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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

逢瀬の餌場

作者: ウォーカー

 これは、深夜のコンビニへ買い物に出かけた、ある若い男の話。


 しんと静まり返った深夜の住宅街。

若い男が一人歩いている。

その若い男は深夜に空腹を覚え、

近所のコンビニエンスストアへ買い物に行く最中だった。

間もなくして、

人工的な光が溢れるコンビニエンスストアが視界に現れた。

自動ドアをくぐって真っ直ぐに食品売場へ向かう。

おにぎりやポテトチップスなど、

適当な食べ物と飲み物を買い物籠に放り込む。

疲れた表情の店員に買い物籠を渡し、会計を終えて外に出る。

そこでふと夜空を見上げて呟く。

「今夜は気分が良いから、散歩でもしながら帰るかな。」

その若い男は深夜の散歩を兼ねて、遠回りをして家まで帰ることにした。


 深夜の住宅街はすれ違う人影も無く。

暗い夜道を一人で歩いていると、この世界に自分しかいないような錯覚を覚える。

その若い男は深夜の孤独感を噛み締めながら、

家までの遠回りな帰り道を歩いていた。

そうして黙々と足を動かしていると、

やがて向かう先に公園があるのが見えてきた。

その公園は普段から人気が無く、

その若い男もあまり立ち寄ったことがない場所だった。

入口に差し掛かり、何気なくその内部を覗く。

その公園の内部は、

地面は荒れていて雑草が生え放題、

でこぼこして穴を埋めたような跡が点在していた。

住宅地によくある寂れた公園。

しかしそんな深夜の人気が無い公園に、

誰かがぽつんと佇んでいるのを見つけた。

「こんな深夜に人が立ってる。

 公園で生活してる人かな。」

深夜の公園に異質な人影を見つけて、その若い男が一人疑問を口にした

その人影は背中を向けて立っていて、顔は見えない。

しかし、公園の薄暗い街灯に照らされたその姿は、

高級そうな黒い帽子と洋服を身に着けていて、

公園で寝泊まりしているような様子は感じられない。

むしろ裕福な身形であるように感じられた。

その黒い服装の人影は、しゃがみ込んで器のようなものを幾つも並べている。

そうしていると気配を察したのか、人影がこちらに振り返った。

顔が見えてようやく人相が確認できる。

黒い服装の人影は、中年の女だった。

遠目からも分かる美しい顔には皺が少なく、

中年とは言ってもそれほど年を取ってはいないように見える。

その若い男と目が合うと、軽く会釈をしてきた。

慌ててその若い男も会釈をして返す。

思わず挨拶を返してしまったが、知り合いでは無さそうだった。

続けてその中年の女が落ち着いた声で話しかけてきた。

「こんばんは。

 こんな夜中に、驚かせてしまったかしら。」

首を軽く傾げて尋ねるその顔は、なんだか寂しそうな表情をしていた。

挨拶した手前、黙って通り過ぎるのも気が引ける。

その若い男も言葉を返した。

「いえ、そんなことは。

 それよりも、ここで何をしてるんですか。」

そう尋ねられて、その中年の女は微笑んで応えた。

「・・・餌をあげているんです。」

「餌?」

言われて見ると、

地面に並べられている器には肉や野菜などが盛られていた。

どうやら、野良猫か何かに餌をやっているところだったようだ。

丁度その時、公園の茂みから、

猫や狸のような小動物たちが顔を覗かせたところだった。

見知らぬその若い男がその場にいるにも関わらず、

小動物たちは躊躇なく餌を求めて近寄ってくる。

それから競うようにして、用意された餌をガツガツと食べ始めた。

中年の女がその背中を撫でながら説明を続ける。

「ここの公園には、餌に困った動物たちがたくさんいるんです。

 少し前にそれを見つけて、私、見ていられなくて。

 こうやって夜遅くに、餌をあげに通っているんです。

 ここの子たちは食欲旺盛で、餌を用意するのも大変なんですよ。」

そう言うとその中年の女は、口元に手を当てて上品に笑った。

その笑顔を見ていると、深夜なのに明るくなったように感じられた。

その若い男は少しの間、その中年の女に見惚れていた。

