15 スカウト・後編
「……とりあえず……じんないじけいだん、って、なんだ?」
「ま、そこからだよな」
イチの疑問に、センジュは想定内とばかりに相槌を打つ。
「説明する前に確認しておくが、お前さんは自警団のことについてどれくらい知ってる?」
「まったく知らない。昨日の社会の授業で自警基礎法って法律を習ったことくらいか。自警団について興味を持ったこともない」
「ありゃ、事前知識ほぼゼロか。これは難しそうだ、わーっはっはっは!」
軽く高笑いするセンジュを、イチは無言で凝視して続きを促した。
「いいか、イチ。陣内自警団は、さっきお前さんが言った自警基礎法に則って存在を許された私兵組織だ。俺とお前さんのような異能力者を迎え入れてくれる居場所でもある」
「……組織の目的は? 自警団と言うからには、人々を守ることか?」
「それもあるが、メインの仕事は警察の領分を超える凶悪犯の対処だな。もっぱら今は、異能力者の犯罪者を相手取る場合が多い」
「ッ!」
軽い声色でセンジュが言い放った言葉に、イチはドキリとした。
もし、イチが放送室で西村たち4人を殺害していたら。
弓田が止めてくれなかったら――
「危なかったな~! もしお前さんが放送室の事件の犯人だったら、今ごろ俺の仕事が勧誘から戦闘に変わっていたところだ!」
「……む、戦闘? 逮捕じゃなくて?」
「わーっはっはっはっは!」
気になる所を捉えたイチだったが、センジュは高笑いを返すのみ。
答えないこと、歓迎されてないムードを感じ取り、イチは話の軌道を変える。
「センジュさん、オレを訓練校に勧誘する理由を聞いてもいいか? オレは特に陣内自警団に自己アピールした覚えはないんだが」
現時点でのセンジュとイチの共通点は、お互いに異能力者である事くらいだ。
ふたりは互いの人となりを知らない。
センジュがイチのなにに魅力を感じて勧誘したのかが謎だ。
「そりゃ、お前さんがウチの自警団を目指すべき才能と性格を持ってるからだ」
「……才能については、オレもセンジュさんと同様に異能を持っているから可能性は認める。だけど、性格は? オレは自分の性格が自警団向きとは思えない」
「西村とかいういじめっ子を殺そうとしたからか?」
「それに加えて、殺せなかったことを今でも後悔しているからだ! ……ッ」
イチはセンジュに向かって身を乗り出そうとしたが、できない。傷が痛む。
やむを得ず、病室のベッドに寝ころがりながら話を続ける。
「……弓田には感謝してるよ。彼女が止めてくれたから、オレは殺人を犯さずに済んだ。けど、もし過去に戻って同じ場面に出くわすとしたら、今度こそオレは西村たちを殺す!」
「わはは、穏やかじゃねーな。けど、いいのか? もしそんな事したら異能力者の犯罪者になって――」
「知ったことか! もうオレは西村のような人の皮をかぶった悪魔に、綺麗事だけで済ませようなんて思うことはできない!」
肘をベッドに立ててセンジュを睨み、イチは本心を吐露した。
「胸の奥で、ドス黒いものが燻ったまま消えないんだよ……。これは西村たちを殺せば消えていたんだろうが、肝心の西村たちはもういないんだ!」
なぜなら、綾香が殺したから。いじめられっ子がいじめっ子を殺したから。
最もいじめっ子を殺すのにふさわしい人物が殺したとなっては、イチには文句のつけようがなかった。内心の嫉妬をこらえるしかなかった。
「……ぶつける矛先を失った、憎しみってやつか?」
「違う。殺意だ」
言い換えを許さぬよう、イチはセンジュの言葉を訂正した。
「オレは、西村たちを殺したかったんだ。……もう遅いけどな」
とどめを刺して、殺人の罪を代わりに背負った綾香には悪いと思う。
それでもイチは、自分の手で西村たちを殺したかった。
「もう西村たちはいない。オレの殺意は処分する手段を失った。オレの根底にはドス黒いものが今でも残っていて、殺意が無尽蔵に湧くんだよ。オレは誰かを守りたいじゃなくて、誰かを殺したいんだ!」
「……おい、イチ」
「本心だ!!」
