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物語修復機構 -パロディ洪水伝説-  作者: いずも
梶井基次郎 『檸檬』 篇
44/51

003京都河原町三条を彷彿

 移り行く世は忙しなく、往来の波は凪ぐこともなく常に変化し続ける。

 世界は鮮やかに色を変え、色あせた空模様に赤と緑の光が互いに出会うことなく己の存在を主張している。


 さて、京都という場所は条例によりあまり目立った看板などは設置できないので、射幸心を煽るような派手な看板も、人目を憚らないキャッチセールのような類のものは表向きは存在しない、と言っておこう。

 しかし、先斗町のような歓楽街では夜な夜な客引きは行われているし、南北の大きな通りである河原町通にも自動球遊器を扱っている施設は存在する。所詮は観光地であり、景観の守られた理想の場所など存在しないことを痛感させられる。

 ここも雑多な都会に一つにすぎないようだ。


 流れていく人の顔は年代も様々ならば国籍さえ統一感のない、まるでるつぼのような空間で上からの眺めを想像すら出来ない。

 鳥になって俯瞰的に見下ろしたいとすら思えるほどの異国情緒溢れるこの世界は、わたし達の来訪を拒絶も容認もしない。


 この世界は私たちに目もくれない。


「ええ、なんスかこの文学作品っぽい出だし。これ見たら真面目な作品だと勘違いしちゃうじゃないッスか」

「いや、文学作品を舞台にしてるから少しでも雰囲気を出そうとした結果がこれだよ」

「おきばりやすなぁ、って感じッスね」

「それ『(無駄だと思うけど)頑張ったなぁ』、って皮肉を含んでるよね!? 京都人特有の嫌なとこをばっちり体現してるよ!」

 京都ということで、わたし達の格好は和装になっていた。

 マナちゃんの趣味はコスプレであり、いつでもどこでもどんな衣装でも用意できる特技を持ち、物語に入り込む際には彼女のこの特技のおかげで服装には困らないのである。

 とはいえ、周囲に着物を着ている人はほぼ居ない。もう少し西に行った祇園ならば多少の違和感は和らぐのだろうが、これでは着物をレンタルして調子に乗った観光客のようだ。


 うねった交差点を抜けた先に再び交差点が現れる。

 おそらく、河原町三条の交差点だろう。

 有象無象の通行人に徹しながら、物語を展開していく。

「ところでマナちゃんは『檸檬』のあらすじって、どれくらい理解しているの?」

「えっと、買い物袋から零れた檸檬を一緒に拾い上げたことで始まる恋愛モノッスか」

「少なくともラブロマンスは生まれないかな」

 林檎だな、それ。よくあるシチュエーションとして。

「あれ、じゃあ檸檬を使った究極の料理と至高の料理を作る親子の料理対決モノッスね」

「……違うね」

 舞台が書店ではなくて新聞社になってしまう。

「そっか。名前を書かれたものは死んでしまう死神の檸檬を手にした男の話ッスね」

 全く的外れではないところが恐ろしい。林檎好きの死神が彼のもとにやってきて、ってまた林檎かよ。

「しまった、一番最初のやつ『レモン柄のパンツを見たことから始まる恋』に変更しても良いッスか!? このままだと林檎かぶりじゃないッスか!」

「どうでもいいよ。うん、檸檬のあらすじを知らないことはよくわかった。大まかなあらすじとしては――」

「人がいっぱいで賑やかな音楽も流れてて、まるでお祭りみたいッスねー。今日はお祭りッスか? え、何か言ったッスか?」

 キョロキョロと首を動かし、観光客感丸出しのマナちゃんがそこには居た。

 マイペースな子だなぁ。

「いや、うん。祭りといえば京都なら祇園祭が有名だけど、多分この物語にはそんな描写、どこにもなかったはず。というか、本当に祭りならこんなもんじゃ済まない。歩くことすらままならないくらい人で溢れているはず」

「へぇー、じゃあ京都は毎日お祭りッスね」

 これでリンゴ飴でも片手に持っていたら、本当にお祭り感が出てきそうだ。

「そういえば京都には三大祭といって、他にも葵祭と時代祭があるけれど、時代祭はマナちゃん好きかもね」

「そうなんスか?」

「色んな時代の服装や道具を再現して通りを練り歩くんだ。ある種のコスプレ行列だね」

「……ガーン。そんな素晴らしいお祭りがあったなんて、なんで今まで黙ってたんスかっ!!」

 え? そんなに怒るとこ?

「時代祭を舞台にした作品とか無いッスか」

「うーん、あるのかもしれないけどすぐには出てこないな……。似たようなお祭りなら、岐阜の生き雛祭りとか? 氷菓をはじめとする『古典部』シリーズの遠まわりする雛のモチーフになってる祭りで、ひな祭りの一ヶ月後くらいにお雛様の衣装で町を練り歩く、時代祭に近いようなイメージの祭りだけど」

「じゃあ次は『氷菓』に行くッス! 着替え放題ッスね! シショーは謎解き放題ッス」

「謎を解きたいわけじゃないから……。それに、そもそも物語にティンカーが発生していないのに、むやみに物語の中に入り込んだりしてはいけないよ」

「ちぇー。じゃあ、ティンカーが現れたら行っても良いんスね」

「なんかその言い方は危ない人の発想だな」

 葬式で気になった人にもう一度会いたいからって殺人を犯すサイコパス的な。

「ちょっとあの世界のデータベース壊してくるッス」

「ナチュラルな殺人予告だ」

 データベースさん逃げてー!

「もしくは省エネ主義者を熱血漢に変えてくるッス」

「古典部じゃなくて運動部に入部しちゃうじゃん、それ」

 ご令嬢の疑問は解決されることなく迷宮入りだ。

「そんな『俺がティンカーだ』みたいなノリで自ら物語を変えに行っちゃダメ」

「え? 『俺が、俺たちが、ティンカーだ!』じゃないんスか?」

「巻き込まないで!」

 

「――で、檸檬のあらすじってどんなのッスか?」

「ああ、やっと言って良いの? さらっと流すはずが、ずいぶん時間がかかっちゃったな」

「遠回りするマナちゃんたちッスね」

「まさか一話丸々使うとは思わなかったけどね。じゃあ、檸檬のあらすじ説明するよ」


 歩行者用信号が点滅し、赤に変わる。

 再び立ち止まる。枝葉末節は風とともに先に進む。本筋だけが残れば良い。

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