14 スカウト・前編
「肝心なことを聞いてなかった。オレは、どれくらい寝ていたんだ? 今日は何日だ?」
「9月19日だよ。事件があったのが15日だから、イチ君は4日の間寝ていたことになるね」
「その間、ニュースや新聞で今回のいじめ事件の事は言ってたか?」
「んー、特にそんな話は聞いてないけど……?」
「狩村先生と西村の会話を弓田が聞いたって、先生本人が言っていたんだが、それは本当か?」
「本当だよ。良く聞こえなかったから、内容全部を聞いたわけじゃないけどね」
「オレが放送室に行く途中で弓田は通せん坊したけど、その時オレに何か言いたいことがあったんじゃないか?」
「んー、そこ掘り返しちゃう? 恥ずかしいから、言いたくないや」
「弓田は時々西村のことを『唯ちー』って呼ぶ時があるけど、それってあだ名か?」
「んっ、そうだよ。西村さんからあだ名欲しいってリクエストされて、あたしが付けたの」
病室でイチが弓田と問答して時間を潰していくこと、数分。
――ガラッ。
引き戸が音を立てて開き、アホ毛のついたコミカルな顔の白目の少年が入室する。
センジュだ。
「失礼しまーす……おっと、邪魔しちゃったかな?」
「大丈夫です。オレから弓田に聞きたいことは大体聞けました。ありがとう、弓田」
「んっ、どういたしまして。……えっと、あたし、席を外そっか?」
弓田はイチとセンジュが2人で内緒の話をすると察したようだ。
イチは別に弓田にいてもらっても良かったが、センジュはそうでもなかった。
「察しがいいな、そうしてくれると助かるよ。今から俺がイチ君……この際、俺もそう呼ぼうか?」
センジュの呼び方に、ゾワリと、微妙な寒気がイチを襲う。
センジュとは対等な話し方の方がしっくり来るというか、畏まった言い方をさせたくない。気味が悪い。
「『君』はつけなくていい、イチでいい。センジュさんには君付けされたくない」
「OKッ! ……話が逸れたな。美優ちゃん、今から俺とイチが話すことは大事な事で、かつ秘密の事だ。申し訳ないけど、同席は許可できない。ごめん!」
頭を下げて退席を願い出るセンジュに、弓田は頷いて席を立つ。
「わかりました。それじゃあイチ君、あたしは自分の病室に行ってるから」
「ああ、またな」
軽い別れの挨拶の後、弓田は部屋の外に出て、引き戸を閉めた。
直後、イチは警戒のレベルを引き上げる。
「…………」
この男、センジュは只者じゃない。
ただの目撃者にしては、知っている事が多すぎる。
そもそも弓田がイチに伝えた事件の顛末は、センジュからの伝聞が情報源だ。
西村たちの身元や、寺内の行方不明をこの少年はどうやって知った?
今回のいじめ事件がマスメディアに流れたという話は、まだ聞いていない。となるとセンジュは、新聞やニュースに頼らずに、事件の詳細な情報を得たことになる。相応の立場やコネが無いと、そんなことは不可能だ。
身構えるイチに対し、センジュは――
「さて、イチ。お前さんは、不思議な力を持ってるな?」
イチの核心に、特大の爆弾を投下してきた。
「……言っている意味がわからないんだが」
とぼけた発言と仏頂面で誤魔化しつつも、イチの内心は大混乱だ。
なぜセンジュは赤電の力を知っている? 放送室で事件に居合わせた人しか見ていないはずなのに!
心を大いに揺らされながら、それでも動揺を匂わせなかったのはイチとして自画自賛を惜しまないファインプレーである。
だが今回は、残念ながら相手が悪かった。
「おっと、そういうとぼける展開は無しで頼むよ。時間の無駄だからな。俺もお前さんと同じ異能力者だからな。わかるんだよ」
直後。
センジュの周囲で、空気が陽炎のようにぐにゃりと歪んだ。
灰色の燐光がセンジュの胸を起点として溢れ出て、流れるように全身を包み込んだ。
イチは確信する。
目の前の男は間違いなく、イチの赤電と同質の力を持っている。
「こいつは、自分の力の流れを視覚的に理解するためのお勉強用スキルだが……俺がお前さんと同類であることの、名刺代わりにはなるだろ?」
フレンドリーなセンジュの一言一句に、嫌な汗がイチの背筋をつたう。
もはや、センジュが今のイチより強いことに疑いの余地は無い。
異能を取得したばかりのイチと、熟練者であろうセンジュとでは年季が違いすぎる。
「――――」
敵対しても損しかない。
そう判断したイチは、センジュの言い分を認めて頷いた。嫌々だが。
「おお! やっぱり俺とお前さんは仲間だな! ナカーマ! わっはっはっは!」
繰り返す。嫌々だが。
こんな馴れ馴れしい奴、かなり嫌だが。嫌々だが。
センジュは気安くイチの背中をべしべし叩いてくる。やめい。
「……ひとつ聞くが、なんでオレがセンジュさんの言う異能力者だって、わかるんだ? 普通の人と、なにか違いでもあるのか?」
とりあえず、イチは情報収集をすることにした。
