09 西村唯の回想
西村唯のイチに対する第一印象は、ひとことで言うと「ムカつく奴」だ。
男子としてはやや長めの、尖りのある黒髪。
生きるもの全てを威嚇するような赤い眼光。
笑顔なんて想像もできない仏頂面。
見た目だけで言うなら、イチは近寄りにくい要素のオンパレードだ。
『■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■』
その上、イチは、いつも1人だった。
一緒に帰ろうと誘われることがないのは当たり前。
体育で2人組を作る時、いつもイチは1人であぶれる。
休み時間にクラスのみんなが友達同士でしゃべる中、イチは1人で教科書を取り出して次の授業の準備をする。
放課後になって友達同士がつるんで家に帰る中、イチだけはさっさと1人で家に帰ってしまう。
『オレは■■■とは■■。■■■■つもりはな■』
ある日、西村はイチに幼稚園時代の知り合いが学校にいない事を知った。
ゆえに西村はイチについて、学校生活のスタートダッシュに失敗したかわいそうな奴という人物像を立てた。
だがイチの普段の学校生活を見ていて、ふとイチと目が合った瞬間。
自分の立てた人物像が、完全に間違いだったと西村は悟る。
『オレはお前らとは違う。馴れ合うつもりはない』
イチの瞳がそう言っていると、西村は感じた。
他人を見下す目を日常的にしているのがイチという人間だと、西村は主観で判断した。
「あいつは、イチは、悪者だ。
クラスの空気を乱す、異物だ。
みんな一緒に仲良くやってくのを邪魔する、目ざわりな癌だ」
だからこいつには、なにをしてもいい。
心のどこかで、西村はそう思ったのだ。
* * *
ある日のこと。
ちょっとしたいたずら心から、西村は授業中に先生の目を盗んでイチに丸めた紙くずを投げつけた。
紙くずはイチの首筋に当たった。西村にとって面白いのはここからだ。
イチは誰のしわざかと、見当はずれの方向に視線をキョロキョロ向ける。
後ろ斜めにいる西村の仕業だとは、夢にも思っていないようだった。
「……ぷっ、くくく……」
あまりの間抜けさに、西村は可笑しくて噴き出してしまう。
えもしれない不思議な達成感が彼女の胸を焼き焦がした。
「…………けど」
なんとなく、西村は自分が後ろめたい事をしていると感じたのが気になった。
そこで後ほど、友人の寺内にさりげなく相談を持ち掛けてみると――
「らしくないっスよ、西村ちゃん」
「こら。《《ちゃん》》はやめろ、西村さんだ」
「いだだだだだ、ごめんなさい、つねるのやめて!」
西村が寺内のほっぺをつねるのを止めると、寺内は自分の考えを語りだした。
「えと、西村さんはあの赤川って奴を可哀そうだと思ったんスよね? いつも1人ぼっちで」
「……言われてみればそうかも」
寺内の言葉は、西村にとって納得できる響きがあった。
イチにムカついているのは、同情しているのと表裏一体かもしれない。
友達がいないのは辛い事のはずなのに、これで結構だと妥協するような態度が西村の癇に障ったのだろう。
「じゃあ、赤川はむしろ感謝してるんじゃないっスか? 西村さんが構っているからこそ、あいつはもう1人じゃないわけだし」
「そう? ……ふふふ、そうね」
寺内の言葉が、西村の心に染みわたる。
間違ったことなどやってない、むしろイチのために正しいことをしている。
そんな確信が、西村の全身に広がっていく。
「なにも後ろめたく思う必要なんかなかったんだ……!」
一人ぼっちのイチと、わざわざ仲良くして《《やっている》》。
これからももっと仲良くするのが、イチの為になる。
