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物語修復機構 -パロディ洪水伝説-  作者: いずも
『ギルガメッシュ叙事詩』 洪水物語 篇
36/51

035崖の上のウト

 乾いた風の鳴り響く荒野。

 緑など一つもない黄土色の大地と掠れた水色の空だけが支配する世界。

 視界を遮るものといえば転がっている巨大な岩の数々であり、また目に入ってくる唯一の構造物といっても良かった。

「旧約聖書の世界とは大違いだな……遠くに何もない」

「見渡す限りの荒野ッスねー。あれ、ここがノアちゃんのお話とおんなじ出来事をモチーフにした世界のはずなんスね。なんでこんなに違うんスか」

「確か最初に旧約聖書の世界に入ったときも、第一印象は似たような感じだったと思うんだが……あのときはすぐにウーウァの農場を見つけたから何も思わなかったけど、今回は本当になにもないや」

 マナちゃんの方を見やると例のごとく灰色パーカーに脚を露わにしたホットパンツであちこちをキョロキョロと見回している。風が砂塵を巻き上げているが足元は痛くないのだろうか。

 一方のわたしも旧約聖書と変わらない似たような布を巻いた格好である。

「この世界のどこかで『ティンカー』が起こっている。それを早く見つけ出さないとな」

「とりあえずもう少し歩いてみるッスか」

「そうだね。向こうにある切り立った崖を目印に歩こう」

「二時間サスペンスでよくある犯人の独白シーンに使われることで有名な観光名所の一つ、切り立った崖スね」

「観光名所扱いされてるの、あれ」

 割と全国どこにでもあるだろう。しかもそんな鋭利な角度と海抜のありそうな崖でもない。

 裸足ではないとはいえ、木の靴というのは存外歩きにくく、緩やかな斜面とはいえ体力を取られる。しかもかなり日差しが強く視界が揺らぐほどに気温も高い。それを考えると旧約聖書の世界はまだ過ごしやすかったのだと再認識させられる。

「あれ、シショー。あそこに誰か居るッス」

 マナちゃんが目を凝らして前方を見つめる。その先にはわずかながら小さな人影が見える。

「ずいぶん遠いけど、確かに人っぽいね。あの人に話を聞いてみよう」

 そう言って近づいていくのだが、なんだか様子がおかしい。

 近づくにつれて周囲の空気は重々しく荘厳な雰囲気に包まれ。

 すぐそこにまで近づいたはずなのに、まだまだ果てしなく遠くに感じられるほどに凄まじい威光がそこにはあった。

 その人影は何者だろうか。

 まだ若い男性で、スラリと伸びた長身で腕や足はほどよく筋肉のついたバランスの良い体格。ところどころに小さな傷が見え、腰に携えた短剣からも大人しい性格という印象は受けない。

 服装は派手すぎないが何枚もの布を巻き付け、化粧やピアス、髪飾りのような装飾があしらわれ、身分の高さを表していた。金色の短髪が日の光に照らされ鈍く光る。

 こんな男、この世界には一人しかいないだろう。

 背を向けたまま仁王立ちで待ち構える男の直ぐ側までたどり着く。向かい風の中を歩いてきたような感覚なのだが、今なお風は止まない。気を抜くと気圧され吹き飛ばされてしまいそうになる。

「おお、来たのか。待っていたぞ」

 振り返ることなく、男は言葉を続ける。

「我に似つかわしくない不毛なる大地を抜け、木々も枯れた荒原を進み、この世の果てまで歩いてきた。我の支配する母なる大地は果ての果てまで美しく繁茂していなければならぬこと、それがこの世の掟なり。なればこそ、この世の果てよ、我の支配が及ばぬ大地を統べる者よ、問おう」

「な、何を言ってるんスか?」

 小声でマナちゃんが耳打ちする。耳打ちで返そうかと思ったが、ここでまた変な声を出されても流れが台無しになってしまうのでそれは諦め、普通にささやき返す。

「誰かを待っているみたいだな」

「一晩過ぎ、まだ来ぬと待ち三日経ち、待てど暮らせど現れぬと一月経ち、そこからはもはや数えることを止めて幾星霜、これが永遠かと感じられるほどの長く永い時間を過ごした。ああ、待ちわびた。この瞬間を待ちわびたぞ」

「すごい執念ッス。フラれたなら早く帰るべきッス」

「……あれ、もしかして」

 わたしは顎に手を当て少し考える。

 もし予想が当たっていたとしたら、この男が待っている相手というのは。

「我の望みは空とともに。永遠に光り輝く太陽の如し。暮れし間に間に浮かびい出たる月の如き永遠の明高を。我欲するはその両名の持たんとする永遠の生命なり。荒野の王ウトナピシュティムよ、遠き地に生きる永遠の命を持つ者よ、その所以を是非お聞かせ願いたい」

「やっぱりなっ!」

 わたしは小さな声で叫んだ。

「ど、どういうことッスか」

「ここはギルガメッシュ叙事詩で、彼こそが英雄王ギルガメッシュだ。そしてノアの方舟との関わりとして、ノアのモデルになったウトナピシュティムという人物から大洪水を生き延びた術を尋ねるという場面があるんだ。ここはその再現ってことだ」

「圧倒的威圧感。なるほど、これがギル様ッスか。ん、じゃあウトなんとかって人はどこッスか」

 ギル様て。いや、まあいいか。

「そしてこれが『ティンカー』の正体だ。おそらく本来ならばウトナピシュティムが現れてギルガメッシュと対話するはずだったんだろうけど、何らかの理由で彼が現れていないんだ」

「ああ、だから待てど暮らせどってぼやいてたんスね」

「なるほどね。ノアの大元になった人物が消えてしまったから、ノアの予言も意味を成さなくなってしまったということだったんだ」

「じゃあどうするんスか。あ、そっか。シショーがウトなんちゃらを演じたら良いんスね!」

「えっ、いや確かにそうだけど物語に干渉するのは……とはいえ他にこれといった解決策もないけど――って、いい加減なんとかしないとギルガメッシュが振り向いちゃうな」

「だいじょーぶッス。こっちのやり取りが完了するまでギル様振り向かないシステムッス」

「システムとか言っちゃダメ!」

 ああ、ギルガメッシュが振り返りたいのに我慢してプルプルしてる。こんな真面目なシーンまでメタ話で台無しにしちゃってゴメンナサイ。さっさと片付けますから。

「くそっ、こうなったらわたしがウトナピシュティムを演じるより他ないのか」

「それじゃマナちゃんにお任せッス。ええ~いッス!」

 マナちゃんの早着替えによりあっという間にわたしの衣装が変化した。といっても白い布服は同じだが、紫の大きなマントを身にまとい、大きな樫の杖を持っていた。

「この頭にかぶせてあるのは?」

「紫色のターバンッス」

「ねえこれドラクエの主人公にしか見えなくない? 奴隷になったり石になったりしちゃわない?」

「最終的には王様になって世界を救ってハッピーエンドになるからセーフッス」

「ヤダよそんな壮絶な人生」

「――――おい」

 後方で低く唸るような声が聞こえる。

 振り向くと、そこにはすでにこちらを見据えたギルガメッシュその人の姿があった。


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