春風は 花のあたりを
春風は 花のあたりを よきて吹け
心づからや 移ろふと見む
男性らしい傲慢さも窺える、そんな春の短歌です。『春風は桜のあたりをよけて吹け、桜は自ずと散るのか見てやろう』と、風が本当に花を散らすのか疑っているのですね。
短歌において花を散らすと言えば、風です。
この歌を詠んだのは、藤原好風という男性でした。皇太子の身分にあたる、春宮の武官です。なのでこの歌は、皇子の成長を見守るという意味にも読めますね。
春の風は悪さをするから、春宮を避けて吹け。皇子が自ら大人へ成長するお姿を、我々が見守っているのだ。
なんてカッコイイ。
でもこの歌が詠まれた場所、男ばっかりの武官の詰め所なんです。
―――――――――――――――深読み篇
古今和歌集 巻第二 春の歌 下
春宮の帯刀の陣で、桜の花の散るのを詠む
藤原好風
春風は 花のあたりを よきて吹け
心づからや 移ろふと見む
春風は『春に吹くもの、春の心情』と深読みできます。つまりは出だしから、ナイトな歌だと嫌な予感がするわけです。未だにそういう事は、売春などとこの字をあてがいますね。盛りの季節なんですか。猫で十分です!
そして花。
はな、というのは『鼻』であり身体の先端という意味もありました。まあ男性の身体の先端が、何処かなんて、心底どうでも良い話しですが。
要するに、色めいた感情がソレを避けて吹いたら、という滑り出しなんです。続きも予想できますね。
散るのは風のせいか、自分のせいか見てやろう、という本来の意味でも既に下ネタは確定です。武官が集まってお花見してて、そういうネタが出ない方がおかしいかも?
偏見かもしれませんが。
春宮を警備する詰め所で、碌な事をしていない。それは確かです。
移ろうという言葉には『悪い方に変化する』という意味があります。最後「む」は『やってやろうぜ』的な表現も。『アイツが早いか遅いか、見てやろうぜ!』みたいな歌であった可能性が悔やまれます。
父性を感じて感動した、あの頃をかえしてほしい。深読みすると、どうしても情緒が家出ぎみ。