「そうっスよ! あ、どうせなら丸ノ内と日暮にも声を掛けましょう! みんなで赤川と遊んでやろうじゃないっスか!」
寺内の提案に西村が反対する理由は無い。
この経緯をもって、西村グループの4人は結成されたのだ。
* * *
寺内、丸ノ内、日暮、そして――西村。
この4人でイチにちょっかいをかける日々は、西村にとって本当に楽しかった。
人というものがこんなに楽しい遊び道具になるなんて、思いもしなかったのだ。
イチは何をしても無抵抗でいたから、西村たちはどんどん調子に乗って次々にイチで遊ぶネタを試していった。
上履きを隠すこと、画鋲を椅子に仕込むこと、昼休み中に寝ている所を後ろからつまようじで刺すこと、無理矢理宿題をやらせて楽すること。
使うネタが危険なものになるほどスリルが増していって、ネタが上手く行った時の達成感と、イチの反応を見た時の快感がクセになって…………。
とにかく、楽しかった。
西村は楽しかった。
イチと仲良く《《してやろう》》と頑張る自分に、酔った。
* * *
1年時代、11月中旬のある日。
流れが変わる出来事が起こる。
いつも通り西村が教室にてイチに宿題をやるよう《《お願い》》していた時のこと。
ある女子生徒が突然わいて出てきて、こんな事を言いだした。
「西村さん、いい加減にしなよ! 自分がされて嫌がることを人にしちゃ駄目!」
黒木綾香――綾香だ。
彼女は堂々と、西村たちのやっていることが間違っていると糾弾した。
『こいつはなにをいってるんだ?』
イチに宿題をやらせるのは西村たちの中じゃ当たり前なのに。
そもそもこれはイチと西村たちの問題であって、綾香が口出しする筋合いは無いのに。
「あなたはちょっとした悪ふざけのつもりでも、赤川君は傷ついてるのよ!」
『こいつはなに■■■■■をいってるんだ?』
自分のやっていることは何一つ間違っていない。
後ろ暗いことなんてなにもやっていない。
一人ぼっちになっているイチに、自分から構ってやってるだけだ。
「あなたたちも、いつまでこんなひどい事を続けるの! 間違ってるって本当はわかってるんでしょ!」
『こいつはなに《《余計なこと》》をいってるんだ!?』
自分は、イチのためになることをしている!
感謝されるいわれはあっても、責められる理由なんて無い!
「やり返さないから何をやってもいいとでも!? クラスの仲間を何だと思ってるの!?」
『うるさい!! お前のような部外者が、知った風な口を利くな!!』
違う。
本当は、西村は後ろめたさを感じていた。
綾香に自分の中で誤魔化してきたことを言い当てられ、西村は密かに逆ギレした。
なにもかもが思うように進んでいたところに突然綾香が糾弾してきて、西村はどうしようもなく腹が立った。
本来なら、ここで自分が今までしでかしたイチへのいじめを振り返り、謝罪しに行くのが正しい道なのだろう。
『覚えたわよ、あんたの面!! よくもあたしの楽しみを、邪魔してくれたな!!』
だが、退くことを知らない性を持つ西村は、自分の行動を省みる選択はしない。
そもそも理屈うんぬん以前に、イチを楽しく攻撃できればなんでも良かったのだ。
筋が通らなくても、論理が破綻していようと、いじめを楽しめればなんでもいい。
確かに、西村は後ろめたさを感じていた。感じては、いた。
だがそれも、《《背徳感》》でいじめをより楽しむスパイスでしかなかったのだ。
「……うざ」
短い呟きと共に、西村は綾香を敵と見なした。
それから数日後――相合い傘の絵の事件に繋がる。
* * *
自分の楽しみを邪魔する奴が、どんな目に遭うか?