余計な慰めをねじ伏せるべく、イチはセンジュに一喝した。
一喝したあと、話し疲れてイチはベッドに寝ころがった。
「……そういうわけだから、自警団の訓練校へのスカウトは辞退する。オレのような歪んだ危険人物が行っていい場所とは思えない」
これで話は終わりだ――そう判断して、イチは眠るべく目を閉じた。
自分の人間性についてイチがセンジュに語った言葉に、嘘偽りは無い。ドン引きされようが、性根を疑われようが、本心は本心だ。
自分はイカレている――イチはそう思っていた。
だからなのか、直後に続いたセンジュの言葉はイチにとって不意打ちとなった。
「むしろ逆だ、イチ。今の話を聞いて、なおのことお前さんが欲しくなった!」
* * *
「お前さんがウチの訓練校へのスカウトを辞退する理由は主に性格面だな!」
センジュの軽薄な声色が、イチの鼓膜に響いてくる。
眠るために目を閉じているせいか、いつもより音が目立つような錯覚を覚える。
「今からこの俺・葉月センジュが、お前さん・赤川桂一の性格が陣内自警団に向いていると、きっちり説明して……イチ?」
だが、センジュが話す傍らで、イチはベッドで目を閉じたままだった。
すでにスカウトは拒否済みだ。その時点で、話の決着はすでについている。
ゆえに、イチがセンジュの話を聞いてやる義理など――
「エンバシラッ!」
「むぁっ!?」
耳元からセンジュに囁かれ、イチは飛び起きた!
「よし、起きたな。人の話はちゃんと聞こうな! わーっはっはっは!」
「なにするんだ!」
いたずらを受けたイチは当然、怒る。
「それじゃあ、話を続けようか。お前さんの性格が自警団に向いてる根拠だが――」
「知るか! 怪我人を大切にできない人は病室から出ていけ!」
「やなこった! 今に限っては俺がルールブックだ! わーっはっはっは!」
「――――ッ!」
めちゃくちゃなセンジュの主張に、イチは即決でナースコールのボタンを押した。
押した後で、イチは気付いた。
ナースコールの有線ケーブルが、ぱっくりと切られている! これでは、看護師を呼ぶことができない!
「その気になれば、携帯電話の電波も遮断できるんだが……そんなことはしたくない。俺はただ、話を聞いて欲しいだけだ」
「……わかったよ」
業腹だが、イチはセンジュの話を聞くことにした。
他の選択の余地を全部奪ってくることが容易に想像できたからだ……。
「まずイチ。お前さん、自分の人間性を『歪んでる』と言ったな?」
「ああ、そうだ」
「それは違うぞ。歪んでいる人間は、自分で自分を『歪んでる』なんて言わない!」
「むぅっ!?」
的を得ている。
正論すぎてイチはぐうの音も出なかった。
「イチ、お前さんは歪んでない。殴るべき人間と、そうじゃない人間の分別をちゃんとわきまえている」
「そんなことは……」
「そんなこと無いと言うなら、イチ。確認するがお前さん、放送室で一度でもその拳を弓田美優や黒木綾香に向けたか?」
「ッ、冗談じゃない! そんな事するわけないだろ!」
「だろ? つまりはそういうことだ」
図らずもセンジュの主張を自ら認めてしまい、イチは内心で舌打ちする。
完全にセンジュのペースの中にいる自覚に、だが、まだ負けを認めない。
イチの中の論陣は、完全に崩れきってはいないからだ。
「……だけど、オレの中の殺意は本物だ! オレは人を殺したい。この自分でもどうしようもなく歪んだ欲求だけは本物なんだ!!」
声高に、イチは自分のドス黒い部分をあけっぴろげにした。
殺人は、万国共通で許されざる悪徳だ。
それを起こしうる危険な感情、すなわち殺意を無尽蔵に抱えたイチは、とうてい自警団には――
「まさにそこなんだよ! お前さんの無尽蔵の殺意が、俺は欲しい!」
「……むああぁぁっ!?!?」
いよいよセンジュの言っていることがおかしくなってきて、イチは愕然。
「感情の強さは異能の力の強さに直結する。単純な話、お前さんは強くなれるんだよ! その無尽蔵な殺意で、戦闘力的に、めちゃくちゃ強くなるポテンシャルがお前さんにあるんだ。なら、スカウトしたいと俺が思うのは当然! わーっはっはっは!」