センジュだけが知っていて、イチが知らない事が多いのは不利だ。
「ああ。なんとなくだよ!」
「…………」
ガッと拳を握り締めるセンジュを、イチはゴミを見る目で見た。
「いや、ふざけている訳じゃないぞ!?」
「…………むぅ」
手振りして言い訳するセンジュに、イチは顔を仏頂面に戻した。
「いいか、イチ。異能力者とそうでない奴を見分けるのは、五感だけじゃ無理なんだ」
「じゃあ、どうやって見分ける?」
「それこそ勘だよ。気配とか殺気とか、そういう歪みを感じ取る専門の訓練を積むんだ。なんとなくとしか言いようがないんだなー、これが! わーっはっはっは!」
「そうか……。それにしても異能力者って、ずいぶんそのまんまなネーミングを採用してるんだな」
「わかりやすさ重視だ! わーっはっはっは!」
言葉づかいはどうあれ、センジュはイチの質問に素直に答えてくれている。
優位な立場につけ込んで騙そうとしている訳ではなさそうに見える。
「それで? オレに異能力者だと認めさせた上で、センジュさんはオレになにを聞きたいんだ?」
「……確認するけど、放送室にあった大人1人と子供3人の遺体は、誰がやったか答えられるか? もちろん、言いたくないなら言わなくていい」
「なら言いたくない」
綾香の殺人の罪を密告するような真似を、イチはしたくない。
「遺体にあった傷の中にはナイフの刺し傷の他に、素手で殴ったと思われる打撃痕も見つかったんだ。とても強い力だ。直接的な死因じゃないとはいえ、かなりの身体的ダメージがあったはずだ。……そっちは、誰がやったんだ?」
そっち、を強調するセンジュの追究に、イチは内心で苦虫を噛み潰した。
全部お見通しだ、という意志が透けて見える。
こいつはやっぱり嫌な奴だ。
「オレだよ。本来ならあいつら、オレが殴り殺してやりたかったんだ。だけど殺せなかった。みっともない話だよ」
業腹だが、隠しても無駄なようなのでイチは正直に白状した。
西村唯、丸ノ内竜、日暮慎二の3人は、もう死んだ。
最大のいじめ被害者たる綾香の手で、見事に逆襲されたのだ。
イチから刃を届かせることは、もう永遠にできない。
殺したかったのに。
ぶっ殺してやりたかったのに。
「……黒木綾香ちゃんの為だね。どういう関係だったのか、聞いてもいいかい?」
「昔、ただ一人オレをいじめっ子から助けてくれた恩人で……そのいじめっ子が、今度は綾香をずっといじめ続けていたんだ」
最初の白状で心情まで吐露してしまったせいだろうか。
イチは口が回るのを止められない。
センジュは黙って聞いている。
「あともう少しで……もう少しで、綾香は学校から転校して、いじめっ子に二度と関わらずに済む筈だったのに! 本当に腹が立つ……!」
堰を切ったかのようとは、まさにこの事だ。
イチの口から言葉が溢れ出る。
センジュは聞き手に徹している。
「今の今まで綾香へのいじめに気付けなかった間抜けさ、みすみす綾香の左眼を奪われた弱さ、とどめには綾香に殺人の罪を背負わせた詰めの甘さ! 全てが最悪だ! なにもかもが最低だ!! オレは」
「ストップ!!」
自己嫌悪の演説をセンジュが止めた瞬間、イチは自分のミスに気付いてハッとした。
綾香が殺人の罪を背負ったことを言ってしまった!
たとえセンジュが既に知っているとしても、自分から言うべきではなかった!
口を押さえて失言を恥じるイチに、センジュは、
「これ以上、自分に責任転嫁するな。お前さんが殺意を向けるべき相手は自分自身ではない。断じてだ!」
――いつになく、真面目かつ強い口調で、イチに語り掛けてきた。
「この国にはな、よくいるんだよ。明らかに自分のせいじゃないのに自分を責めて泣き寝入りする、自己責任中毒者共がな!」
苛立ち混じりの声色で語られるセンジュの話。
その内容に、イチは泣いている――泣き寝入りする綾香の姿が思い浮かんだ。
「だが、仕方ない! たいていの場合、被害者は加害者より弱い立場だから、反撃しようにも倍返しされるのが怖くてできないんだ。一番憎い相手に手を出せない以上、自分を責める以外に選択の余地が無いんだ」
そうだ。
綾香も、今まで西村たちのいじめに手も足も出せなかった。
今回のように殺しでもしない限り、反撃しても西村たちはいじめを激しくするだけだったろう。
「だがな、イチ。お前さんは違う。お前さんの殺意の使い道は、もっといい方向に転がせるんだよ」
センジュは自身が羽織っている上着の、肩部分を指差した。
彼岸花を丸で囲ったエンブレムが刻まれている。
「改めて自己紹介しよう。俺の名は葉月センジュ。陣内自警団に籍を置く戦闘員だ」
聞き慣れない団体名を口にしながら、センジュは手を差し出すと、
「赤川桂一……陣内自警団の訓練校に来ないか?」
めちゃくちゃ怪しい笑みをうかべながら、勧誘の言葉をぬかしてきた。




