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ぴっちぃのソーラーシステム大冒険  作者: 溟翠
サターンワッカアル(後編)
10/44

アレテーさんの祈り

 ぴっちぃたちとアレテーさんは約束どおり、お昼休みに芝生横のベンチで再会した。 


 アレテーさんは講義の間もずっと、このぬいぐるみたちのことを考えていた。

〈朝はいきなり空からくまさんたちが現れたからびっくりして頭ん中が真っ白になっちゃったけど、もしかして時計台の上から私を求めていた気配ってこのくまさんたちだったの? カッパとペンギンとベビー毛布もいたけど・・。でも私が感じていた気配はあんなガキっぽいのじゃなくて、もう少し成熟したもののようだったわ〉


 アレテーさんはみんなとベンチに座り、自分のお弁当を分けてやったが、ぬいぐるみたちが思いのほかよく食べるので、急きょ大学生協の売店へ走り、菓子パンや牛乳を買ってきた。

 その間にも、ぴっちぃたちは、通りかかる学生たちからジュースやおやつをちょこちょこ分けてもらっていた。


 サターンワッカアルのなかでも、この大学だけはやっぱり別世界みたいだ。学生さんたちはみんな純朴そうで親切だ。


 ぴっちぃは、これまでのいきさつや、とりわけソプロシュネちゃんのこと、彼女を救出して連れて帰るためにアレテーさんの徳が必要であることを、熱心に説明した。

 アレテーさんも熱心に耳を傾けてくれて、とうとう午後の講義をサボってしまった。


 アレテーさんのほうも、時計台の上から助けを求められているような気がして、ずっと気になっていた、と打ち明け、迷うことなく、自分が力になってあげたいと申し出た。

 あの〈気配〉の正体がようやくわかったし、自分が本当に必要とされていたこともわかった。

 そして、やはり自分にしかソプロシュネちゃんを救出することはできないだろう、という確信にも似た不思議な感覚が涌いてきていた。


「わかったわ。今から行きましょう。ソプロシュネちゃんのところへ」


〈正しい呪文〉をぴっちぃたちは知らない。

 ソプロシュネ本人も〈勇敢に正しい呪文を唱えてもらう〉ということしか知らないのだそうだ。

 呪文の文言は誰にもわからなかったのである。


 しかしアレテーさんには心当たりがあった。


 記憶のなかにひとつの情景があった。

〈呪文〉というのは、特定の文言というより、それを思い浮かべるとき、魂の奥から涌いてくる祈りの言葉ではないか。

 ・・・ある懐かしい情景。


 問題はアレテーさんがどうやってソプロシュネのところへ行けるかだ。時計台の制御室は鍵がかかっている。

 アレテーさんはそれでもできる限りソプロシュネに近づこうと、通常使用されている中では最上階の教授室のあるフロアまで昇っていった。

 その階からまだ一階ぶん非常階段が続いている。階段を昇りきったその先は屋上への出入り口だ。


 なんとこのドアが、内側からのみ鍵の開閉ができるようになっていた。

「ラッキー!」

 心のなかでガッツポーズをしたアレテーさんは、音がしないようにそっとサムターンキーを回し、静かにゆっくりドアを開け、屋上へ出た。


 そこは時計台の背後の位置にあたり、ぎりぎりまで離れれば頂上が見える。

 ぴっちぃたちはもーにに乗って頂上に着いていた。


 屋上にアレテーさんが現れたのを見つけると、みんなは大喜びで手を振った。アレテーさんもみんなに手を振り、それから時計台に向かってまっすぐ歩き始めた。

 直線距離でなるべく近いところまで歩いて立ち止まり、ほとんど垂直に頂上を見上げる。


 ソプロシュネのものと思しき芳香を、アレテーさんは嗅ぎ取った。


「やはり・・間違いないわ」

 予感は的中したのだと思った。


 アレテーさんは、指を組んで跪き、心を込めて、祈り・・・かどうかわからないけれど、大切に心にしまってある情景を手繰り寄せながら、ソプロシュネちゃんに言葉をかけた。


 アレテーさんの祈る姿は美しかった。

 人徳が滲み出るような透き通ったオーラを放ち、それは凛々しくもあった。


 数分間の祈り(?)の後、アレテーさんはもう一度、時計台を見上げ、優しく語りかけるように唱えた。

「ソープフロシュネーちゃん、あなたの帰るべき癒しの(たま)へ、さあ、お帰りなさい」


 次元を超越するようなソプロシュネの透明な輝きと芳香が、渦を巻きながら時計台を包み込み、それから、ぴっちぃのリュックのなかへキラキラと吸い込まれていった。

 物質ではないけれど、ソプロシュネの通った軌跡がダイヤモンドダストのように煌いて残り、その神々しさに圧倒されて、しばらくは誰も言葉も出ないほどだった。


 ぴっちぃ、かっぱっぱ、ぺん、それに石どんを乗せたもーにが、ゆっくりとアレテーさんのいる屋上まで降りてきた。


 みんな、なんだか心が洗われたような、真っさらな気持ちになり、〈ひとかけら〉の上等な価値を心にずっしりと抱きとめていた。


「アレテーさん、やったよ! ソプロシュネちゃんが解放されたんだ。ありがとう、アレテーさん。イヤシノタマノカケラのすごいパワーを感じちゃったよ。

 それから、アレテーさんの不思議なその力っていったい何なんだろう?」


「・・・〈イヤシノタマノカケラ〉・・私の故郷にも、・・あると思うの。たぶん」


 アレテーさんは、自分も確かめるように故郷の風景を思い出しながら、ぴっちぃたちに語る。

「私の実家はものすごい田舎なんだけど・・・」


 記憶の箱をひとつひとつ紐解くように、アレテーさんは故郷にある不思議なものについての話をした。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「それじゃあ、次はドワフプルトだね」

