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うたた寝に 恋しき人を


  うたた寝に 恋しき人を 見てしより

  夢てふ(ちょう)ものを 頼みそめてき



 小野小町が詠んだ、有名な歌です。教科書に載る事もあるので、訳は要らないかもしれませんが『うたた寝に好きな人が出て来てから、夢というものを頼りにし始めました』と、儚く女性的に言っているのです。


 編纂へんさん者は現代語訳の一説に、小町の事を、こう書き残しています。


「昔話に出てくる衣通姫そとおりひめの流れをくんでいる。感動させるのは、強く言うからではない。良い女性が悩めるところにある。歌に力強さがないのは、女のものだからだろう」


 衣通姫というのは、日本神話に出てくる女神様ですね。美しさのあまり、その輝きは衣を透けてしまうとか。要するに、男を惑わすという比喩なのです。小町の短歌は、男性をくらっとさせる魔力があったのでしょう。


 見て()()()なんて、今でも可愛いと思いませんか?


 ここで少し掘り下げます。


 小町がうたた寝に見た相手は、誰だったのでしょう。恋しきというのだから、男性ですね。そこで古今和歌集を開きますと、この歌は三首一組となっている事が分かります。因みに、うたた寝は二番目です。早速、前後の二首を見てみましょう。


  思ひつつ ()ればや人の 見えつら()

  夢と知りせば さめざらましを


  いとせめて 恋しき時は ぬばたま

  夜の衣を かへしてぞ着る


 三つを繋げて訳すなら『貴方を思って寝たから、見えたのでしょう。夢だと知っていれば起きませんでした。それからというもの、夢というものを頼りにしています。とても恋しい夜は、夢でも会えるようにと夜の衣を裏返し、まじないにすら縋りますのよ』と、いうところ。


 昼も夜も、熱烈に逢いたくて恋しいのですね。こんな風に女性から求められたら、くらくらするのは仕方ないかもしれません。


 しかし彼女は衣通姫とまで言われた女性。


 衣が透けて、艶めかしい身体が透けて見えるようだと、そう男性に言わせた歌仙なのです。

 

 

 

―――――――――――――――深読み篇

 

 

 

 古今和歌集 巻第十二 恋の歌 二

 題知らず 小野小町


  思ひつつ ()ればや人の 見えつら()

  夢と知りせば さめざらましを


  うたた寝に 恋しき人を 見てしより

  夢てふ(ちょう)ものを 頼みそめてき


  いとせめて 恋しき時は ぬばたま

  夜の衣を かへしてぞ着る



 まず注目するのは、寝るという文字のルビです。


 何故「ね」では無いのでしょうか。それはこの歌が本来、そう読まれるべくして作られたから、とも言えるでしょう。思って()()()なんて、直接的には書きません。


 お手紙ですもの。


 しかもそんな状態で、起きていられなくなるとは。あらあら。出だしから思い人を煽っています。


 けれども、駆け引き上手な歌姫です。『夢の貴方を頼りにするから、現実の貴方はもう知らないわ』とツンと突き放して二首目を挿む才能。今すぐ会いに行かねばと思わせます。


 三首目は冒頭から『とてもとっても、すごくそうなの』と感情的に歌います。


 貴方が恋しいと。


 射干玉ぬばたまというのは枕詞まくらことばで、ここでは夜へと掛かる修辞です。その夜がどれくらい射干玉なのかを表しています。ざっくり言うなら、黒くて暗くて、真っ暗という意味ですね。黒いパジャマを裏返して着て、あなたの夢を見られるようにと願掛けします、と歌うわけです。セクシー。


 ジワリますよね。


 どうしてって、真っ暗で何も見えない夜に、何も起きないと思います?


 ヌバタマというのは、黒い種子という側面もありました。おせちの黒豆とでも思って下さい。そこはかとなく(性的な意味で)男の影をちらつかせているのです。しかも彼女は暗くて見えない夜に、パジャマを脱いで(裸になって)裏返して着る、と宣言する。


 恋しさのあまり、昼でも我慢できない女性が、無防備にしどけなく…………ゴクリですね。しかもそばに、飢えた男が居たりしたら。急に緊迫した展開に!


 すぐに駆け付けるから、戸締りしっかりしてって、思います。


 当時、女性は自由に男性の元へ行くことが出来ませんでした。言葉巧みに誘って、来てもらうしかありません。それにしても、上手いの一言に尽きますね。


 うたた寝に 恋しき人を見てしより。


 この歌の奇跡的な健全さにも、脱帽です。




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