むかし×むかし
「今回は当たりがでますように」
剣を降ろし、赤色の砂をまさぐり今回の報酬をそっと確認する。
音叉のような両刃の刀身は使った直後らしく微かに紫電を帯びていて煙を上げている。
「はぁ。またチョコレートバー。いい加減飽きた…」
はたして、MREと銘打たれたアルミ製の真空パックを丁重に開封すると、もはやお馴染みになったパッケージが顔を見せる。
全体的に赤いパッケージにやけに旨そうにチョコレートバーを食べる子供の顔、そしてすぐ下にある見慣れたフォントの《This is nice!!》という白抜きの表示。
ハズレだ。
5度目は無いぞと昨晩お別れを告げたのに奇跡の再会である。
〔そんなこと言うとダメだよっ。10日と5時間前は『米以外の味が欲しい…。ねえ、火薬って食べられるって噂ホントだと思う?』とか言ってたのにー。アサカは飽きたら捨てる浮気性なの?〕
「何処でそんな言葉覚えたの」
〔ネットッ!〕
「あとで制限かけなきゃね」
〔そんなー!?どうしてー!?〕
たしかに、食べ物にケチをつけるのは間違ってる。
そもそも出発前に食料の計算を間違えた自分が悪い。
余分に持ってきていたアルファ米だけを3日3食連続で食べたときはさすがに飽きたが、それでも食べられるだけ上等だ。
その後1日だけだが食料が尽きた日はヤバかった。
カルマが空中を彷徨うオニギリに見えたのだ。
本気でヤバかった。
ここら辺は元避難区域で非常食の類が見つかったから良かった。
どんなものだろうと食べ物には感謝しないと。
イデア化と『結界』の影響で出来上がった彫像群が俯くように立っている。
彼らの心情を思えば当然といえる。
しかし、中には違うモノもいる。
仮設住宅の割れた窓からは空を見上げる物が二つ。
暢気に天気でも気にしていたのだろうか。
「ふーむ。よく考えると味が有るだけマシ。ありがたく食べますか」
拾い上げたチョコレートバーを握り締め、近くにあった黒いベンチへ向かう。
上に積もった赤黒色の砂を払い、今日の収穫を広げる。
〔ねえねえ。それっておいしいの?〕
カルマはふわふわと所在無さげに浮きながら隣にやってくる。
黒い瞳に光をなくしたような漆黒の髪、それに対極の白くて薄い肌はほんのり朱が差している。
年齢は10歳前後で本来なら今頃小学校に通っているのだろう。
「おいしいよ。やさしい甘さにチョコレートの風味がしっかり付いてる。食感はこの手の保存食にしては柔らかくしっとりとしている。これが5度目でなければよりおいしかったでしょうけどね」
真空パックを再び開けると中には個別梱包されたチョコレートバーが3本入っている。
表記を見るとこの三本だけで2500kcalあり、一日分のカロリーが摂取できると書いてある。
狂気の沙汰としか思えない。
一日これだけ食って過ごせということか。
〔いいなー。あたしも食べてみたいなー〕
「カルマはムリ。カロリーを気にしなくてありがたいと思いなさい」
チョコレートバーをかじりながら壊れた自販機から失敬した水を飲む。
大丈夫、食べた分は動いている…はず。
〔あれ、雨?〕
「えっ!?」
食べ始めた矢先に小粒の雨がぱらぱらと降ってきた。
「もー。天気の変わり目は先に予報してって言ったじゃん。まあ、今はそれよりも。近くに雨宿りできる場所ある?」
〔さっきのおうちはどう?〕
「さっきの…ああ、あれね」
慌てて食べかけのチョコレートバーを食べ終え、残りをバッグに詰め込み仮設住宅に駆け込む。
玄関には2人分の靴が並んでいた。
リビングには靴と同じ数の赤黒色の塊が窓をのぞきこんでいた。
〔きょうだいかな?〕
「そうかもね」
早々とエクソスケルトンを外してソファーに寝転んだアサカは答える。
チョコレートバーがお腹にずっしりと来るので少し休みたい。
〔何してたんだろうね〕
「うーん。何だろう」
テーブルの上には埃をかぶったゲーム機が置いてある。
当然電源は入っていない。
雨足が強くなったのかザーっという音で部屋が満たされる。
「眠い。少し仮眠を取るから30分たったら起こして…」
〔わかったー〕
雨音を子守唄に意識が遠くなる。
私も妹ともっと仲良く出来たのかな。
仲良く出来ていたらよかったのかな?
どうして…。
〔時間だよー。起きてアサカ〕
カルマの声でハッとする。
もう起きる時間か。
雨が止んだのか静かな室内。
通り雨だったのかすでに日差しが窓から入り込み、二つの影を作る。
「おはよう、カルマ。なにか変なことはなかった?」
〔なにもなかったよっ。退屈だったー〕
ふと窓に目をやるとおおきな虹が出ていた。
「きれい…」
〔えっ!なになに?うわーっ!すごーい!〕
カルマも気づいたようで天井付近でぐるぐるとはしゃいでいる。
「そうか。カルマ、三年前のあの日、ここの天気は?」
〔晴れ時々雨、傘を持って出かけましょうっ〕
彼らは虹を見ていたのだ。
二人で一緒に。
〔何で天気なんて聞くの?ねぇなんで?〕
「教えない」
〔えーっ。ケチー〕
頬を膨らませて拗ねるカルマを無視して二つのカタマリの前にチョコレートバーを一つずつ置く。
〔お供え物なの?〕
「そう。宿のお礼」
本当は体良くチョコレートバーを処分しただけなのだが。
前回チョコレートバーを捨てようとしたら『もったいないよー!』と怒られたのだ。
子供の前では大人として振舞わなければ。
「さて、進みますか」
〔もう行くの?〕
「うん、あと少しだし急ごう」
外に出ると雨で空気が澄んだせいかうっすらと都市が見える。
ここからは飛ばして行こう。
久々にエクソスケルトンのスイッチを入れる。
微かにモーターの動く音がして体が軽くなる。
腰につけた細身の剣の位置を調整し、HDET(高密度EMスラスター)を起動する。
「よし」
勢い良く地面を蹴り、地面を滑るように進む。
後ろでは日差しに照らされた彫像達が見送る。
彼らは下を向き、雨水に濡れて佇んでいた。