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04 漠然とした予感






 家路をたどる足取りが重い。

 頭の奥で綾香の寂しげな言葉が残り、イチの中で残留思念のようにループしている。


 無機質に感じるいつもの日々にくらべて、今日は内容が極めて濃い。聞き逃せない情報が今日という日に凝縮されていて、イチは自分の中で整理するのに気力をガッツリ使わされた。

 結果、イチは疲れた。


 このあたりの道がゴーストタウン化していなかったら、今頃イチは車に二・三度ひかれていたかもしれない――さすがにそれは大げさか。






 * * *






 一軒家の立ち並ぶ住宅地にある無人の自宅にたどり着くと、イチは作り置きしておいたカレーで手早く夕食を済ませた。

 両親は父母ともに仕事で海外にいる。一人暮らしを始めてから一度も顔をあわせていない。


 空腹を満たすと、体に染み付いた習慣で宿題と就寝の準備を済ませる。


 寝る前の筋トレは、今日は無しだ。

 話題合わせのネットも漫画も、今日は無しだ。

 格闘ゲーム(かくゲー)のネット対戦は……惜しいが、今日は無しだ。


 色々あって疲れたせいか、イチのやる気スイッチが機能停止している。


「………………」


 ベッドに入ると頭の中で今日の出来事が反芻され、イチは考察の迷宮に入った。


『赤川君。私ね、一週間後に転校するんだ』


 今日の綾香との会話の終盤、確かに彼女はこう言った。


 彼女の近況を考えると、納得のいく判断だ。


 学校に行くといじめられる。

 学校の先生もいじめっ子の味方。

 これでは、健全な学校生活を送ることは不可能だ。


 転校して環境そのものをリセットでもしない限りは。


 思えばイチのいじめの時も、今回の綾香の時も、学校側はいじめに対して対策を打つ様子が無かった。

 第三者による監視機関ができたという話も聞いていない。


 それどころか、綾香の話によると学校側はいじめの存在自体を否定し、いじめっ子側を擁護する方針まで取ってきたのだ。


 この問題について、学校はあてにならないと考えるべきだ。


「………………」


 転校という選択肢を綾香に与えてくれた彼女の両親には、敬意を表したい。

 引っ越しも転校手続きも手間と金がかかるだろうに、よくぞ決断してくれた。


 綾香が今の学校でどうしても学び続けたいというなら話は別だが、その可能性は無いと断言できる。


 西村グループからいじめを受けている時の綾香の表情は絶望そのものだった。今日イチと話したことが多少救いになったところで、転校が覆ることはあり得ないだろう。




 つまりもう、確定しているのだ。


 イチがV子と過ごせるのは――


 ようやく名前を知ることができた、かつてイチをいじめから庇ってくれたV字の前髪の女の子――


 黒木綾香(くろきあやか)と過ごせるのは、あと数日しかないということは。




「………………」


 ベッドの中でイチは考察を続けていく。




 いじめが行われる学校に綾香がいまだ通い続けるのは、転校までわずか1週間の辛抱というのもあるだろう。


 だがそれ以上に、ふざけたいじめなんかのために、学校で過ごす時間を不当に奪われることが嫌だというプライドもあるのかもしれない。


 たった一人でいじめに立ち向かった綾香の1年の時の勇敢さは、今でもイチの記憶に残っている。

 当時よりは弱っているかもしれないが、あの時の負けん気が彼女の中で完全にゼロになったとは考えづらい。


 綾香は戦っている。彼女なりのやり方で、いじめに抗っている。




「………………もし」


 ふと、イチは思ったことを呟いた。


「もし、オレが自分だけの力で解決できない問題に直面したら、オレはどうする……?」




 今回のいじめのケースで例えるなら。

 以前使ったSNS告発作戦のようなイチの対抗策が全て失敗して、いじめが悪化の一途をたどって、今の綾香のようにまいってしまったら。


 その上、教師たちに憎まれて学校も敵になって、誰の助けも借りられなくなったら。


 綾香は自分の力でいじめに対抗しきれなくなった。だからこそ両親に相談し、転校という結論を導いたのだろう。費用を出す両親の協力なくしてこの結論はありえない。


 だが、イチの家に親はいない。


 電話で話す程度はできるかもしれないが、それだけだ。


 幼少期のイチにほどこされた異常な教育のテーマは、“一人で生き抜くこと”。

 そのテーマの元凶である親が、いじめ問題を外国の仕事より優先するとは思えない。


 結局のところ、イチは孤独なのだ。どんなときも。

 いざというときに頼りになるのは自分だけ。

 これはイチの人生観の大前提である。


 イチが孤独を好むのは静かで心が落ち着くという他にも、今まで自分一人だけで超えられない問題にぶつかったことがないから、というのもあるだろう。


 だがもし、そんな致命的な問題がイチに降りかかったら?




 一人で背負うにはあまりにも大きすぎる難題、立ち向かうには力の差が大きすぎる敵に直面したら。その時、イチは――




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