会えない君を迎えに行く
スイス白ワインとトリッパ〜
「だからね、フランス語で赤ちゃんはベベでしょ?そして日本語で服の事もベベっていうじゃん?そこを合体させてべべにべべ着せる!っみたいなインターナショナルギャグでお笑い芸人さんに弟子入り出来ないかな!?」
画面越しに気色満面でこんな事を言ってくる透子に健は合いの手を入れる。
「ゼンッゼン面白くない。小学生が溌剌と布団が吹っ飛んだ!とか言ってる方がまだ微笑ましくて笑える。」
「学生時代にね、ジンバブエ人の友達と話してた時にね!」
「話飛びすぎ!人の話を少しだけ!少しだけ!聞こうか⁉︎コミュニケーション…」
宥める健を歯にもかけず、橙子はワインを一口含んだ後、ニヤニヤと続ける。
「まぁまぁ、ケンケン!取り敢えず聞いて!」
俺が宥められる立場では一切、一切ないと思うけれど、これを言うと長くなるので黙って透子の先を促す。そうすると嬉々として透子が話し出す。
「ジンバブエの友達と名前の話になってね、アジア人はイングリッシュネーム使う人が大半なのに日本人は使わないねー、何で?って聞かれて付ける習慣がないし今後も付けないと思うよー。なんて話してたの。」
健は割と残り少なくない量の缶ビールを一気に飲み干す。そして剣呑に透子に尋ねる。
「それで?話の終着点は?」
透子は送られた視線を全く気にしてないかの如く続ける。
「名前談議の紆余曲折を下手、日本の最もスタンダードな名前はタロウとハナコって言ったらね、ジンバブエ人が爆笑したの。」
「透子…間違ってはいないけど曲解した情報を外国に流すなよ…」
「ケンケン、ドゥドゥドゥ!それでね、ハナコって響はジンバブエ人にとっては卑猥らしいの!卒業まで何度も意味を聞いたけど我が紳士淑女の友達は曖昧に笑って意味までは教えてくれなかったの。でも!卑猥な単語だって言うならハナコがハナコしちゃった!とかハナコがハナコってるとかを妄想で語るのってありかなって!」
「不覚にもそれは少しだけおもしろい。」
健はそう言いながら笑いを堪える様に失笑した。健を笑わせた事で気を良くした様に、透子は傍若無人に話を進める。
「アフリカの言葉って母音が結構多いし、種族毎の言語も多いから日本語と交えた駄洒落は意外と未知数だと思うの。」
透子は何故この年になってもそんなに爛々とした瞳と熱量で語れるのか健は不思議でならない。
透子がとんでもない事を言い出すなんてデフォルトで、さらにこうして意外と理論的な事を言うのも慣れに慣れた。
「透子が突然理論的に…」
ふふん!っと言いたげな透子を呆れながら眺め、健は諭す様に言う。
「透子、一つ確認けど、説明されながら聞くお笑いって面白いのか?」
俺の言葉に透子はハッとした様な顔をして少し落ち込んだ様な顔をする。別に本気で落ち込んでないのは分かっているし、これが我々の通常営業だ。透子の妄想話はこの辺で切り上げよう。そう思って話題遠変える。
「ところで透子、今日は何を飲んで食べてるの?」
多分意外と真剣に駄洒落について語っていた透子は、話題変更に不満なのだろう。小声で目指せラスベガス、ラスベガス……と言っていたのを聞かなかった事にした。
「今日はお気に入りの白ワイン、エイグルブランだよ。ケンケンも遊びに来た時気に入ってくれてたよね。それからおつまみは、何だか臓物が食べたい気分だったからハチノスのトリッパ、味染み込ませてるしもうホロホロよ!後は人参の千切りをオリーブオイルと和風出汁と潮で和えたサラダかな。」
透子が料理を画面越しに見やすく持ち上げて見せる。
「あぁ、スイスは白ワイン本当に美味しいよな。俺も初めて行ったときびっくりした。透子お薦めのエイグルブランはお土産でも評判いいよ。また飲みたいな。人参のサラダは食べた事あるけど、トリッパはまだ作ってもらってないな。」
「ハチノスのトリッパは最近初めて作ったからね。食べたことなかった料理だけど結構美味しく出来たよ。今度帰ったら作るよ。スイスの白ワインが美味しすぎてスイスに留まってる私としては宣伝したい様なしたくないような複雑な乙女心だわ。」
