16 その後の話
イチが病院で目を覚ましてから、3週間が経過しようとしていた。
現在に至るまでの過程を、人物ごとに整理してみよう。
イチが知る限りの情報によると――
* * *
葉月センジュ:
病室でイチに好き放題言った丸い白目の少年・センジュ。
彼がイチに名刺を渡した後の動向は不明。
ちなみに、名刺の裏にはセンジュから次の内容のメッセージが書かれていた。
『訓練校の推薦入試は定員になり次第〆切だ。なるはやで返事をくれると助かるぜ! わーっはっはっは!
PS:
自衛のため、異能は秘密にすること』
10月10日現在、イチの家には判断材料として請求した陣内自警団およびその訓練校の資料がすでに届いていた。
その資料を熟読して、それでもなお未だイチは、センジュの訓練校へのスカウトにどう返事するか決めかねている……。
* * *
弓田美優:
イチ・綾香・弓田の3人で、一番退院が早かったのが弓田だ。9月26日に退院した。
弓田の自己申告では、後遺症は無いとの事。
なによりである。
ただ、イチが個人的に気になった点が1つある。
退院前の挨拶のために弓田が病室に来た時、彼女の様子が少しおかしかったのだ。
現にイチが、
「何かオレに聞きたいことでもあるのか?」
と聞いた時も、弓田は
「う、ううん! 特に、何もないよ!」
と、手振りして取り繕った。
明らかになんでもなくない様子だ。
ただ、無理に聞き出す理由も特に無いため、イチはこれ以上の追究をしなかったが。
* * *
赤川桂一:
ご存知・あだ名はイチ。
情報源本人である。
イチ・綾香・弓田の3人でイチは2番目の退院となった。9月30日で退院である。
後遺症は、現時点では無し。
今後、しばらく通院して経過を見ることになる予定だ。
ところで――イチは入院中に刑事の訪問を受けた。
刑事いわく、放送室のいじめ事件を捜査しているとの事らしい。
事件関係者として事情聴取を受けたイチは、異能に関わるもの以外の事件情報を話せるだけ話した。
その見返りにイチは、今回の事件におけるイチと綾香の処遇についての刑事から話を聞き出すことができた。
だが。
未確定情報では、ある。
一人の刑事の、ただの見解だが。
「これじゃあ、綾香があまりに報われない……!」
綾香に前科がつくかもしれない――この未確定情報は、イチの胸を苛むのに十分な威力を持っていた。
どうして運命は綾香にばかり、理不尽を強いるのだろう。
今まで彼女はいじめで散々な目に遭ってきたのだ。
そろそろなんのケチもなく報われても良いではないか。
刑事は「なるべく良い方向に話が向かうよう善処する」とは言っていたが、それでもイチは不安だった。
ものすごく、不安だった。
やがて不安はイチの中で、タチの悪い別の感情に変貌した。
10月10日現在、イチは今――
* * *
「…………………………はぁ」
めっちゃ無気力になってた。
「………………………………」
抜け殻だ。
今のイチは空っぽだ。がらんどうだ。
表情に活気が全く無い。目が死んでる。
仰向けに寝ながら格闘ゲームの専用コントローラーを操作している。起きない。
「………………………………」
『キスク、WIN!』
「…………………………はぁ」
趣味の格ゲーに興じても、イチの気力は回復しない。
溜息しか出ない。
「………………………………」
自室に布団は敷きっぱなし。
食事に使った皿を洗わず放置。
パジャマから服を着替えていない。
寝ぐせボーボー、目やにがニタニタ。
「………………………………」
不安はイチの中で、タチの悪い別の感情に変貌した。
タチの悪い別の感情=ただの怠惰だ。
ダメ人間全開のめんどくさい星人。
『キスク、WIN!』
「…………………………はぁ」
怒涛の日々だった。
綾香が転校することを本人の口から聞いたことに始まり、放送室での死闘、弓田との仲直り、センジュの自警団訓練校へのスカウト、警察の事情聴取。
立ちはだかる難題を乗り切って、ようやく時間が空いて暇ができると、イチのやる気が休みをよこせとストライキを起こした。
というわけで燃え尽き症候群になったイチは現在、思いっきりだらけきっている。
