルトの行動に一喜一憂することはしない。


 いつもの様子と変わらないカリンがカップのお茶を飲み干すのを見て、レイモンドは立ち上がった。


「さーて、訓練再開といきますか」


 聞き耳を立てながら冷静を装っていたロベルトは、レイモンドをひと睨みしてから剣を取り訓練場の中央へと戻った。後ろにラビが続く。

 王子とアニエスは相変わらず筋トレ中らしく、時折アニエスの弱々しい悲鳴が聞こえてきた。


「綺麗な見かけの割にクズな男だったけど、あいつはようやく出会えたんだ」


 誰に、とは聞けるはずがなかった。まるで独り言のようなレイモンドの言葉は、カリンにしか届いていなかったのだから。

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