その答えを西村は、綾香をつるし上げて報復することで示した。
綾香とイチの相合い傘の絵を黒板にでかでかと描き、綾香を徹底的にからかい、貶め、人間関係を破壊した。
「あはははは! そんなにイチの事が好きなら、パンツでもあげてやんなさいよ綾香ぁ! あはははは!」
綾香を嘲笑するクラスの生徒の中に混じって、西村も大いに笑った。
後に、イチの復讐を受ける事態になるとも知らずに。
* * *
その噂は、動画つきのSNS投稿から始まった。
『唐竹第一小学校の西村唯、丸ノ内竜、日暮慎二、寺内洋介は『犯罪者予備軍』だ』
犯罪者予備軍――それが、西村たちに掛けられた呪いの十字架。
噂が西村の知る所になった時には、すでに学校中に蔑称が定着していた。
学校内だけに留まらず、親同士のコミュニティに噂は広がり、近場の他校にも、下手したら市内全域まで。
ゴシップ狙いの記者に後をつけられた時には、さすがの西村も戦慄した。
悪意ある誰かが意図的に広めている――そう考えないと説明できないレベルで、不自然に速く、そして広く噂は拡散した。
犯人はイチだ。
証拠はない。だが、西村はそう確信した。
綾香のために復讐する奴がいるとしたら、あの時庇われたイチしかいないからだ。
だが西村がその考えに思いあたった時には手遅れだった。
西村を見る他人の目が、一気に変わっていた。
こいつには関わり合いにならない方がいいと、腫れ物扱いされるようになった。
拒絶の意思は雰囲気だけではなく行動としても現れた。
けっこうな数がいたはずの西村の友達が、こぞって絶交を言い渡したのだ。
今まで築き上げてきた地位が、保ち続けていたプライドが、西村の中で音を立てて崩れ落ちていった。
悲しかった。
悔しかった。
憎たらしかった。
ただ、西村にとって幸いなことに、わずかながら友人関係は残った。
丸ノ内と、日暮と、寺内の3人だ。
西村と「犯罪者予備軍」として一緒くたにされて、ひどい目に遭いながらも。
友達を、信頼を、学校での地位を失いながらも。
悪いのはイチだと、俺たちがあんなに仲良くしようと構ってやったのに裏切ったアイツだと、3人は西村を見捨てなかった。
だから西村は、自分のプライドを完全に失わずにすんだ。
「犯罪者予備軍」の蔑称が時間とともに忘れられるまで、耐え切った。
信頼する友達3人と、いつかイチに仕返ししてやろうと、もう一度立ち上がることができたのだ。
だが……すぐにイチに報復するのは保留という意見で全員一致した。
なんの勝算も無く手を出 には、イチがあまりに危険な人物だと思 らされたからだ。
だが、やら のまま黙っているなんて我 と寺内が言い出すと、日暮も丸ノ内も同意した。西村も同じ思い 。
妥協案とし 、イチのことを庇った を標的に った。
校の新入生が年々少なくなっている 。イチがSNSに たしたちを「凶悪ないじめ 犯罪者予備軍」として告 入学希望者 いたのだ。
西村は、1年当時 担 の先 た狩村先生を味方に引 。狩村先生 で教 の立場を悪く ら、 イチを恨んでいる 。
「なにを被害者面してんだ」
西村唯の回想は、イチの鉄拳によって砕け散った。
* * *
イチが西村に疑問を投げかける数秒前まで、時はさかのぼる。
「西村。オレは不思議に思っていることがあるんだよ。それも最近のことじゃないぞ。5年間、ずっと違和感があったんだ」
言葉を紡ぎながら、イチは壁際に追い詰めた西村と丸ノ内を観察する。
――なにか、おかしい。
隣の丸ノ内の怯えた顔に比べて、西村はほとんど無表情だ。
蒼白となった顔色こそ丸ノ内と同じだが、西村には感情が全く見えない。
一体何を考えている?
ふと、イチは西村と目が合う。
視線が絡み合う。
唇も、頬も、眉も、何一つ西村の表情に動きが無い。
彼女の瞳に光が無い。目の前の光景を見ているようで見ていない。
ふと、イチの脳裏に何か言葉が思い浮かびそうになる。
おそらく、西村は今……
『ごめんね赤川君、つまらない話に付き合わせて……じゃあね』
「――――ッッ!!」
……綾香の過去の言葉がフラッシュバックし、イチは歯を食いしばった。
強烈な嫌悪感に、身を震え上がらせた。
「今……オレはいったい、何をしようとした?」
《《敵》》である、西村唯に対して。
「冗談じゃない」
わきあがる激情に身を任せ、イチは爆ぜるように突進した。
「オレの力は、お前のような奴を助けるために、あるんじゃない!!」
明後日の方向を見る西村に向かって、
――ズドン!!
と、勢いを乗せた鉄拳で腹をぶち抜く!