「………………………………」
そうそう。
イチとって一番の重要人物にして、今回のいじめ事件のキーパーソン、黒木綾香についてだが――
* * *
黒木綾香:
消去法により、イチ・綾香・弓田の3人で綾香は一番最後の退院という事になる。
退院日は不明。
センジュ曰く、左眼が義眼になったらしい。
現在の動向は不明。
* * *
以上、イチが知っている情報はこれだけだ。
冗談抜きでこれだけだ。
わかっている事は、これだけなのである。
決してイチは綾香の動向を知る努力を怠ったわけではない。
イチは空き時間を可能な限り、綾香へのコンタクトを図ることに費やした。
まずイチは、病院内で綾香に会おうとした。
だが、面会謝絶となっていて会えなかった。
警察と自警団と家族以外の接触を、病院は全面的に禁じていた。イチが綾香の友人だと主張しても、病院の対応は変わらなかった。
次にイチは、学校で綾香との再会を図った。
だが綾香は学校に、影も形も見当たらなかった。
綾香の所属する6-Cクラスに足を運んで聞いた話だと、彼女は転校の手続きを終えたのでもう学校には来ないらしい。
最後に一縷の望みをかけ、イチは電話によるコンタクトを試みた。
学校は個人情報保護のために連絡網を配付していないので、故・狩村先生の代役教師にお願いして、綾香の家に電話をかけてもらった。
だがそれも無駄に終わった。
電話に誰も出なかったからだ。
それ以前に、綾香の家の電話がまともに機能していたかどうかも怪しい。
受信音が鳴らなかったのだ。
ツーツーツーと、電話が切れた時の音しか鳴らなかった。
以上、病院でも学校でもプライベートでも、イチは綾香に会う事はおろか、声を聞く事もできなかった。
『キスク、WIN!』
「…………………………はぁ」
9月15日、イチは放送室で西村たちと狩村先生の5人と死闘を繰り広げた。
全ては、黒木綾香のためだ。
綾香を守るために。
綾香の左眼を奪われて無傷の救出が叶わなくなっても、せめて彼女の遺恨を晴らすために。
小学1年時代、西村たちのいじめから庇ってくれた恩に報いるために。
「………………………………」
その肝心の綾香の動向が、わからない。
考えうる全ての手段を試して、それでもわからない。
わからないものは、わからない。
どうにもならない。
故に、悩んでいても仕方がない。
仕方がないが感情は納得できず、気は晴れない。
ならばと、気晴らしのために趣味の格闘ゲームに興じて、それでも気が晴れないから格闘ゲームを続けて、それでも気が晴れないから格闘ゲームを続けて、以下同文の無限ループ。
これがイチの現状である。
「………………………………」
このままじゃ駄目だ、という自覚はイチにある。
休む事、これ自体は悪くない。
疲弊した心身を回復するのに必要な行為だ。
だが、いつまでも休み続けて時間を無駄にするのは良くない。
時間を有用に使えば、人は努力に応じて成長できる。いざ、なにかしたいと心から思った時に身に着けた技術が役に立つ。
この事をイチは、幼少期に母から教わった喧嘩の勝ち方が、放送室の死闘で役立ったことで実感したばかりだ。
なのに体は、やる気ゼロ。ダメモード全開のまま動かない。
仰向けの体勢で格闘ゲームを遊び続け――
ピンポーン。
『キスク、LOSE!』
「……………………………ん」
インターホンの音だ。
「……くぅぅぅ~ッ……」
立ち上がり、両手を挙げて背筋を伸ばす。
流石に来客を無視して居留守を使うほど、イチは落ちぶれていなかった。
「はぁぁぁ~~い……」
ゆっくりと、正門ドアの前まで歩き、覗き穴を見る。
「…………え?」
黒木綾香が、そこにいた。
左眼に眼帯こそしているが、彼女が綾香だということはV字の前髪と黒いロングヘアーが物語っている。
あれだけ探し求めて、それでも会えなかった綾香が家に来て、
「…………あ!!」
自分の恰好を思い出して、イチは愕然とした。
パジャマ、寝癖、目やに。
スリーアウト、チェンジ。
「綾香、ちょっと待っててくれ! 準備する! 5分、いや3分だけ待っててくれ!」
一方的に伝えた後、身支度を整えるためにイチはドタドタと奔走していった。