それから、取り繕うようにして話をする。

「この公園には毎日通っているんですか。

 それも深夜に。」

「ええ、そうです。

 たまには来られない日もありますけれど。

 都合で、この時間にしか来られなくて。」

「餌代はどうしてるんですか。」

「亡くなった主人が遺してくれた財産を切り崩して、なんとか工面してます。」

それを聞いてようやく気が付く。

上品に話すその中年の女の左の薬指には、銀の指輪がはめられていた。

・・・なんだ、結婚していたのか。

でも旦那が亡くなっているのなら、今は独り身ということか。

その若い男は心の中でそんな算段をしてしまった。

それからその若い男は、その中年の女としばしの会話を楽しんだ。


 それから数週間後。

またしてもその若い男は、

深夜にコンビニエンスストアまで買い物にやってきていた。

同じように食べ物や飲み物を買って、

それから家までの道のりを遠回りをして歩いていく。

目当てはもちろん、あの公園だった。

深夜の公園にいるかもしれない、あの中年の女に会いたかった。

しばらく忙しくしていて顔も見に行けなかったが、

ようやく今日は時間が取れたのだった。

あの中年の女のことを考えていると、散歩の足が無意識に早くなっていく。

そうしてすぐにあの公園の前に差し掛かった。

「あの人、今日もいてくれるだろうか。」

祈るようにして公園の中を覗く。

するとそこには、人影があった。

人影はあの時と同じように地面に器を並べていた。

その行動は数週間前に見た中年の女と同じ。

しかし、その様子は少し変化していた。

あの時は身形の良い服装をしていたはずだが、

今、その服装は古くくたびれたものになっていた。

それに、あの中年の女にしては痩せた印象を受ける。

もしかして別人だろうか。

躊躇している間に人影が振り返った。

こちらを見て、あの時と同じように会釈をしてくる。

服装が変わってはいるが、その人影は確かにあの中年の女だった。

しかし、その顔は頬はやせ細っていた。

やつれた様子で、それでも微笑んで話しかけてきた。

「こんばんは。

 今日もお散歩ですか。」

「はい、そうです。

 あなたはまた餌やりですか。

 ずいぶんと痩せたように見えますけど、大丈夫ですか。」

「心配してくれてありがとう。

 この時間にしかここに来られないせいで、ちょっと寝不足なの。

 それと、やっぱり餌代を工面するのが厳しくて。

 ごめんなさいね、こんな話をしてしまって。」

口元に手を当てて上品にはにかむその姿は、病的な魅力を感じさせる。

左手の薬指には相変わらず銀の指輪がはめられていた。

その若い男の胸が鈍く痛む。

その痛みを誤魔化すように、つい説教じみたことを口にしてしまう。

「餌やりもほどほどにした方が良いですよ。

 その様子じゃ、自分の食事も満足に用意していないんでしょう。

 あなたの体が心配だ。」

「ええそうね、ありがとう。」

その若い男の心中は、果たしてその中年の女に伝わっただろうか。

立ち話を終えて、その若い男は心配を抱えたままで家に帰っていった。


 そんなことがあってから。

その若い男の頭の中は、その中年の女のことで溢れていった。

できることなら様子を見に行きたかったが、

諸々忙しくてなかなか時間を取ることができない。

金銭的にも力になりたかったが、自分の生活すら厳しい有様だった。

どうすることもできず、悶々と一週間ほどが経過して。

その若い男はようやく時間を取ることが出来た。

そうして深夜。

今度はコンビニエンスストアには向かわず、真っ直ぐにあの公園に向かう。

しかしそこにはもう、あの中年の女の姿は無かった。

「おかしいな。

 大体いつもこの時間に、ここにいるはずなんだけど。

 今日はまだ来てないのかな。」

人気が無い公園の内部に入って周囲を探る。

すると、あの中年の女がいた辺りに、餌の器らしき残骸が散乱していた。

しゃがみ込んでその残骸を手に取ってみる。

器は傷んだり壊れたりしていて、しばらく使われていないことが伺えた。

「これ、餌の器だ。

 こんなにボロボロになって、しばらく使われて無かったみたいだ。

 あの人はしばらくここに来ていないということか。

