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13話

 時は少し遡る。

 毒巨鳥討伐で怪我を負ったロベルトは、自宅療養を命じられていた。怪我は現場ですっかり治り、自分の足で歩いて帰ったものの、血を増やすまでは顔を出すなと王子に言われてしまったのだ。


 十日ほどまじめに養生し、今は机に向かい手紙を書いている。

 先程、往診に来た医師に「あと二日も休めばよし」とお墨付きをもらったばかりだ。それをカリンに知らせ、次の訓練の予定を決めておこうと思った。


 考えて便箋と封筒を選び、考えて文章を綴る。ほんの少しでも失敗すればぐしゃぐしゃに丸めて、くずかごに投げていた。


(もう失敗はしたくない)


 カリンに初めて話しかけた日から、ロベルトはずっと『失敗した』と思っていた。だが、何に失敗したのかが分からない。今も分からないまま、いつまでも頭のどこかに引っかかっている。


 青薔薇の騎士の誘いを断る相手などいなかった。ロベルト自身が、そういう相手しか選んでいなかったからだ。しかしカリンにはきっぱり断られた――これが失敗と言えば失敗なのだが、それだけではないような気がしていた。


 文章が気に入らないとか、字が上手く書けなかったとか、細かい理由で何枚か便箋を駄目にしてようやく納得のいくものを書き上げる。インクが乾くまで時間を置こうとペンを置いたところで、扉が叩かれた。


「ロベルト! 顔を見に来たぞ!」


 第四王子と、近衛騎士レイモンド・ガルシエだった。第四王子の護衛はレイモンドとロベルトの二人が務めている。

 レイモンドは部屋に入るなり、手にしていた籠をロベルトに差し出した。中を覗くと、大ぶりのオレンジがいくつも入っている。


「殿下からの見舞いの品だ」

「甘くて美味いぞ!」

「これは、ありがとうございます」


 親切なことに、皮を剥くための小刀も一緒になっている。

 レイモンドは勝手知ったる様子で部屋の奥へ進み、オレンジが入った籠を机の上に置いた。その時、机の端に置いてある手紙に目を留める。


「手紙を書いていたのか? 珍しいな」

「次の訓練日をカリン嬢に相談しようかと思いまして」

「カリン嬢というと、ロベルトが訓練とやらを行っている噂の相手ですよね、殿下」

「そうだ! なかなか気概のある娘なのだ!」


 気概のある娘――ロベルトはそれを聞いて、ふとあの日のことを思い出した。具体的には、止血のためにどこからともなく持ってきた布と、いつもとは違う……。


「胸もかなり大きかったな!」

「ほう。それはそれは……」

「……」


 痛みと貧血でぐったりとはしていたが、見たもの全て記憶に残っている。だからこそ考えないようにしていたのに、王子の飾らない言葉のせいでかなり具体的に思い出してしまった。

 しかも、レイモンドが目を細めてロベルトを凝視している。


「それならこの便箋、もう少し華美なものに変えた方がいいんじゃないか。文章も……ずいぶんとそっけないな。業務連絡でもあるまいし」

「間違いなく業務連絡なので、これでいいんです」


 勝手に手に取って読んでいるレイモンドから手紙を取り返す。確かに飾り気の全くない便箋に、要件のみを簡潔に綴ったものだが、()()()()()()()()()()()のだ。

 しかし、レイモンドだけではなくて王子まで、豆鉄砲を食らった鳩のような顔でロベルトを見ていた。


「どういうことだロベルト!」

「頭部も強打していたのでしょうか。殿下、今からでももう一度医師に見せた方が……」

「頭はかすってもいません」


 頭は一切打っていないが、何が言いたいのかは想像できた。瞬時に否定するつもりで構えていると、やはり想像通りの疑問が投げられる。


「カリン嬢とやらはお前の新しい恋人ではないのか?」

「違います」


 また二人は鳩の顔をした。実際にカリンを見たことのある王子までそのように思っていたのかと、ロベルトは少し心を痛めた。


 しかし、驚くのも理解はできる。

 今まで青薔薇の騎士の名をほしいままに、都合の良いように振る舞ってきた代償だ。今まではそれでよかった。何も困らなかった。

 褒められたものでないことは理解していたが、家のために結婚を強制される立場でもないので、一生気の赴くまま生きていくと思っていた。


(いや、確かに今もそう思っているはずなんだが……)


 ここ数ヶ月、複数人いる恋人たちとは会っていない。手紙が来ても返事をする気にならず、次第に封すら開けなくなった。ユリアナに満開の薔薇を送った後も、新しい恋人を補充していない。


 それより考えるのは、次の訓練でどう動くべきか。他にどんな連携が取れるか。どんなお菓子に喜ぶのか。どうしたらまた、あの黄金色の瞳を細めて笑ってくれるのか。


「お前が自分の意思で必要以上に関わっているのに、恋人じゃない女性だって?」

「恋人じゃないなら何なんだ!?」

「恋人は断られていますから、何と言われると」

「ことっ!?」


 最初にそのつもりで声をかけたのは間違いない。だが、悩む素振りもなく断られている。


「……青薔薇の騎士が敗戦したとはそれも一大事だが……断られたのになぜ……」


(なぜって、それは私も知りたい)


 真剣な顔で悩む護衛二人の横で、仁王立ちした王子がことのほか腹筋に力を込めて言った。


「分かったぞロベルト! お前はカリンのことを諦め切れんのだ!」

「なるほど」


 青薔薇の騎士に諦めるとか諦めないとかいう概念はない。今まで通り、当然のように頷いてもらえるものと思って声をかけたのに、まさかあんなにあっさり断られるとは想像もしていなかった。だから少し意地になっていたのではないかと言われたら、そうなのかもしれない。


 少し納得しかけたロベルトを無視して、王子は続けた。


「諦め切れないということは、つまりだな。ロベルト、お前はカリンに恋をしているのだ! 自覚がないようだがな!」


 部屋に響いた王子の声に、ロベルトの頭が一瞬で真っ白になった。そして空っぽになった頭で、おもむろに籠の中のオレンジを掴み取った。

 小刀でオレンジの皮を切ると、爽やかな柑橘の香りが広がった。皮を剥いて、見えてきた房を一つ取り分ける。そんな無意味な行動をして、ようやく落ち着いてきた頭で王子の言葉を反芻した。


「恋……?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 補充って言い方が遊び人オーラMAXでほんとこの人…!ってなりました(≖_≖) それにしてもそんなに考え抜いてお手紙書き直す時点で恋しかないよ…!!!それは!!恋!!(殿下よく言ってくれま…
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