 アレテーさんの話を聞き終えたぺんが、ぴっちぃを見上げて言った。かっぱっぱと石どんも顔を見合わせて頷いた。


 もーにはふと思いついて、ジュピ田さんからもらった地図のコピーを出してみる。

 すると、地図には今度はドワフプルトへの道筋が顕われた。

 もーには、最初にこの地図を自分の(へり)にクリップで留めたときから、なんとなく、この地図がただものではないように感じていたのだった。

 みんなは黙ってもう一度大きく頷いた。



 アレテーさんの力でソプロシュネちゃんを連れ戻したぴっちぃたちは、その足で遊歩道から町役場へ向かい、シブッカーさんが仕事を終えて出てくるのを待った。


 次のイヤシノタマノカケラを探しに行くために、このサターンワッカアルともお別れだ。今夜もう一晩だけ、シブッカーさんちに泊めてもらおう。

 そして、お別れのごあいさつをしなければ・・。


 シブッカー嬢が役場を出ると、

「おつかれさまぁー!」

 元気な声とともに、三人が抱きついてきた。昨日のようにもーにも巻きついてきた。

「今日は迎えに来てくれたの?」

 シブッカー嬢のでかい顔の硬い表情が緩む。


 同僚たちは、シブッカー嬢の笑顔を見るのはほとんど初めてだった。彼女の思いがけない一面が垣間見えた。

〈笑うとけっこうかわいいじゃないか〉

 

 四人は手をつないで家路についた。もーにはそのままシブッカー嬢の肩に巻きついている。


 暖かくて愉快な帰り道。

 それは、四人で遊歩道を歩く最後の帰り道。


 道々、今日の出来事を聞かされたシブッカー嬢は、複雑な思いだった。

 ぴっちぃたちと出会ってからの三日間、とてもいい気分だった。

 とても楽しかったし、自分の存在が世の中とちゃんと繋がっているような安心感と責任感が心地よかった。

 そして意外に早く、この子たちのこの町での仕事は終わってしまった。もうさよならしなくてはならないのだ。


 部屋へ戻ると、ぴっちいは石さんたちに目で合図を送った。

 かっぱっぱはこっそりピースサインを、ぺんはウィンクを、石さんたちに送った。


〈うまくいったみてゃあだら。よかったがやー〉

 石たちも顔を見合わせてこっそり喜びあった。


 夕食はみんなでお鍋を囲む。

 昨日の残りの大根をぺんがまた一生懸命大根おろしにしてぽん酢に入れた。お肌にいいからと、ぴっちぃは骨つきの鶏肉や菊菜をたっぷりお鍋に入れた。

 三人とも、シブッカーさんの美容と健康を考え、シブッカーさんのために頑張った。


 たった三回目の夕食がお別れの晩餐になるなんてちょっと淋しいけれど、みんなの気持ちは前向きだった。


 ぴっちぃは今日のソプロシュネの一件で、イヤシノタマのひとかけらの尊さを知り、明日からまた続く次なる長い旅路を思い、決意を新たにしていた。


 かっぱっぱとぺんは、ぴっちぃほど長期的展望にまでは考えが及ばなかったが、シブッカーさんや石さんたちとの最後の夜を大切に過ごしたいと思っていた。


 寝る前にかっぱっぱとぺんは、シブッカーさんのために絵を描いてプレゼントした。

 絵の中心に、笑ってるシブッカーさん。肩にはもーにが巻きついてて、エスニックな装いだ。

 その周りにぴっちぃ、かっぱっぱ、ぺん。みんな笑っている。

 それから、みんなを囲んで踊るようにたっくさん描かれた小石たち。かっぱっぱが昨夜の石さんたちとのおしゃべりを思い出しながら、心を込めてひとつひとつの小石の絵に顔を描いた。

 ぴっちぃは字が書けるから、絵の隅っこにシブッカーさんへのメッセージを書き添えた。

〈笑門来福 大好きなひね子さんへ〉

 なかなかの達筆だ。


 シブッカー嬢はこの絵とメッセージに涙が出るほど感激した。

「すばらしい絵だわ。なんだが縁起がよさそうな絵ね。石たちにもまるで魂が宿っているみたい」


 石たちは一瞬どきり・・・。


「私ね、拾ってきた石を身の回りに置いてるでしょ。時々触ってみたり磨いてみたりするけど、たいがいはただ置いてるだけなのよね。でもね、この部屋にいると、なんだか石たちに見守られているような気がするのよ。この絵を見ているとますますそんな気がしてくるわ。心を元気にしてくれる絵だわ。みんな、ほんとにどうもありがとう」


 シブッカー嬢は、明日からもこの町で、この職場で、なんとか頑張ってやっていこう、というポジティブな気持ちになっていた。


 正直、自分でもかなりひねくれた性格だとは思っている。

 生まれつき九〇度、自分の努力不足で九〇度、サターンワッカアルで就職してから九〇度、合計二七〇度ねじ曲がってしまった感じのする根性に、自分でも手を焼いてしまうこともある。


 でも、ぴっちぃたちの純粋でひたむきな魂から注がれる素直な思いやりによって、そんな根性がきゅるきゅるっともう九〇度スライドし、最後のひとひねりをくらって正面に戻ってきたみたいだ。

 合計三六〇度、元どおりじゃなくて一回転してしまったけれど、それはそれでいい、なんかすっきりしたではないか。


 ダークな過去は変えられない。水底の泥は一生、消えてなくなることはないのだ。

 でも、沈殿した泥を心の底に持つからこそ、尊い上澄みのささやかな日常を、感謝して生きていこう。

 シブッカー嬢は決心した。


「明日からは自炊しよう」

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