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「んじゃな和幸。おつかれ!」

「ああ。おつかれ」


 結局閉店後の締めの時間までずっと店で過ごしていた佐々木と駐車場で別れた私は、さっき暖機運転を始めたばかりの自分の車に乗り込んだ。店の従業員でもない佐々木にお疲れと言われるのは何だか妙な感覚だが、気分は決して悪くない。

 そして何気なくスマートフォンを手に取ると、サカナからのLINEの通知が来ていたことに気が付いた。

 いつ届いたものだろう。佐々木たちと話していて通知音に気付かなかったのかもしれない。しかし、連絡が取れない状況ではないようで、私はひとまず安堵した。新型コロナは若年層の重症化リスクが低いと言われているが、それでもやはり心配にはなるものだ。特に彼女は両親と同居しているらしいし。たとえば自分が十分に注意を払って感染を予防していても、家族が感染していたりすれば当然身辺が慌ただしくなるだろう。その点は両親と同居している私も同じである。

 職業柄、不特定多数の人間を接客しなければならない私の方が両親よりはるかに感染する可能性は高い。だが重症化リスクは真逆である。若年層では感染しても無症状のまま終わることも多いらしいが、年齢が上がるほど重症化リスクは高まる。私の家庭の場合、父は五十代で母は四十代なので極端にリスクが高まる年齢層ではないはずだが、父親は喫煙者だ。昨日亡くなった有名コメディアンがかつてヘビースモーカーであったことと新型コロナとの関連性も、ワイドショーでは盛んに取り沙汰されていた。


 いや、それより今はサカナからのLINEである。


『こんばんは。お疲れ様です』

『週末は色々忙しくて』

『返信できなくてごめんなさい』


 メッセージが届いていたのはつい一時間ほど前。ちょうど締め作業を始めたぐらいの時間帯だろうか。彼女にしては随分遅い時間のようにも思える。ともあれ、私はすぐに返信した。


『こんばんは。今は色々大変ですよね』

『余裕のあるときに返信してくれたら大丈夫ですよ』


 そのまま二、三分待っていたが既読はつかなかった。佐々木の車が一足先に駐車場を出ていくのが見える。佐々木の車は今時珍しいマニュアル車。軽自動車ではない、車高の低い車である。私は車に疎いのでよくわからないが、時折自慢しているのでそれなりに値の張る車なのではないだろうか。何度か車種を聞いたことがあるはずだが、数学の公式と同じですぐに忘れてしまう。

 私はスマホを助手席に放り投げ、暖機が終わった車のギアをパーキングからドライブに入れて、アクセルを踏み込んだ。


 市の中心街の国道沿い、しかも近くには繁華街もあるので、平年の三月末なら日付が変わってからもちらほらと通行人を目にするはずなのだが、今日は一人も見かけなかった。煌々と光る中央商店街のアーケードの明かりが、その物寂しさを更に引き立たせている。まるで真冬の深夜のような静けさである。

 道路の雪もすっかり溶けているので、多少スピードを出しても大丈夫。真っ暗な家に帰宅した私は、そそくさとシャワーを浴びて自分の部屋に戻った。新型コロナが流行し始めてから、家でもなるべく両親と話さないようにしている。もちろん飛沫感染のリスクを考慮してのことである。

 東京などの大都会と違って、田舎ではコミニュティの中であらゆる意味において人が占める割合が高い。大袈裟に言えば人がシステムでありインフラであり娯楽であったりする。そんな状態なので、たとえばもしこの集落の中で新型コロナの感染者が出たりしたら、噂はたちまち広がるだろう。隣近所、普段は仲良くやっているが、未知の疫病を持ち込んだとなると、その人間関係にも影響が出るかもしれない。だから神経質にならざるを得ないのだ。

 もっとも、感染拡大初期のワイドショーの報道やSNSを眺めている限り、感染者に対するバッシングは都会でもごく当たり前に行われていたようだが……。


 自分の部屋のまだ冷たい炬燵に足を突っ込んだ私は、流れるような動作でパソコンを立ち上げた。

 創作のスランプはまだ続いている。年が明けてもう四か月が過ぎようとしているのに、私はいまだに何を書けばいいかすらわからず、パソコンの前で頭を抱えてばかりだ。


 これはスランプなのだろうか。むしろこれこそが私の実力、限界なのではないか。

 今まではただただ思いつくままがむしゃらに書き続けていたが、冷静に振り返ると、むしろ去年までの私のほうが異常だったようにも思える。

 このまま、一文字も書けないまま私は終わってしまうかもしれない。最近はそんなことまで考えるようになった。いや、私一人だったら本当に筆を折っていた可能性はある。サカナという読者の存在を意識しているからこそ、私はまだワープロソフトを起動する意欲だけは失わずにいられるのだと思う。


 最近、私は『小説を書こう!』のサイトに投稿されている他のユーザーの作品に目を通すようになった。

 アカウントを作ってもう一年以上になるが、私はこれまで他のユーザーの作品をほとんど読んでこなかった。私の余暇時間は極めて限られている。アマチュア作家の作品を読むぐらいなら、書籍化されているプロの作家の作品を読んだ方がいい、そう思っていたからだ。『小説を書こう!』のアマチュア作家は本当に玉石混淆で、読むだけで頭痛がしてくるレベルのものも散見されるが、校正されている本はその点安心できる。

 だが、私自身の創作が行き詰ってみて初めて、同じ境遇にあるアマチュア作家がどんな作品を書いているのかに興味が湧いてきたのだ。


 とは言っても、『小説を書こう!』で幅を利かせている異世界ファンタジーには興味が湧かない。現実世界を舞台にして、キャラ萌えに傾倒しておらず、ある程度文章のレベルが高い作品。たった三つの条件を設けるだけでも、このサイトでは作品数がかなり絞られる。毎日無数に投稿される作品の中、サイトトップの『完結済みの連載小説』や『更新された連載小説』の欄から目的の作品を探し出すのは難しい。

 一応純文学やヒューマンドラマといったジャンルごとの検索はかけられるが、中身はファンタジーや悪役令嬢というものもあったりする。カテゴリーエラー、略してカテエラと呼ばれる作品である。好みの作品を探すだけでも一苦労なのだ。こんな状態の中で私の作品に辿り着いてくれたサカナには本当に頭が上がらない。


 探すのに疲れて面倒になったときは、エッセイのジャンルを漁ったりもする。

 エッセイだから小説ではないのだが、このジャンルには実に様々な内容のものが投稿されている。エッセイは大抵が短編だし、文章の巧拙もさほど気にならず気軽に読めるのがいい。投稿しているのはやはり大半が自身で創作も行っている作者で、『小説を書こう!』の現状に異議を唱える内容であったり、創作とは全く関係のない時事ネタだったりもする。


 しかし私が一番よく読むのは、創作上の悩みが綴られたエッセイだ。

 以前の私なら間違えてクリックすることすらなかっただろうが、実際自分がスランプに陥ってみると共感できる部分が多く、悩んでいるのが私だけではないのだと安心できる。共感なんかを心の拠り所にするのも情けない話ではあるが。

 それらの作品に対して、感想は苦手だから書いたことはないが、気に入ったものには評価のポイントを入れたりもする。他人の作品にポイントを入れるようになったのも、つい最近のことである。この日も私は日間のランキングに載っているエッセイをいくつか読み、共感できたものにはポイントを入れた。果たして次に小説を書けるのはいつになるだろうか。


 その後、サカナとは以前通りのペースでLINEが続いた。自撮りも一枚送られてきた。何の違和感もなかったはずだ。だが四月に入って数日経った頃、彼女からのLINEは突然途絶えた。

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