都市への旅路
〔ねぇ。【あれ】って【人】なのかな?【物】なのかな?〕
「あれってなに…?」
炎天下、意識が朦朧とする中で幼い声がする。
周囲を見渡しても先程から景色がまったく変わらない一面の砂漠。
砂、砂、砂、砂― 赤く黒い斑な砂。
実は先程から行き倒れになっていて、これは夢であるといわれても信じてしまいそうな。
しかし、見慣れてしまった風景。
そんな風景なのだから【あれ】と言われても見当が付かない。
【あれ】とやらを探すために足を止める。
止めどなく流れる汗は短く切った前髪を額に貼り付ける糊となる。
糊の役目を果たし、地面に落ちた汗はたちまち足元の砂地に吸い込まれ乾いていく。
〔アレだよぉ。アレ。スクラヴォス〕
人工知能コンシェルジュ。
AICである彼女、カルマはまだ声変わりのしていない声で元気に喋る。
姿は見えない声は、幻のように脳内で緩やかに響く。
彼女はもちろん幽霊などではないので姿が見えないのには理由がある。
少し前に設定でOFFにしたのだ。
真っ白なワンピースに格子状の黒いポンチョを着た姿は、この炎天下において見るだけで暑さを助長させる要因となっていた。
せめて服装が変更できれば良いのだが、先日試したときにロックされている事に気づいた。
『この装備は呪われています。はずせませーん。私のアイデンティティですっ。』
と、なぜか胸を張りながら誇らしげに宣ったのだ。
で、少しイラッときたので退場をして頂いたのである。
何はともあれ、この一面の砂粒の中で唯一【あれ】と表現出来そうなのは一つしかない。
あまりに見慣れたモノだから考えにも上らなかった。
「ああ、スクラヴォスね」
あれ、すなわちスクラヴォスの話。
一面赤黒色の砂に覆われた大地に点々と立つ、地面と同色の物体。
サイズは大体が大人の背丈くらいで、たまに子供くらいの小さいものがある。
ロケーションと相まって、そういう色のサボテンの様に見えてしまうそれは、一つ一つがクネクネと様々な形を成している。
「正確には元人間だけど、それだと質問の答えにならないか…」
質問には正しく答えなければ。
人であるのか、物であるのか。
うーん。
しばらく考えながら歩いていると、堪え切れなかったようにカルマは喋りだす。
〔はいっ、はーいっ!私は【物】だと思うよっ!〕
答える前に私見を言われる。
どうやら道中が退屈だから話したかっただけらしい。
「どうしてそう思うの?」
〔だってぇ、アサカっていつもスクラヴォスを雑に扱うもんねっ〕
カルマはくすくすと笑いながら答える。
そんなことはないと反論しようとしたが、ふと昨日の事を思い出す。
彼らから食べ物を【貰う】ときのことである。
保存食が入った四角い金属容器が小脇にがっちりと抱え込まれていたスクラヴォスを見つけた。
非難区域から離れる方向を向いていたので不思議に思ったが、身なりを見て察しが付いた。
まともな人間は顔の半分が隙間なく埋まるくらいピアスを付けないだろう、きっと悪党である。
おそらくこの食料は強奪したものに違いない。
まあ、それはさておき、この保存食を貰う方法だ。
当たり前だが、どのスクラヴォスもカチカチの氷見たいに固まっているから腕を動かして取ることもできない。
だから剣で腕を切り落として保存食を回収する。
これまでとあまりかわらないルーチンである。
唯一違うと言えば〈保存食が傷つくと嫌だなー〉と思ったから肩に狙いをつけて袈裟切りにしたが、勢いあまって首まで切ってしまったところだろう。
《またつまらぬものを切ってしまった》とか言ってしまいそうなくらい綺麗に切れたのだが、さすがにカルマの前では教育上よろしくないので黙っていた。
「いつもじゃない。最近は睡眠もろくに取れない状態で疲れてたから」
疲れもあったのだが、正直悪党のようなスクラヴォスだから尚更切ることに対する罪悪感が薄かったのもある。
〔ほんとにー?〕
「本当。最初の頃はきちんと礼をしてから切ってたでしょ。それに」
〔それに?〕
「彼らの分まで生きることが何よりの供養だと思う」
正確には魂のようなものは残っているから供養もなにも無いのだが。
〔ふーん。じゃあ人なの?〕
「そういわれるとね…」
再び考える。
バッテリー節約のために電源を切ったエクソスケルトンを動かす微かな音と、杖代わりに使っている剣が砂に埋まる音。
それに自分の少し乱れた呼吸音と風の音が混じって聞こえる。
それ以外の音は無い。
「たぶん、物…なんじゃないかな」
〔どうして?どうして?〕
「彼らは生き物としては外れすぎている。だから」
足を止め、足元に転がる赤と黒の石ころを眺めながらアサカは答える。
「スクラヴォスを生きているか、死んでいるか、の両極で区別するなら間違いなく死んでいるといえる。
元の肉体は失われてるから心臓も無ければ脳も無い、そんな存在は生物といえない。
それに加えて」
〔くわえて?〕
「ロストを免れたアーカイブを覗いた時にこんな意見があったんだ。
『過去の廃棄物処理法の定義を拡大解釈すれば人の死体の扱いは一般廃棄物となる』。
まさしく文字通り物といえる。まあ、この解釈でいくと端的にいったらゴミだね」
〔じゃあ雑に扱っても問題無しなんだねっ。ゴミなんだから〕
そう結論付けたカルマにさらに続けて答える。
「いやいや、それは違う」
〔なにがー?ゴミなんでしょ?〕
「話の流れでゴミとは言ったけどそれは正確じゃない。
ゴミと言ってしまえばそれまでだけど、個人として尊重すべきもの。
上手く言葉にできないけど、大切に扱わなければならないの」
間違っても足下にして良いものではない。
少なくとも自分はそうされたくない。
〔じゃあアサカは悪いことをしたの?〕
そういわれると心に刺さるものがある。
子供の無垢な言葉ほどその棘は鋭くなる。
「そうね。悪いことをしました、反省します」
〔あやまるなら許しますっ!〕
「ふふっ、ありがとう」
彼女に許されると気が楽になるのはなんでだろう。
彼女の出自がそうさせるのか。
出自というか開発コンセプトか。
〔じゃあアレは『個人として尊重すべき一般廃棄物』なんだねっ!〕
うーん、あんまり分かってないな。
そう思ったが訂正するのも面倒なのでそのままにした。
しかし、暑い。
エクソスケルトンのフレームが加熱され、陽炎が発生している。
もうすでに今日の移動距離のノルマを十分に超えた距離を歩いた。
そろそろ休憩しよう。
ちょうど近くにぽつんと立っているスクラヴォスが緑色の缶ジュースを握っていた。
中腰で固まったソレは小さめのスクラヴォスに缶ジュースを差し出している。
「いただきます」
小さく礼をしてから缶ジュースを固定している指だったものを慎重に剣で切る。
昨日とは違って心が痛んだ。
そのことがなんだか寂しかった。
ようやく見えた表面のプリントから、リンゴフレーバーの清涼飲料水であることがわかった。
スクラヴォスの影に腰を落としプルタブを引き上げるとパコッと小気味良い音がする。
慎重に匂いを嗅いでみると爽やかな果実の香りがした。
どうやら問題ないらしい。
一口含むと味よりも先に喉が乾いていたことを思い出してゴクゴクと飲み始める。
リンゴの爽やかな後味があとを引く。
気が付いたら飲み干していた。
おいしかった。
「ありがとう。君の飲み物だけど貰っていくね。」
そう呟く様に感謝した。