僕の彼女はクリーチャー
高校生としてありふれた日常を送っていた僕だったが、最近ちょっと変わった女の子と知り合った。
あれは寝坊した日、僕が「一日くらい遅刻してもいいや」と思いながらゆっくり学校へ向かっていた時の事だ。
僕の横の石垣が突如として砕け散った。
そして「フゴー! ダスパ! メガラッポォ!!」と叫びながら4tトラックを咥えた少女が走り出て来たのだ。
実質4tトラックと正面衝突する形となった僕はスーパー〇イヤ人に殴られた感じの勢いでぶっ飛んだ。
そして35軒の建物を突き破り、最終的に滑空しながら鈴木さん家の朝の食卓の上に滑り込んで止まった。
鈴木さんは親切な方で、ひとしきり僕の体を箸でつついた後救急車を呼んでくれて命は助かった。
僕はその時全身を強く打って「内臓破裂」「全身複雑骨折」「心肺停止」とそれなりの怪我をしたが、なんとかその日のうちに完治して退院できた。そして病院の外に出た時、僕に4tトラックをぶつけた少女「イズミ」が笑顔で立っていたのだ。
その時「ああ、これは逃れられない宿命なのだ」と感じた僕は彼女と付き合うことを決めた。
***
今日も登校中に僕は彼女の背中を見つけた。
身長は2階建住宅より少し小さいくらいで、肩幅は一車線分くらいあるのですぐ分かる。
僕はこっそり後ろから近づき、軽くイズミの背中を叩いた。
「アアア!」
発情した牛のような声を上げるイズミ
「もぉ、竹内くんのバカ! びっくりして※腎臓が口から出ちゃったじゃない!」
イズミはプンプン怒りながら腎臓を口の中に戻す。
「ごめんごめん、ちょっとからかいたくなったんだ」
よく見るとイズミは背中に肉の塊を背負っている。
「あれ? その肉の塊どうしたの?」
「ち、違うわよ! これは決して人肉じゃないんだからね!」
「分かっとるわ」
イズミは急にもじもじし始める。
「ほ、ほら、竹内くんっていっつも売店でパンを買って食べてるじゃない? それじゃ栄養素が偏っちゃうから心配になって……、じゃなくてイノシシの肉でも食べて欲しいなって思ったの」
少し変わっていて不器用だが、こんな感じで僕の心配をしてくれる優しいところもある。
例えば鉄分が不足するとその辺の鉄骨を食べたり、
カルシウムが不足するとコンクリートを引っぺがして食べたりするし、
東京—大阪間を10分以内に走り抜けたり、
腕の力で鉄をねじり切ったり
口からニトログリセリンを分泌したり
お腹が空いたら鋭く伸びる舌で飛んでいるカラスを突きさして捕食したりするけど、本当は優しくて寂しがり屋な女の子なのだ。
「バッシャホーイ!」
急にイズミがくしゃみをした。
「いっけなーい! 鼻からナマズが出てきちゃったぁ!」
「飼ってるの?」
「ううん非常食」
そう言って再びナマズを鼻に押し込むイズミ。
昨日もチャットアプリで「寂しい」「構ってー」「暇—」「返信しないと殺すぞ」などと非常に女の子らしい投稿を送って来ていた。
しかし僕は昨晩太平洋の沖合100kmにマグロを釣りに行っていたため返信を返すことが出来ずにいた。するとイズミは僕の気配を探りながら海底をつたって追って来て、ついには僕の船に乗り込んで来て言った。
「んもう! なんで返信くれないの!?」
その姿は完全に化け物だった。
「そういえば聞いてよ! 今日電車の中で痴漢にあったの!」
「あはは、寝言は寝て言えよ」
「本当なんだってば! もう怖くて電車乗れないよぉ」
「イズミの方が怖いよ」
そんな他愛のない話をしながら歩いていると学校に到着した。
教室に入ると一人の少女に声を掛けられる。
「竹内くん、ちょっと」
声の主は近江さんだ。
「なんでイズミさんと登校しているの? 彼女は危険だから近づかないように、と昨日忠告したわよね」
近江さんは8つの目で僕の顔をキッと睨む。
イズミも変わっているが近江さんもだいぶ変わっている。まず8足歩行だし身体の色はマダラ色だし何かネチャネチャしている。
この前忘れ物をして教室に戻った時、近江さんが僕の机をベロベロ舐めていたのは見間違いだと思いたい。
「近江さんが忠告してくれる理由はわかるよ、というか身を以て知ってるからね」
「じゃあどうして!」
ネチャーとした口を広げる近江さん。
「だけど僕には僕の考えがある。イズミを危険だからと切り捨てるかどうかの判断はまだ早いよ」
