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12話

「腕が疲れるから、早く受け取ってちょうだい」

「あっ、はい、ありがとうございます」


 カリンはおずおずと手紙を受け取った。土埃を軽く払って、懐にしまい込む。これでもう落とす心配はない。


「あ、あ、あたくし……用事を思い出してしまいましたわ!」

「あっ私も! アニエスさん、ごきげんよう!」


 絶句したまま二人の様子を見ていた雀たちは我に返ると、そそくさと立ち去った。残ったアニエスは、ぽつりと呟く。


「何あれ」

「ええと……」


 アニエスはどこから聞いていたのだろう。

 彼女たちが慌てて立ち去ったところを見るに、カリンの言ったことは図星だった。しかしそれをアニエスがどこまで認識しているのかも、どこからどこまで話を聞いていたのかも分からない。


 居心地が悪くなってたじろぐカリンを横目に、アニエスが言った。


「一応言っておくと、手紙が落ちた辺りから見聞きしていたわよ」

「はじめからですね。アニエスさんを引き合いに出すようなまねをしてすみませんでした」


 カリンもまさか、アニエス本人に聞かれているとは思っていなかったのだ。カリンとしては間違ったことを言ったつもりはないが、アニエスがどう思うかは分からない。

 しかし、カリンの心配は杞憂に終わった。


「いいのよ。勝手なことをされて少し困っていたところなの。わたくしの名前を免罪符だとでも思っているのよ。あなたがはっきり言ってくれるのを聞いていたら、なんだかすっきりしたわ」


 初めて見るアニエスの笑顔だった。いつも怒っているか、不機嫌か、遠征の時は泣きそうな顔をしていたのに、今は笑っている。カリンは「美人だな」と素直な感想を抱いた。


「それより、ちょうどよかった。あなたを探していたの」


 言いながら、アニエスはカリンを上から下まで眺めた。ふむ、と言って口元に手を当て、何かを考えているような素振りだ。


「今日もさらしを巻いてるの?」

「それは、はい」


 あの日のさらしは血と土埃で駄目になってしまったが、替えはたくさんある。夜寝るときだけは取っているものの、基本的には毎日、必ずさらしを巻いて過ごしていた。


「苦しくない?」

「もう慣れました」

「そう。それなら、今日仕事が終わったらうちに来てちょうだい」

「え?」


 急な話の方向転換についていけなかったカリンは間抜けな声を出した。微笑んでいたアニエスが、怪訝そうな表情に変わる。


「何か用事でもあって?」

「いえ、ないです」

「ならいいでしょ。仕事が終わったら、塔の入り口で待っていて。分かったわね?」


 カリンがぎこちなく頷いたのを見て、アニエスは満足そうに去っていった。


 *


 約束通り、仕事終わりにアニエスと合流したカリンは、揃いのお仕着せを着た二人の女性によって部屋の隅へと追い込まれていた。

 すでに楽な格好に着替え終えた部屋の主は、ソファに座ってゆったりと寛いでいる。


「お前たち、何をもたついているの? 早くやっておしまい」

「えっ、ま、えっ!?」


 戸惑うカリンに向かって四本の腕が伸びてくる。そして数分の後――カリンは、すっきりした胸元を見下ろしていた。


「どう? 上の姉様のお古だけど、結構いいでしょう? 姉も昔、胸の大きさを気にしていたの」

「……はい、とても」


 侍女の二人に身ぐるみ剥がされ、目を白黒させているうちに装着されたのはコルセットだった。腰を細く見せるためのものとは違い、胸まで覆う型のもので、幅広の肩紐でしっかりと胸を支えている。

 ぎゅっと紐を引っ張ると、カリンの大きいばかりの胸はコルセットに納まっていった。もちろん真っ平らではないが、上から服を着ると一般的な大きさに見える。


「こんなコルセットがあるなんて……さらしで巻くより早いし、見た目もすっきりしてます」

「そうね。今にして思うとあなた、寸胴で野暮ったかったわ」


 カリンとしては胸を抑えられてすっきりしていたつもりだったが、コルセットと比べると一目瞭然だった。さらしは布をぐるぐるに巻き付けるだけで『寄せる』も『上げる』もないので、アニエスが言う通りの寸胴体型にもなるだろう。


 このコルセットは胸も腰も覆っている。腰はそこまできつく締めていないのに、みごとに寸胴から脱していた。


「そのコルセットと同じものをもう二つ、カリンさんに差し上げるわ。毎日交換して使うのよ。さらしとは違って肌着の上から着るものだし、いいでしょ」

「よ、よくありませんアニエスさん。こんな高価そうなものはいただけません」


 今カリンが着けているものも、差し出された箱に綺麗に納まっているものも、いい生地にレースやフリルまで付いている。同じものを誂えようと思ったら、平民のカリンでは目を回す価格を提示されるに違いない。


「さっきも言った通りお古なのよ。今はもう使ってないの。だから遠慮する必要はないわ」

「でも、なんで……」


 カリンは自分がアニエスに嫌われているのだと思っていた。先日の遠征では偉そうなことを言ってしまったし、このような親切を受ける理由が分からない。実際、気に食わないとも言われている。


「あの日、わたくしに指摘したのがあなたで良かったって思ってるの」


 カリンの服を脱がし、コルセットを着せてくれた侍女たちはいつの間にか部屋から消えていた。そのかわりテーブルには新しい紅茶が二つと、お茶菓子が置かれている。促されてフカフカのソファに座ったカリンは、アニエスの続きの言葉を待つ。


「だって、あなたに対して素直に腹を立てられたんだもの。あの後少し叱られたけど、始末書は免れたしね」

「……なるほど?」


 確かに王子かロベルト、もしくは隊長に同じことを言われていたら、アニエスは上司から叱責の上、始末書を書かされてもおかしくなかった。同期のカリンに言われた段階ですぐに優先順位を正していたから、まだ大目に見られている。


 というのは嘘ではないのだろうが、理由としては少々弱い気がした。


「そ、それに今日のこともね! あなたのことを気に入らないと言ったのは、一旦取り消してあげるわ!」


 踏ん切りのつかない様子のカリンに業を煮やしたアニエスが、眉と目尻をつり上げて言った。髪の毛から覗く耳がほんのり赤くなっていることに気がついて、カリンは頷く。


「分かりました。ありがとうございます、アニエスさん」

「分かればいいのよ」


 その後カリンは紅茶とクッキーを堪能してから屋敷を出た。カリンの住まいである王宮の宿舎まで馬車で送ると言われたが、それは丁重に断った。


 この日のカリンは外の空気を吸いながら、ゆっくりと歩きたい気分だったのだ。

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