012ゆりゆり♪
「それ、ちょっと頂いてもいいですか?」
カベルネが両手を重ねて手の平をこちらに差し出す。
その上に木の実を置こうとして少し手を伸ばし、思いついたように指先を上方に動かす。
「え?」
「はい、あーん」
なんて、冗談でやってみたのだが。
「あ、あーん……」
パクリと。
彼女はわたしの指先に食いついた。
「あ゛あ゛あ゛ーーっっ!!」
怒りと羨望の混じった怒号が響き渡る。
「ああーーーっ!!」
うわ、何!? 叫び声がもう一つ。
「いいなーいいなーっ! シショー、マナちゃんにもあーんってやってほしいッス!」
「え? ああ、うん……」
再び木の実を一つ取り出し、指先で摘む。
「はい、あーん」
「あーん……んむっ」
目を瞑り指先からそれを取る様子はやけに艶めかしい。しゃぶるようにゆっくりと唇を動かすので、意識しない訳にはいかない。そして一旦意識しだすと唇の柔らかさと口の中の温かさが心地よく、このままずっとしゃぶられていたいと思ってしまった。
「えへへー、美味しいッス。これは一段と美味しいッスね」
「果物は当たり外れがあるといっても、そんな変わらないだろうに」
「そういうことじゃないッスよ」
メルローの叫び声とそれをなだめるカベルネの壮絶なやり取りが繰り広げられているのだがもはやそれは背景に過ぎず、わたし達の似たようなやり取りの前には修羅場であろうと無力なのだ。
「あ、もしかしてメルローもあの人にあーん、ってされたかったの?」
「違うわっ!」
メルローの叫びにより二人のやり取りも一旦落ち着きを見せた。
「カベルネは鈍ちんッスね」
「確かに、これじゃメルローも大変そうだね」
「ホント大変ッス」
「ん? 何が?」
「何でもないッスよ」
マナちゃんがそっぽを向く。表情が変わらないので気づきにくいが、大体こういうときは怒っているのだ。しかし、
「マナちゃんもしかして怒ってる?」
などと確認してしまうと。
「え? そんなわけないッスよ。もしかしてシショーに何か不躾な態度とっちゃったッスか!?」
逆にマナちゃんの方が心配してしまうので、そういう時はあえて何も言わずに本人の気が済むようにさせた方が良いのだろう。
「ちょっとカベルネ、そもそも味はどうだったのよ!」
仕切り直しとばかりにメルローが大きく声を上げる。
「この木の実、種とか皮とかはちょっと取り出さなきゃいけないけど、中の実はとても甘くて美味しいよ」
「へー、そうなんだ。このカゴね、どれどれ。んっ、何これぜんぜん違う!」
メルローが口に含み一噛みした途端、大きく目を見開きさらに二粒三粒と口に含む。
「うっ、でも種は硬いし皮は分厚くてちょっと食べにくいわね……でもそれを差し引いてもこの美味しさ、私が作ったものとは全く違うわね! この苗木から作られたのよね、早速植えてみるわ!」
そう言ってメルローは苗木の入ったひょうたんを数本持ち出し、勢いよく外に飛び出していったて。
「あはは、彼女は植物のことになると周りが見えなくって……。この残りの苗木と木の実は村のみんなで分け合いますね、本当にありがとうございました」
「これで目的は果たしたし、そろそろノアのところに向かおうか」
「そうッスね」
「ノア様に会いに行かれるのですね。それでしたら、ここを出て右に進んでいけば小高い丘が見えますから、日中はそちらにいらっしゃいますよ」
「やっぱり有名人なんスね、ノアちゃん」
「あら、ノア様のことはよくご存知なんですね」
「これから初めて会いに行くところだけど――」
今更ながらの話だが、村人やウーウァですらノア様と敬意を込めて呼んでいる中、呼び捨てにしたりちゃん付けしたりするのはまずいのではないか。遠方からわざわざ尋ねてきたという設定にするとしても、尚の事敬称で呼ばないのは不審がられてもおかしくない。
「いえ、それでしたら何でもないです。日が暮れてしまったら帰られてしまうのでそろそろ向かわれた方がいいでしょうね」
カベルネの言う通り、外に出ると夕刻に差し掛かろうかという頃合いだった。
礼を言い、急いで丘へと向かうことにした。