「~~~~~~~ッッ!!」
西村は床に崩れ落ちた。唾液と涙が散りばめる。
苦悶が、過去の回想に浸っていた西村を現実に引き戻す。
「なにを被害者面してんだ」
イチは西村に告げた。
絶対に同情しないという自らへの戒めも込めた、自他共に逃げ道を奪う処刑宣告を。
イチに殴られる少し前、西村は逃げていた。
体ではなく、心が逃げていた。
「人の話を聞いてない」とは、まさに先ほどの死んだ目をした西村を指す言葉だ。
都合の悪い状況を、聞いているふりや見ているふりでやり過ごし、思考をゲームや漫画の思い出し笑いのような退屈しのぎで埋め尽くす。
いじめっ子が先生からの説教をやり過ごす常套手段だ。
西村は現実逃避することで、この場をやり過ごそうとした。
そのもくろみは、イチの拳によってあえなく粉砕される。
ただ、これはイチが狙ってやったことではない。
イチの鉄拳の意図は別にあった。
西村を殴る前、イチは綾香に彼女の名前を聞いた昨日の事を思い出した。
あの時、イチは悲しげに立ち去る綾香の背中を見て、天啓を得たのだ。
『今言わないと、もう二度と会えない』
そんな強烈な予感が働いたから、イチは綾香に話しかけ、互いに名前を呼び合うことができた。
あの予感が起きた時と似たような感覚が、西村に対しても起きかけた。
起きかけて、イチは猛烈な嫌悪感を感じた。
西村がどんな思いでイチと綾香をいじめていたかなんて、知るつもりなどないし、知りたくもないし、偶然知る可能性も許したくない。
綾香の時と同じような、直感で大切な事を感じる事態を、よりにもよって西村なんかに起きるだなんて虫唾がはしる。
「たとえ無意識であろうと、オレはお前なんかとわかりあいたくない。絶対にだ!!」
* * *
イチが西村にボディブローをおみまいした、すぐ後。
「やめろおおぉォ!!」
背後から丸ノ内が、太い腕をふりかぶって殴りかかってきた。
「来るなら叫ぶなよ……」
イチは体勢を半身にして丸ノ内の拳をかわし、彼の左足に鋭く足払い。
「ッ!」
重心を崩した丸ノ内はとっさに両腕で顔面をかばう。
イチが日暮に叩き込んだ《《爆発的》》な一撃が、丸ノ内に顔面狙いを警戒させる。
それを予期していたイチは丸ノ内の両脇を掴み、膝蹴りの金的をぶちかました!
「いッ!?」
激痛で丸ノ内は顔が歪むが、手を緩める理由にはならない。
丸ノ内の体格は西村グループ4人の中でトップ。気は抜けない。
股間を庇われる前に、イチは膝蹴り金的を連続で敢行する!
――ズドン、ズドン、ズドン!
「ぐッ!! ぶッ!! うぐ……おえッ……!!」
吐気をもよおした丸ノ内の目から、覇気が無くなった。
ガードが下半身に向かった所で、迷わずイチはとどめのアッパーを叩き込む。
「がふっ……」
顎を強打されて崩れ落ちる丸ノ内を残し、爆ぜるようにイチは横っ飛び。
放送室のドアへの道を塞ぎ、室内から逃げようとする西村に回り込む。
「ひっ……」
「逃がすわけないだろ」
足音が聞こえたので、イチは容易に西村の逃走を予想できた。
「いや、いやだ、来るんじゃないわよ!! 来るなあああ!!」
必死の形相で、西村はカッターナイフを振り回しはじめる。
彼女の大振りの腕を狙い、イチは右脚を一閃。
「――あ」
ハイキックを受けた右手からカッターナイフがすっぽ抜け、回転しながら廊下を滑って西村から離れていく。
頼みの綱の武器を失い、いよいよ追い詰められた西村は、
「いやだ、お願い、謝るから、ごめんなさい、本当にごめ」
必死の形相で、見苦しく今更の謝罪に出て、
「ッ……許すわけ、ないだろ!!」
表向き冷静に努めていたイチの怒りに油を注いだ。
憤慨に身を焦がし、イチは西村に拳を乱射する。
「お前だけは、絶対に許さない!」
返り血の飛沫の気持ち悪さも、反作用で自分の拳に返る手応えも、知った事かと言わんばかりに殴り続ける。
「言っただろ! 5年間、ずっと違和感があったって!」
殴り続ける。
「お前らがオレにしたいじめの処分から戻ってきてから、ずっとずっと不思議でしょうがなかったんだ!」
殴り続ける。
「あれだけオレと綾香を、苦しめて!」
殴り続ける。
「あれだけ、いじめの告発で恥を晒して!」
殴り続ける。
「その報いが、たった4ヶ月だけの、出席停止だけで終わりだと!?」
一旦拳を離して、力を思いっきり込めて、
「ふざけるなぁ!!!」
殺す気で、イチは西村を殴った。
殴った。殴った。殴った。
「お前ら何の反省もしてないだろ! なんでお前らは許されているんだ! なんでお前らは生きているんだ!」
西村グループの4人が反省していじめを二度としなかったら、4人がのうのうと生きることにイチはわずかでも納得できたかもしれない。
だが現実には、それは起こらなかった。
標的がイチから綾香に変わっただけで、4人はいじめを繰り返した。
人を人とも思わない悪魔の所業を繰り返し、反省もせず、悔やみもせず、顧みることもせず、罰を受けてもなお懲りず、遊び感覚で災厄をふり撒く。
西村唯、丸ノ内竜、日暮慎二、寺内洋介。
狩村先生の言葉を借りるなら、この4人こそが、まさしく。
『死んでも喜ぶ人しかいない奴』。
許しておく理由など。
見逃しておく理由など。
生かしておく理由など――!