「そ、それが、さ、殺意なんて危険極まりない感情でもか!?」
「むしろ扱いに困る殺意を社会のために役立てるんなら、良いんじゃないか?」
「……そんな事、できるのか?」
「さぁ?」
「おいッ!」
肩をすくめるセンジュに、イチは短くツッコんだ。
「だけどまぁ、強い異能力者に需要があるのは間違いない。赤い雷事件が起きてから、裏社会を起点として怪物みてえな凶悪犯がゴロゴロ湧いて出てきたからな!」
「怪物って……大げさな」
「いや、これはマジだ。特殊部隊も狙撃手も一人で楽勝な戦闘力オバケが最近増えてな。ウチの上層部も、単独の戦闘力が高い駒が欲しいってぼやいてたよ」
「戦闘力……具体的にはどれぐらいの強さが必要で?」
「そうだなあ……う~ん……俺と同じくらい?」
「いやいや。会ったばかりの他人と同じなんて言われても」
「存在が核兵器なみの抑止力になるくらいだな!」
「無茶言うな!!」
親指を立ててとんでもないことをぬかしたセンジュに、イチは一喝。
「わーっはっはっは! まぁ、お前さんが強くなるうんぬんは俺の願望も入ってるから、そこは置いといていい。お前さんにとって陣内自警団の一番の魅力は、そこじゃないだろうからな」
「一番の魅力?」
センジュは腕を組み、丸い白目と共に意味深な笑みを浮かべると、
「イチ、お前さんは会ってみたくないか? 自分以外の、異能力者の仲間に!」
「――ッ!」
今までのどの言葉よりも、今のセンジュの発言はイチの琴線に響いた。
放送室の事件でイチは綾香をいじめから守れず、さらに弓田も巻き添えで傷ついてしまった。
責任を感じ、孤独の限界を痛感している今のイチに、対等な仲間を得られる機会はまさに渡りに船だ。
「イチは今まで、異能を使うヤツに会ったことはあるか?」
「……無い。センジュが初めてだ」
「だろうな。普通、異能力者は迫害を恐れて自分の異能を隠す傾向にあるから、異能力者同士が出会うことなんてめったに無い。ゆえに異能を扱うノウハウを他人と共有するチャンスも無い。独学で自分の異能との付き合い方を模索するしかない。……だがな」
センジュのひょうきんな笑みが一転、凄みを感じさせる闇が顔に浮かぶ。
「独学で異能を勉強するやつはたいてい、一人前になる前に消える。軽犯罪者やマフィアの鉄砲玉に身をやつすのはカワイイ方で、他国に拉致されて奴隷教育、いかれた科学者の実験動物、ひどい例だと培養液に脳髄を」
「もういい、大体わかった。これ以上は聞きたくない!」
胸糞悪さもろとも、イチは腕を振り払った。
「わーっはっはっは、まだイチにはキツイ話だったか。まぁそんなわけで、変わり者同士で徒党を組める陣内自警団の訓練校はマジでおススメ。変態を隠すなら変態の中だ!」
「少しは言い方を選んだらどうだ……」
「人間なんて一皮むけばどいつもこいつも変態だ! わーっはっはっは!」
高笑いするセンジュに頭を抱えつつも、イチは考える。
異能力者の居場所・陣内自警団の訓練校への誘い。
センジュの話を信じるなら、イチにとって願ってもない申し出ではある。
自分以外の異能力者に会ってノウハウを聞きに行けるのは、異能に目覚めたばかりのイチにとって無視できないメリットだ。
だが、いくらセンジュがフォローしたとはいっても、イチは自分の人間性が危険だという認識を撤回する気にはなれなかった。
それに、綾香と弓田との関係を転校でいきなり崩すのにも抵抗がある。続けるなら続ける、別れるなら別れるできっちり決着を着けたい。
「で、結局どうする? 陣内自警団の訓練校、来るか?」
改めてのセンジュの確認に、イチは頭を上げて、
「……即答はできない。ゆっくり考えてから、返事をしたい」
この場での結論は、保留に落ち着いた。
センジュはさほど驚かず、「そうか」とポツリと呟いて、
「返事が決まったら、この連絡先にコールを入れてくれればいい。……じゃなッ!」
名刺をイチの手元に投げたのを最後に、センジュは病室を去っていった。