近江さんはそれから少し黙って僕の顔を見ていたが、シャカシャカ足を動かして僕に背を向けた。
「そう、分かったわ。でも覚えておいて。あなたは彼女と離れなければ、いずれ大きな事件に巻き込まれる」
それから授業や昼休憩中、そしてイズミが空腹のあまり隣に座る生徒を食べようとするのを止めるときも、その忠告がずっと胸につっかえていた。
僕がどんな事件に巻き込まれると言うのだろう。
放課後になり、帰宅部の僕がまっすぐ家に帰ろうとした時のことだ。
廊下を踏み壊しながら走ってきたイズミが急に抱きついてきた。
「助けて竹内くん!」
「助けて欲しいのはこっちだけど どうした?」
「ガスマスクを付けた男に追われてるの!」
そう言ってイズミは廊下の先を指差す。
見るとガスマスク姿の男がこちらに向かって歩いてきている。
「あれ絶対ヤバい人だよ! どうしよう私殺されちゃう!」
イズミは僕の首根っこを掴んで振り回しながら言う。
「とにかく逃げよう」
僕はイズミの手を引き、校舎の外へと飛び出した。
「ああん、待ってよ竹内くん!」
東京—大阪間を10分でぶっちぎれるくせにこんな時だけトロトロと付いてくるイズミ。
らちがあかないと思った僕は4次元ポケットから450ccのバイクを取り出し、一人だけ乗ってイズミを一気に引き離した。
ここまでくれば大丈夫だろう、と思って振り返ると充血した捕食者の目をしたクリーチャーが僕の横にぴったり張り付いていた。
うん、これはあれだ。ホラーだ。
「もう! 私を置いていくなんてひどいよ竹内くん!」
そう言ってイズミは僕のバイクにのしかかったため盛大に転んでしまった。
***
僕たちがなんとか立ち上がった目の前には先ほどのガスマスクがいた。
「君が竹内くんだね」
「そうです」
「悪いことは言わない。その女の子を渡しなさい」
え? イズミを連れて行ってくれるんですか? と喜んで言おうとしたら横からクマを圧死させるくらいの力で腹に抱きつかれた。
「私は行かないわ! 竹内くんと一緒に居るんだから」
「ん? イズミもしかしてこの人たちと知り合いなの?」
僕はコピー用紙並みに薄くなったお腹を元に戻しながら聞く。しかしイズミは目をそらしてしまった。
代わりにくぐもった声で口を開いたのはガスマスクの男だ。
「君は気づかなかったかもしれないが、彼女は人間じゃないんだ」
「うん知ってる」
「いずれ彼女は人間の手に負える存在ではなくなるだろう。君の命も危ないかもしれない。そうなる前に今、私たちに引き渡して欲しい」
僕は再びイズミの顔を見る。
イズミはうつむき、黙ったままコンクリートを剥がしては口に運んでいた。
「確かに僕は今まで何回も死にかけました。さっきもバイクで転ばされたし、食べ物として食べられることもあるし、ビンタされただけで頭蓋骨が陥没したこともあります」
「じゃあ早く……」
「でも僕がイズミと一緒にいるのは、ただイズミと一緒に居たいからです」
「竹内くん……!」
コンクリートまみれの口を動かしながら顔を上げるイズミ。
「僕はイズミの事が好きです。例え何度骨を折られたって、投げ飛ばされたって息の根を止められかけたってそれは変わらない。だからお願いです、お帰り下さい。もしイズミが暴走したらイズミの息の根を止めて僕も死にます」
僕はまっすぐガスマスクの下の目を見通した。男はしばらく黙っていたがゆっくりと僕に背を向け、一言「その言葉を忘れるなよ」と言って去って行った。
***
あれから2週間が経った。あんな事があって、何か僕の日常に変化があったかと言えば何も変わっていない。イズミは相変わらず学校の備品を食べるし僕の骨を粉砕するし、僕がイズミと一緒にいるのを見ると近江さんは不機嫌になるし、朝学校に行くと机の上に謎の卵が産み付けてある。
いつまでこの日常が続くのかは分からない。だけど、僕はこのいつまで続くか分からない日常を、イズミの笑顔を守りたい。
そう思いながら今日もイズミが電柱を食べようとするのを止めるのだった。
おわり
*腎臓
泌尿器系の器官の一つ。血液からの老廃物や余分な水分の濾過及び排出を行って尿を生成するという、体液の恒常性の維持を主な役割とする。
Wikipediaより
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