妖怪にツケは回らない!
この街に来てからというもの、変な連中に絡まれる。
煙のようにつかみどころが無く、しかし顔を見るや否やエサを貰ったネコの様にまとわりついてくるそいつらは、人のペースをかき乱しながら、今日も好き勝手にやっている。はっきり言って迷惑この上ない。
「うーん、やっぱりあま〜いお菓子はいいものです!」
例えばそう、丸机に載せられたシフォンケーキ、テラミスをはじめよりどりみどりのスイーツたちをぱくつき、そのたびに満足げな顔をするこいつとか。
「翡翠、おい翡翠」
「ふっふっふ、そしてぇ……」
……そうだな、そうだよな。それだけなら翡翠とかいう変な名前をした女の子だ。
「そんなに甘くて美味しい物をこのにっがーいコーヒーと合わせた暁には!」
じゃあ、それが何処ぞの流派がごとくカメの甲羅を背負ってたら?耳が尖っていたら?腕に少しだけウロコが付いていたら?今頬張ったショートケーキで平らげたスイーツが30皿目を記録していたら?
「悪ぃがそれはまた今度にしてくれ」
「ふぇー、ふぁんふぇへふふぁー⁉」
「なんでもだ」
コーヒーを取り上げられた翡翠はリスみてーに頬を膨らませたまま抗議するが、正直どうでもいい。お前の都合より店の都合さ。
子供なのにかわいそう? レディファースト? 知らんね、そんなん。
ここは洋菓子店ミスト。5年間兄弟子にいじられ、店長にイビられ続けた俺がようやく持てた楽園。つまりは俺が頭であり俺がルールだ。それをこいつは、見えないのをいいことに朝から晩まで居座って残ってるケーキを食い荒らしやがる。おかげさまで近所じゃちょっとした幽霊スポットになった上に、
「今日こそは幽霊をこのカメラに収めてやる!」
「天宮さーん、今日は妖怪さんいるかなー?」
「やめてくださいよ部長!」
なんて言うマニア共が今のメイン客という有様。これじゃあ楽園どころか失楽園じゃねえか。修行時代に見た家族連れや若い男女は幻かなんかだったのか?
「いらっしゃいませー」
ともかく客だ。噂を聞きつけただけとはいえ、わざわざ来てくださった事には感謝の一つ、ケーキの一つでも示さなきゃならん。
しかし、無残に食い散らかされた皿の山を洗い場に追いやりつつ、カウンターに立とうと足を進めようとしたところで、後ろから袖を掴まれた。
こうなるとため息の一つも吐きたくなる。なにせつい今しがたまで俺の側にいたのはあいつ一人だからな。
「なんだ、翡翠」
振り向いてやると、やはりというかなんというか、ムッって言葉を直に書いたような翡翠が立っていた。
「天宮さん、もう少しくらい構ってくれたっていいじゃないですか」
「後でな」
「むー!」
こいつの姿を大多数は見ることができない。それは自分がすごーいエラーい妖怪だから、頻繁に人目に触れることは許されないのだと翡翠は言っていた。
「私だってお客さんですよ、天宮さん!」
「へーへー」
「むー!」
後ろからなんか聞こえるが、あえて無視だ。
虚空に向かって店員が会話してるところを見られたら、また心霊現象が起きる店、なんて噂が立っちまう。
「暇ですー! 何か答えてくださいよ天宮さーん!」
「へーへー」
「むー!」
心を鬼にして生返事を返す。悟りだ悟り。
「じゃあこうしましょう天宮さん! 今度どこか遊びに行きましょう!」
「へーへー」
「ホントですか!? いやったー!」
へ?
……今なんつった?
*
「翡翠!」
俺は店を閉めた後、すぐさま階段を駆け上がり、部屋の扉を思い切り開いた。
「天宮さーん!いつ行きます? 明日? 明後日? そ・れ・と・も?」
畜生、間に受けてやがる!
「あ、そうです! こちらのルートの中で天宮さんが行きたいところありますかね!?」
しかももうお出かけコース決めてやがる!?
「ふっふっふ、当然ですとも! コースにはパスタ天丼刺身にマカロンなんでもあります! 食べまくりますよ!」
「ちょっ、ちょっと待て! だいたいだな、お前そんなに食ったら流石にヤバイだろ!?」
「大丈夫ですよ!」
そう言って翡翠は窓を勢いよく開いた。
そうして窓のさんに飛び乗り、そのまま外へと飛び出したのだった。
「私は泣く子も黙る大妖怪ですもの!」