 無理をして餌やりをするのを止めてくれたのか、

 それともまさか倒れたりしてないよな。」

中年の女が公園に来ていないと分かって、残念と安堵と不安が入り交じる。

どうしているのか確認したかったが、連絡先も知らないことに気が付いた。

もしかしたら、古くなった器が落ちているだけかもしれない。

しばらく待てば、今夜もあの中年の女が来るかもしれない。

そんなことをぐるぐると考えながら餌やりの器を弄んでいると、

公園の茂みから何やらゴソゴソと姿を現した。

それは、野良猫や狸のような小動物たちだった。

どうやら餌やりだと思ったらしい。

小動物たちは、か弱い足取りでその若い男の足元にやって来ると、

甘えるように体を擦り寄せてきた。

「餌が欲しいのか?仕方がないな。」

小動物たちは衰弱しているようで、

しばらく満足に餌を食べていないことが伺えた。

仕方がなく、その若い男は腰を上げると、

公園を出てコンビニエンスストアに向かった。

自動ドアが開くのももどかしく、早足に店内に足を踏み入れる。

店内をざっと見渡して、

小動物の餌になりそうな食べ物と飲み物を買い物籠に放り込む。

そうして餌を用意して、公園へと戻ってきた。

公園ではまだ小動物たちが餌を求めて彷徨っていた。

「ほら、餌を買ってきたよ。

 今あげるからな。」

コンビニエンスストアで買った缶詰などを開けて公園の地面に広げる。

すると公園の小動物たちは大喜びで餌にがっつき始めた。

そんなことがあって。

それ以来、中年の女が公園に姿を現すことはなく、

その若い男が代わって公園で餌やりをするようになった。


 その若い男が中年の女に代わって公園の餌やりをするようになって数週間。

その若い男は自分の寝食も惜しんで餌やりを続け、見る見る痩せ衰えていった。

日を追うに従って、頬が痩け体が痩せこけていく。

それでもその若い男は餌やりを止めなかった。

そうしていれば、いつかあの中年の女と逢えると思ったから。

痩せ衰えていくその若い男とは対称的に、

公園の小動物たちの食欲はすさまじく、

どんなにたくさんの餌を置いていっても、次の日には全て平らげられていた。

用意した餌が足りなかった時は、

小動物たちが公園の木や遊具の支柱を齧ったりしていた。

傍から見るその光景は薄恐ろしくもあった。

しかし、そんな生活にも限界がやってきた。

その若い男の有り金が尽きたのだ。


 その日、深夜。

その若い男は公園で最後の餌やりをしていた。

餌を求めて姿を現した小動物たちの背中を撫でながら、

その若い男は済まなそうに言葉を溢した。

「ごめんな。

 餌やりはこれで最後になりそうだ。

 もう金が無くなってしまって。

 自分の生活費も足りないくらいなんだ。」

その夜、その若い男が餌として持ってきたのは、猫の餌の缶詰が一缶だけ。

その若い男が有り金全てを出して買ってきたものだった。

そんな事情を知ってか知らずか、

小動物たちはいつものように公園に集まってきて、

なけなしの金で買った餌をあっという間に平らげてしまった。

餌が足りないらしく、木の枝や錆びたブランコの支柱などを齧り始めていた。

「ごめんな。それだけじゃ足りないよな。

 だけど・・・」

言い終わる前に、その若い男はよろめいて地面に倒れ込んでしまった。

もう何日もまともに食事を取っていなかったので、

動けなくなってしまったのだった。

うつ伏せになって地面に顔を突っ伏しながら口だけを動かす。

「・・・まずいな、体に力が入らない。」

そうしてその若い男が地面に突っ伏していると、

その周りに小動物たちが集まってきた。

くんくんと鼻を鳴らしてその若い男の様子を探ってくる。

「もしかして、心配してくれてるのか?」

その若い男はそう思ったのだが、しかしそれは違った。

すり寄ってきた小動物たちは、その小さな口を開けたかと思うと、

倒れているその若い男の腕や足に噛みつき始めた。

その若い男は驚いて弱々しい悲鳴をあげる。

「痛っ!何をするんだ。僕は餌じゃない。」

抵抗しようにも、体に力が入らない。

そうしている間も小動物たちに齧られ、手足の服がボロボロになっていく。

顕になった素肌に小動物たちがむしゃぶりつく。

皮膚が食い破られ肉がむしり取られていく。

