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月影の 山の端分けて

 

  月影の 山の分けて 隠れなば

  そむくうき世を われやながめ()



 つきかげ、と詠い出しから情景の美しさを想像できますね。


 しかもどんな月の、どんな影なのかを読み手にゆだねてくれるのです。こういう懐の広さは、男性の歌が持つ大雑把でいて読み手を選ぶ類のもの、だと思います。三日月の光を失った影の部分や、満月に照らされた誰かの影でも良いのですから。


 月が山の輪郭に隠れるという詠い出しは、今も見られる天体の理です。


 下の句は『僧侶になって捨てる世の中を、私は眺めて暮らすのだ』と続きます。これは長年仕えてくれた男性が、出家(しゅっけ)を思い立った様子をみて、その主が詠んだ短歌です。


 状況を今に当てはめると、親友みたいな部下を持った、上司でしょうか。


「俺、先輩の役には立てないみたいっす。かくなる上は、御仏におすがりするしか、ありません…………!」


 病んでますね。


 宗教に走る後輩は、持ちたくありません。しかし当時は、珍しくない話でした。家を捨てて僧侶になれば、貴族の争い事からは逃れられたのです。


 命あっての、なんとやら。


 この二人の場合、そんな風に茶化せない事情もあったのですが…………月影に込められた人物は、詠み手にとって影のように寄り添い生きた人でした。


 それを踏まえて『長く仕えてくれたお前が、私の手の届かない場所に行くと言うなら、この憂いある世間を嘆きながら暮らすだろう。眺めるしか出来ない、儚き私であることよ』となるのです。物悲しい。


 どこまでも暗い雰囲気の詠み手は、三条院となった天皇です。


 冷泉天皇の第二皇子でしたが、七歳で母を亡くします。それで後ろ盾も無くしました。しかし従弟が天皇になると、血筋を重んじられて皇太子にのぼります。


 ところが不運は、彼を見離しはしませんでした。


 三人いた妻の内、二人は早世。三十六歳でついに天皇に即位します。そこで新に妃を迎えるのですが、彼は長年連れ添った妃を愛して、権力者との結びつきに大きな溝を生みました。やがて目の病を患うと、この年と翌年に相次いで宮城が焼失する大火災に見舞われます。徳のない天皇だと、世論は冷たくなりました。


 仏に縋りたくもなりますね。


 退位後は出家しますが、僅か二ヶ月で崩御。四十二歳の若さでした。

 

 

 

―――――――――――――――深読み篇

 

 

 

 新古今和歌集 巻第十六 ぞうの歌 上


 皇太子であった時 少納言 藤原統理(むねまさ)が年久しく馴れてお仕えしていたが、出家しそうな様子に、思い立ったのを御覧になって 三条院御歌


  月影の 山の分けて 隠れなば

  そむくうき世を われやながめ()

 

 

 目を病んでいた歌い手に、月は見えたのでしょうか。見えていたのは影だけかもしれません。そして盲目は、早く出家したいが為についた嘘、だとも言われます。今となっては、どれが事実か知り得ようもありませんが。


 では歌を分解していきましょう。


 月というのは男性を示すキーであり、影は姿を表します。


 歌の前書き通り、藤原統理を月影と詠んだのでしょう。山の端は二つの意味を持ちますが、ここでは『果てしなく続いている』と取ります。


 端の字で『身体の先端』的な予感をした方は、古今和歌集の良さが分かって来ましたね?


 新古今和歌集は、歌の多面性を重んじた古今和歌集と違い、時の流れや心の動きを重んじて選ばれました。この歌は尊い身分であった男の苦悩や苦痛、儚さをもってぞうの歌というジャンルに納められたのです。


 藤原統理に『果てなく続くと思っていた関係を二つに裂いて、出家するのか』と、沈む月に喩えてなじっているのですね。そむく、にはたくさん意味があるので結句を見ます。


 われ、とは『我』と書き、一つにしか訳せません。


 マ行下二段活用のながめ。これは『景色のナガメ(見える方)、ぼんやりと物悲しい無情のナガメ(見えない方)、期間の変わらない時間的なナガメ』と三つ意味を持ちますが、歌の終わりは強い意志です。深読みするなら『私に終わりなど来ないのだ』と、心理的な長さになります。


 では「そむくうき世を」に戻りましょう。


 普通に訳して『背中を向ける俗世』とし、身分を考慮して『目を背けるのは私の治世が苦しいからか』と、まだ責めます。『浮かれた世の中は見ていられないか』とも取れますね。


 どれほど傍へ、と望んだのかが窺えます。


 最高位の身分にありながら、あったがゆえに、行くなと言えない苦悩がなんと生々しいことか。

 

 

 

 

 

 

酷いの(誉め言葉)が続きましたので、壮絶なのを挿んでお茶を濁す所存です。

 

 

 

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