003キューティクル修道女
物語と一言でいっても、その範囲は多岐にわたる。小説や漫画はもちろんのこと、ドラマや映画、舞台などありとあらゆる作品には物語が存在する。それどころか、誰かの口から語られるもの全てが物語であるといっても過言ではない。
ここではそれらの物語を書籍の形で取り扱っている。表紙があり、紙で綴られ、本棚に保管されている。物理的に存在しているわけではないので、実作業としてはパソコンの検索エンジンで本を探す感覚に近い。そして白紙の書籍に探してきた物語を書き写している、というべきか。今どきの表現をするなら記録媒体にデータを書き込む感じだ。
では『差し止め』判が押された状態とは。いわゆるバグが見つかったということだ。プログラムならバグが見つかればそれは正常に機能しない。物語にもバグが見つかったらどうなるかは先程述べたとおりだ。物語は改変されて正しい物語ではなくなってしまう。
正しくない物語は世の中に出回ってはいけないだろう。バグが見つかった物語は、その中身を正すために『差し止め』判が押されてこの観測所まで届けられるのだ。わたし達は中身を精査し、バグなら取り除き、差し止め判を消して再び世に送り出すまでが仕事になっている。
ちなみに、このバグのことを『ティンカー』と呼んでいる。いたずら好きみたいな意味で物語をかき回す、まさしく物語のバグを言い表している。
ティンカーにも様々な要因がある。登場人物が間違っていたり、起こるべき事件が起きなかったり、小道具が消滅していたり……どんなに小さな原因でも、物語の進行を妨げる事象はすべてティンカーだと言える。
つまりティンカーを探し出して物語をあるべき姿に戻すことがリオルガーの使命なのだ。
「だからシショー、カメラはこっちッスー」
……格好つけて説明することすら許されないのか。
「それにしてもこの頭巾みたいなの暑い……ふう、これで少しはマシになった」
コーハイが修道服のフード部分を外し、その銀髪を表に出す。サラサラの長髪が宙に舞う姿が少し円盤に見えたのは気のせいだろう。その後髪をゴムで束ねて長いポニーテールのようなヘアスタイルに変える。耳の後ろからうなじにかけてのラインがやけに艶めかしい……。
「どうかしましたか先輩」
「え、いや。何でもない……」
僅かな視線も見逃さないのな。しかしちょっと見惚れていたかもしれないことはバレていなかったようだ、助かった。
「髪の毛が長いとお手入れとかけっこう大変なんですよー。マナちゃんみたいに短くするのもアリなのかなあ」
「お前みたいにズボラなやつが髪を痛めて長髪のイメージを下げてるんだよ」
「むむっ、これでもお手入れには気を遣ってる方なんですよ。だからほら、こんなにツヤツヤでキューティクル、枝毛なんて一本たりとも残しませんよ。お残しは許しまへんで~」
「それは違うキャラが連想されるから止めろ」
「マナちゃんはいつも肩にかかるかどうかってくらい短めの髪型だけどー、伸ばしたりはしないの?」
「うーん……シショーが長髪の方がお好みとあらば、呪いの日本人形バリに伸ばすッス」
やめて、西洋人形が一気に菊人形のイメージになっちゃう。。
そもそも長い髪が好みというわけでもない。そりゃ手入れの行き届いた長髪にうっとりすることはあるかもしれないが。しかしこの空間に長髪が二人も居たら多分ウザい。あと髪の毛が本の間に挟まって今度は本の手入れが大変になるという現実的で残念な理由もある。
「マナちゃんはそのままのマナちゃんが一番だよ!」
自分でもびっくりするほどのいい笑顔。作り笑顔選手権があれば入賞くらいできそう。
「シショー……!」
「先輩手慣れたナンパ師みたいですね。てゆーかやっぱりコーハイちゃんとマナちゃんで明らかに扱いが違う。……だが、それがいい」
駄目だこいつ……早くなんとかしないと。