「乙女心の意味知ってる?まぁ、透子の料理は美味しいからね。楽しみが一つ増えた。」
呆れた様に健が問う。まともな回答は五回に一回あるかないか考えたくない確立。それでも透子は俺に嘘はつかない。会話で弄ばれてるとは思うけれど、約束したら守ってくれると知っている。だからハチノスのトリッパを作ってくれる未来に疑問は1ミリも感じない。
「ケンケンは何食べてるの?って言うかビール何本目⁉︎ごめんね!今日は私に合わせてもらったから今朝四時でしょう?」
そう、今の時期だと日本とスイスの時差は八時間日本が早い。順番に時間を合わせて俺と透子は画面越しに飲み会をしているけれど、時差の関係でどちらかは非日常的は時間の飲み会だ。今日は透子の夜時間に合わせたので、向こうは夜八時でこちらは朝の四時な事を気にしてるんだろう。傍若無人な透子はこういうところを気にするので、何でもないと言葉にはせずただただ当たり前の様に流した。
「透子との飲み会前に寝てたし今日は休みだから大丈夫だよ。食べる物はちょっと待ってな。」
そうして俺は昨夜コンビニで買ってきた品々を並べる。途端にお約束の様に透子が呻く。
「でた!伝家の宝刀!私が喉から手が出るいやむしろ脚が出るほど欲しているコンビニ食品あれこれで攻撃してくるなんて!毎回分かっているのに惨敗。無念。コンビニオデンタベタイ。いいもんいいもん!こっちはグルイエールチーズの塊りをクルクルしてお花にして食べるのを見せてやる!羨ましいだろう?」
そして又おバカな透子に諭す様に話す。
「透子、三年前にそっちに遊びに行った時俺もその器具を買ってるよね。なんなら透子が薦めてきたよね?そして未だにネット通販をしない透子ちゃんには分からないかもしれないけど、グルイエールチーズの塊はこっちでも手に入る。だから、少しだけ羨ましいだけだよ。」
最後のセリフに透子は一瞬動揺した様に瞳が動いた。ただ、すぐふて腐れた様子で意地悪…と呟いていた。
透子と俺は中高一貫校の中学一年の時に出会った。俺は、透子は成績は上位だし女の子らしい見た目から話しかけるのを戸惑わせる様に思えた。初めての中間試験の後、席替えをしたら俺は透子の真後ろの席になった。最初に屈託なく笑いながら話しかけてきたのは透子だった。
「宇都宮君だよね?私は真行寺透子。宜しくね。私前から宇都宮君と話してみたかったんだ。何というか違う小学校出身なのに同じ小学校出身みたいな感覚だったの!」
真っ直ぐにそんな事を言われると照れてしまってちょっとだけ格好つける様に頑張って言い返す。
「真行寺さん、宜しく。真行寺さんに期末は勝てる様に頑張るよ。」
そう、この時の席次は成績順。純粋に悔しかったのかもしれない。腐っても受験して入った一貫校で中一の最初の成績なんて意味はほとんどないと言えど、彼女より上に行きたかった。そんな気持ちを知ってか知らずか、透子は苦笑していた。
「いやー、中間試験とか実力考査なら、望むところを!って言えるんだけど、期末は体育の点数が入るし出席率も加味されるから宇都宮君の足元にも及ばないよ。」
「あれ?真行寺さん運動音痴なの?良い事知っちゃった!」
男女体育別なので彼女の身体能力を知らない。そして、そう言えば入学早々休んでたなと健は思い出した。そういう事ならフェアに六月にある実力考査で勝負しようと提案した。
「宇都宮君と⁉︎」
「何、勝てる気がしないって?」
「フフン。そんなやってみなけりゃわからないでしょ。私だって宇都宮君の頭の良さは理解してるし。お互い頑張りましょ!」
そう言って微笑む透子を見ていたくて健は関係ない話で会話を続けされる。
「お互い苗字が長いし下の名前です呼び合わない?俺は健でもあだ名でもいいよ。」
それを聞いた透子は嬉しそうにしたあとすぐに顔を若干曇らせた気がした。
「うちの親族はあんまり呼び捨てしなくて、従兄弟同士もちゃんくんづけなんだ。だから、いきなり、健って呼ぶのはハードルが高いからケンケンって呼んでいい?」
少しだけ恥ずかしそうな透子に「じゃあ俺もトーコって呼ぶよ。」と健が告げた。