露出した肉から血が溢れ出す。

そうしてその若い男が小動物に寄ってたかって齧られていると、

今度は、公園の地面が盛り上がって何かが顔を覗かせた。

地面から現れたのは、巨大なモグラのような生き物だった。

体はちょっとした乗用車ほどはありそうな大きさで、

その手には鋭い爪が伸びていた。

地面から姿を現した巨大モグラは、

禍々しい花弁のような鼻を使って辺りの様子を探り始めた。

そうしてその若い男の匂いを嗅ぎ分けると、

倒れているその若い男の方へと近付いてきた。

その若い男は動かない体で、その様子を見ていることしかできなかった。

「なんだあれは、モグラか?

 あんなに大きなモグラがこの公園にいただなんて。

 モグラは確か肉食のはずだ。

 早く逃げなければ・・」

小動物たちに齧られ血まみれになった手足を何とか動かそうともがく。

体を引きずって地面を少しずつ這うように移動していく。

しかしその行く手に、巨大モグラが立ちはだかった。

細長い鼻先の下にある、大きな口を開く。

小動物なら丸飲み出来そうな程の口には、びっしりと牙が生え揃っていた。

その大きな口で、その若い男の頭に襲いかかった。

頭を噛まれたその若い男は、びくんと体を痙攣させると、

だらりと全身の力が抜けて動かなくなった。

そうしてその若い男の体は、

巨大モグラの穴へと引きずり込まれていった。


 巨大モグラに頭を噛まれ、その若い男は体の自由を奪われた。

目と耳は辛うじて利くが体の自由は無い状態で、

真っ暗なモグラの穴の中を引きずられて運ばれていく。

「ここはモグラの穴の中か?

 僕、どうなるんだろう。」

その疑問も口が痺れて言葉にならない。

そうしてその若い男が土まみれにされて運ばれていったのは、

巨大モグラの穴の中にある、小さな倉庫のような空間だった。

果たしてその中はどうなっているのか、

体の自由が利かず真っ暗なモグラの穴の中では分からなかった。

目と鼻の先に何かの塊が置いてあって、異臭を放っているのだけは分かった。

「これは何だ?

 何かが置いてあるようだけど。」

動かない体に鞭を奮って手を伸ばすと、

塊の中に手を突っ込む形になった。

ぐじゃぐじゃとした柔らかい感触と、硬い芯の感触が入り交じる。

それは、巨大モグラが餌として集めた獲物の肉やら骨やらの寄せ集めだった。

先程から感じていた異臭は、死臭だったのだ。

この部屋は巨大モグラの食料庫なのだ。

自分も餌として捕まえられて、食料にされようとしている。

しかしその事実に気が付いても、その若い男は恐怖を感じなかった。

それとは逆に、頭の中に光明を見出していた。

もしここが巨大モグラの食料庫なら、きっとここにいるはずだ。

それを見つけ出さなければ。

その若い男は歯を食いしばって血肉の塊に挑んだ。

思い通りにならない手足で、血肉の塊の中を漁る。

爪の間に血肉が入り込む。

周囲の土に血が染み込んで伝わって、その若い男の顔を濡らしていく。

モグラの穴の中は酸素が少ないのか、

そんな格闘を続けているうちに、段々と息苦しくなってくる。

そうしてしばし苦闘して、やっと指先に目当ての感触を探り当てた。

その若い男が血肉の塊から掘り出したのは、指輪。

あの中年の女がしていた銀の指輪だった。

「・・・やっぱり、ここにいたんですね。

 道理でいくら待っても現れなかったわけだ。

 僕、心配してたんですよ。

 でも、やっと逢うことが出来た。」

しかし真っ暗なモグラの穴の中では、それを見ることが出来ない。

あるいは明かりがあったとしても、

その若い男にはもうそれを見ることは出来なかっただろうか。

薄れゆく意識の中で、

その若い男はようやく、その中年の女と再会して一緒になることができた。

巨大モグラの餌となって。



終わり。


 動物に餌をあげると懐かれて仲が良くなったように感じます。

でもそれは人間の感性での受け止め方で、

動物はただ餌をくれる相手として利用しているだけかもしれない。

そんなことを考えてこの話を作りました。


お読み頂きありがとうございました。


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