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物語修復機構 -パロディ洪水伝説-  作者: いずも
『旧約聖書』 ノアの方舟 篇
24/51

023MM(耳は無理)

「っ、ぐ、えっぐ……ズズッ……」

 しばらくして、ようやくノアは泣き止んだ。

 泣きはらした顔が真っ赤になっていた。

「うっ……うう……」

「落ち着いたら何が起きたのか話して欲しいッス」

「……ふぅ」

 深呼吸して、呼吸を整えている。

 改めてこちらを見上げ、一度小さく安堵の息を漏らした。

「ああ、お前たちだったのか……」

「気付かずに人の胸借りて泣いてたのかよ」

「とても暖かく慈愛に満ちて、豊満ではないがとても健やかな胸だった。そのぬくもりはまるで毛皮に包まれているような気分だった」

「説明するなエロオヤジ」

 見た目子供だからって自由な発言が許されているわけではないぞ。

「どうせマナちゃんは体も胸も小さいッス……」

「い、いやいや、そんなことないって」

 見た目相応だ、きっと。

「じゃあ確かめてみてほしいッス!」

 その場で立ち上がり、大の字になって両手を広げる。

 露出の高い服装に健康的な肢体で、そう言われると意識せずとも胸元に視線が向かってしまう。顔を横に向けて視線をそらそうとするのだが、頭を両手でぐっと掴まれ、真っ直ぐに戻される。

「なんで目を背けるッスか。さあ、さあ!」

「ちょっと待って、そんなことしている場合じゃないんだって! 早くノアから話を聞かなくちゃいけないんだよ」

「……それもそうッスね」

 そう言うとマナちゃんはあっさりとわたしを解放してくれた。結構力が入っていたらしく、少しめまいと頭痛がする。

 マナちゃんは改めてしゃがみ込み、微笑みかけながらノアに発言を促した。

「わからぬ。わからないのだ」

 ノアの口からは、そんな言葉が小さく漏れた。

「うぐおおお……なにも、思い出せぬ……」

「しかし?」

「何をやるべかはわかっている」

「人間たちを根絶やしにするッスね!」

「どこの地獄の帝王だよ」

「違うッス、魔族の王ッス」

「どっちでも良いよ!」

「よくないッス! ……しまった、ラスボスは経験値くれないッス」

「だから経験値って何なの」

 特に意味のないやり取りを行って落ち着いたところで、改めてノアの話を聞く。

「本当に何も思い出せないんだ。何かするべきことがあったはずで、それを成すための準備も整えてきた。しかし、何をしなければいけないのか。それを全く思い出せない。思い出せないというより、どう思い出そうとしても記憶の中で『そんな出来事は無かった』としか認識できないのだ。もう俺の頭の中はどうなってしまったのやら……」

「でも事実として、お前の息子のハムやセムはお前の予言によって動物を集めたり木材を揃えたりしているんだ。だからノアの予言というものは存在している、そうだろう」

「実を言うと、お前たちの後をつけていたときからすでに記憶が曖昧になっていた――もっと言えば、初めて会ったその時点で、おそらく予言の内容ははっきりと覚えていなかった」

「そんなときからすでにボケちゃったんスか」

「ボケていたというより、何らかの影響によって予言が失われたんだ。こうやって話を聞いて改めて確信したよ。これこそが今回の『ティンカー』だ」

「お前たちからは何か不思議な力を感じる……。お前たちも預言者なのか? もしそうだというのなら教えてくれ。失われた予言の内容を。そして、これから先、何が起きるのかを」

「いや、それはちょっと……」

「え? シショー、教えてあげないんスか? ノアちゃん困ってるんスよ」

 マナちゃんがそっと小声で耳打ちする。

「前にも言ったけど、それはそれで物語が歪められてしまう。物語を正しい方向に導くこともできるけど、そうじゃなくてわたし達の役目は『ティンカー』の原因を探り、それを取り除くことだからね」

 耳にかかっているパーカーのフードを少しずらし、マナちゃんに耳打ちを返す。

「ひゃっ、あっ、んんっ……。くすぐったくて全然何言ってるかわかんないッス。耳に息吹きかけられるだけでも駄目なんスからぁ……」

 顔も耳も真っ赤にして涙目で訴えてくる。

 人には割と耳打ちしてるくせに自分はされたら弱いんかい。

 強く目をつぶりながら手で耳を抑える仕草が小動物みたいで可愛らしい。

 おっと、今はじゃれ合っている場合ではない。

「いいから教えてくれ! お前たちにはわかるんだろ! これから先、この世界で何が起きるのか。もう時間がないんだ」

「時間が、って何か思い出したのか?」

「思い出したんじゃなくて、一つだけ頭にずっとこびりついて離れない予言は受信している。ただ一つだけな」

「それって、どんな内容ッスか?」

「六百歳を迎えた年の第二の月、十七日。その日に何かが起こる。それまではただ静かに、その時が来るまで待て、と」

「超具体的な予言ッス。予言ってもっと曖昧なものだと思ってたッス」

「こんな具体的な内容があるのは特別だ。とにかく待つしか無かった。村のみんなが収穫したとかいう木の実も手を付けずに腐らせ、それでも尚待った。たかるハエを見つめながら日々を送っていた。せっかくの厚意を無駄にしてしまい、なんともしのびない」

「引き篭もりのニートみたいな生活ッス」

「待って、そういう心を抉るようなことは言っちゃダメだ」

「もう時間がない。来たるべき日に備えて、一体何をすべきなのか。何が起こるのか。考え出すと不安でしかないのだ!」

 迷子の子供のようにうろたえる姿は幼いが、内容は深刻だった。

 これから先、何が起こるか。

 知っているわたしには、口にすることなど容易い。

 それでも、口にしようとして言葉を噤んだのは。

 あまりにも勝手で都合がよく、それが物語のあるべき姿だとは信じたくなかったからかもしれない。


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