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15話

 毒巨鳥討伐で怪我を負ったロベルトとの訓練が再開された日。カリンは、ロベルトの様子がどうにもおかしいことが気にかかっていた。

 口数が少なく、表情も固く、あまり視線を合わせようとしない。しかも、なんとなくよそよそしい気がする。


 体調はもういいのだと言っていた。その言葉通り、訓練が始まってからのロベルトは割ときびきび動いていた。いきなり飛ばしすぎるのもよくないと思い体を動かすのは程々にして、今後の課題などについて話し合ったが、その時はやはり変だった。


 妙な居心地の悪さを感じつつも訓練を終え、いつものようにお菓子を差し出される。

 カリンはもうお菓子目当てで訓練に参加している訳ではないのだが、やはり嬉しかった。甘味だけには勝てる気がしない。ありがたく受け取って、いつものベンチに腰掛けた。


「ルブ?」


 今まではロベルトもすぐに座っていた。カリンと同じベンチではなく、隣り合うベンチの端と端に座って一緒にお菓子の最初のひとつを食べるのだが、今日のロベルトは立ったままだった。


「座らないんですか?」

「……隣、座ってもいいかな」

「もちろんです」


 許可を求める必要などないし、今までもそんなことはなかったのに、一体どうしてしまったのか。やはり少しおかしいと訝しむカリンの隣に、ロベルトは座った。人ひとり通れる程度に間隔が空いた隣のベンチではなく、今カリンが座っているこのベンチの、カリンの隣に。


「と、隣ってそういう意味でしたか」

「うん」


 少々混乱する頭で、カリンはロベルトの体調不良を確定させた。

 今日は初めから表情が硬かったが、今はもう怖いくらいの無表情になっている。きっと表情も取り繕えず、取らなくてもいい許可をカリンに求めてしまうほど体調が悪いのだ。もっと早く気づいてあげるべきだった。


「ルブ、やっぱりまだ体調が戻ってないんですよ」

「違う」

「違いません。あれだけ血が出ていたんだから、すぐ本調子に戻らないのも当たり前です。早く戻って休みましょう」


 普段ならもらったお菓子の最初のひとつを二人で並んで食べるところだが、今はのんきにそんなことをしている場合ではない。カリンは開けようとしていたお菓子を紙袋にしまって立ち上がり、隣に座るロベルトも立ち上がらせようとした。


「同行できるところまでお送りします。立てますか?」


 なかなか立ち上がろうとしないロベルトに手を差し出す。背の高い成人男性でも、魔法を使えば運ぶのは難しくない。重量操作はカリンの得意とするものだ。

 そんなことを考えているうちに、ロベルトがようやくカリンの手を取った。


「本当に違うんだ」


 手を握ったまま、ロベルトがカリンを見上げた。手を取っただけでその場から動こうとしないロベルトが、呟くように言う。


「私は、君のことが好きなんだ」

「……え?」


 繋いだ手に、力が入る。カリンの右手がそれより大きい両手で包み込まれた。そのせいで、動くのが遅れた。


「初めて見たときからずっと好きだったんだ。だから、訓練に誘った……どうしても君に近づきたくて」

「なにを、言って……」


 血の気が引いた。掴まれた右手がだんだん冷たくなってくる。

 耳を塞ぎたいのに、目を閉じたいのに、体が動かなかった。


(嫌だ、何も言わないで)


 カリンの願いは届かず、熱にうかされたようにロベルトは続けた。


「好きだ、カリン。君のことが」

「やめてっ!」


 叫んだ瞬間、手の力が緩んだ。その隙にカリンは走り出した。

 怒りか、恐怖か、身体の震えが止まらなかった。


 *


『カリン!』


 一日の授業が終わり、寮に戻ろうとする少女を呼び止める声に振り向く。そこには同級生が立っていた。今年から同じクラスになった貴族階級の男子だ。高位貴族の長男で、誰にでも別け隔てなく優しく親切。時には同級生に勉強も教えてくれる優等生だった。


 彼は、こう言ってカリンを誘った。


『その……今夜、カリンと一緒に空の星を眺めたいんだけど、どう?』


 言われてカリンは思い出した。今日は流星群の夜だ。日中から天気がよく、大きな雲も近くにはない。天体観測日和なので、きっと他にも星を見に行く学友は多いだろう。


『いいですね。ご一緒します』

『本当か! じゃ、じゃあ夕食後に、地下資材室に来てほしい』

『地下資材室ですか? 分かりました』


 星を見るのに地下、という疑問は瞬時に消えた。地下資材室には星座盤や磁石、確か古い望遠鏡も置いてあったはずだ。まずはそれを取りに行くのだろう。

 同級生はそわそわした様子で立ち去った。流星群を見るのが楽しみらしい。


 カリンもめったにない機会に少し浮かれていた。夕食前に図書館へ行き、星座図鑑を借りてきた。そして約束通り地下資材室へ行くと、既に到着していた同級生に抱きしめられた。


『嬉しいよ』

『なっ、なに!?』

『一緒に夜空の星を眺めたいって。何度も言わせるなよ……お前だって、嫌じゃないからここに来てくれたんだろ』

『今日は流星群だから、ですよね?』


 戸惑ってばたつくカリンの言葉に、同級生は腕の力を緩めて笑った。


『ははっ、そうか、お前平民だもんな。知らないのか……そうか』

『なにが……』

『今夜一緒に空の星を眺めたい、ってのはな。貴族の間では夜を誘う言葉なの』


 同級生は、足元に落ちた本を拾い上げた。カリンが図書館で借りてきた星座図鑑だ。勉強を教えてくれる優等生の顔で少し頁をめくってから、図鑑を後ろに放り投げた。


『つまり、セックスしようって意味』

『待って、誤解です! わたしそんなこと知らなくて』

『そうみたいだな。でも、ここには誰も来ないよ』


 逃げようとするカリンを後ろから羽交い絞めるようにしながら、同級生の手がカリンの胸に触れた。それと同時に首筋に息がかかり、ぞわりと肌が粟立つ。


 カリンは周りの女子生徒と比べて、明らかに胸が大きい。そのせいで次第に周囲からの視線が増えてくることが、嫌で嫌で堪らなかった。

 胸を目立たせないよう猫背になろうとする度に、同性の同級生から『かえって悪目立ちするから、堂々と胸を張れ』と言われた。悪目立ちするならと、その言葉に従っていた。


(堂々と胸を張った結果が、これ……?)

 

 制服の上から胸を弄る手に、段々と遠慮がなくなってくる。恐怖と嫌悪でろくに身動きが取れず、カリンの目尻に涙が浮かんだ。


『なぁ、ずっとお前が気になってたんだ。俺の愛人にならないか?』


 彼には同じく貴族の婚約者がいる。彼女も同級生で、校内で一緒に昼食を取ったり、合同授業を並んで受けていたりと、仲がいい様子だった。それなのに、平気な顔で何を言っているのだろう。


『お前みたいな田舎育ちの平民が貴族の愛人になれるなら、悪くない話だろ?』


 後ろからリボンを解かれ、ボタンに手が掛けられようとした時――カリンは魔力を暴走させた。

 詠唱している暇はない。媒体の剣もなければ、構成を組んでいる余裕もない。もちろん、物理的な力でも敵わない。


 そうなればカリンにできる抵抗は、魔力を暴走させることだけだった。

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