「死んで当然なのは、お前らの方だろうがァ!!」
馬乗りになったイチの、西村の顔面への強打。
それを最後に、殴り続けていた手を一旦止める。
ぬるりと、鼻血が右拳にべたついてる。汚い。
今やろくに声も出せないほど、西村はボロボロだ。殴られていない場所なんて、どこにもないほど傷だらけ。
トレードマークの白いカチューシャが取れてしまっている。
顔の傷が特に深刻で、打撃痕と涙と血で酷い有り様。
女の子に与える仕打ちとしては地獄以下だ。
そんな彼女の姿に対し、イチは――
「お前だけは……お前だけは、絶対に許さない」
全く痛めつけ足りないと、判断した。
イチは西村の右腕を左手で掴むと、人体の可動範囲に逆らう形にひねって、固定する。
そのままイチは西村の右腕の関節を狙い、力を込めた右拳で思いっきり強打すると。
――ボキリと、何かが折れる音がした!!
「ぎ、あああああああああ!!!」
これまでで一番の、西村の激痛の叫び。
「むぅ? まだ意識があったのか」
しかし、まだイチは、全く痛めつけ足りないと判断する。
「暴れるな、骨が折れた程度でみっともない。お前が眼球を潰した綾香にくらべればマシだろ」
* * *
その後、イチは作業でもするように機械的に、西村の骨を折り続けた。
右腕の次は左腕。
その次は右脚。
その次は左脚。
関節が紫色に腫れあがり。
手足が曲がっていけない方向に曲がり。
人体の可動域を無視したオブジェが完成し。
激痛で西村の意識が途絶えた所で。
ようやく、本当にようやく、イチの怒気が緩んだ。
だが、全てが終わったわけではない。
今までの西村達たちを痛めつける行為は全て、ただの《《通過点》》だ。
「まだだ。まだ、《《とどめ》》を刺していない……!」
すでにイチは、西村グループ4人の命を奪うことを決意していた。
怒りを収めて、冷静を取り戻して、狭くなっていた視野が広がって。
失神して倒れる寺内と丸ノ内と日暮を見て。
ズタボロになった西村を目の当たりにして。
自分が何をしでかしたか再認識して、それでもなお。
イチは止まらない選択をしたのだ。
もはや西村たちへの恨み辛みは、死をもってでしか晴らせない所まで来ている。
綾香という一番の恩人を散々いじめで辱め、ついには彼女の左眼を奪い、先生をけしかけて自分の命をも狙った西村グループ。
彼ら4人にイチが情けをかける道理など、無い。
それに、今やこれはイチ自身だけのための戦いではない。
西村グループに苦しめられてきたのは、綾香とイチだけではない。
今回巻き込まれて傷ついた弓田もそうだ。
彼らのいじめへの対応に追われた教師陣も、ある意味被害者だ。
ただでさえ前科があるのにいじめを繰り返すような連中だ。西村たちを野放しにすれば、泣き寝入りするいじめられっ子が増えることは想像に難しくない。
彼ら4人を生かすことは、そんな最悪な未来を許すのと同じだ。
絶対にあってはならない。
「こいつらは、ここで片付ける……!」
物言わぬ西村の体を睨み、イチは殺意の道を往く覚悟を決めた。




